30話 波乱の幕開けとなるか…
やっと物語が進展しそうな展開に。ここまでが長かったな……
5月の連休が終わり、普段の生活に戻ってきた。特に変わりもない日々が始まるかと思えば、突然連休明けの本日、学苑長の話の後に転入生の紹介があると、説明がなされた。
入学式・卒業式以外でも学苑長の挨拶は、基本的に体育館で行われる。本日も学園の体育館には、1年生から3年生までの全生徒が整列していた。今日は始業式などの正式な式ではないが、制服を着用する日と決められていた。
元々毎年、連休明けに学苑長の話はあるのだが、この時期に転入生が編入してくるのは、異例である。その上、その転入生は来年の3月に卒業という、3年生だという説明があり、これは異例中の異例だと言えそうだ。今頃になってこの学園に転入するのは、誰かのコネも利用しているのかも……
「転入生は此方に来て、挨拶を…」
学苑長にそう言われ、体育館の壇上に上がってきた転入生に、生徒のほぼ全員が目を点にした。「えっ?」と実際に声を出すほどに、仰天したようだ。何故ならば、その転入生の顔があまりにも見覚えのある、容姿であったから。
「本日、3のAに転入となりました、『北城 葉月』と申します。1年未満の短い間となりますが、何卒宜しくお願い致します。」
気さくな様でいて綺麗な所作で、丁寧な挨拶をするその人物に、生徒のほぼ全員が呆気に取られる。彼の容姿はあまりに、『北岡』に似すぎていた。…否、そっくりと言う方が、しっくりくるだろう。また容姿だけではなく所作も、本人というほどによく似ている。但し、声音が思ったよりも、低いような…?
……ざわざわざわ………
「…えっ?…北岡君にそっくり……?」
「…北城って、北岡の本名じゃなかったか…?」
ざわざわと騒然とする中、こういう声が漏れ聞こえてきて、生徒達は更に混乱した様子だ。ざわざわした声がぶわっと広がり、余計に騒然となった。唯1人『北岡』こと夕月だけは、眉一つ動かさずにジッと、壇上を見つめる。隣に立つ未香子は、壇上の葉月を見て呆然とし、暫くして漸くハッと気付いて、夕月を振り仰ぐ。
彼ら2人の周りの生徒達は、未香子の行動に釣られたかの如く、確認しようと夕月の方を振り返り、漸く別人だと判断することができた。そして、壇上の転入生と夕月が見つめ合っていることにも、気付くが。
その時唐突に、夕月が動く。立ち位置からサッと抜け出し、優雅な歩みでそれでいて早足で、片手をついてひょいと壇上へと上がった。夕月の行動に気付いた生徒達も、唐突に壇上へと上がった夕月に、ギョッとしたまま釘付けとなりつつも、成り行きを唯々見守っている。
「葉月、何してんの?…先日帰ったばかりでしょ?…何も聞いていないよ?」
「…うん、ごめん…夕月。態と話してない。驚かしたかったからね…」
「本当は…そうじゃなくて、私が反対すると知っていたから、だよね?」
「うん、そうだね。反対すると、目に見えて分かっていた。」
「では、何の為に編入してきた?…何か他にも、目的があるんじゃない?」
「特に、目的はないよ。朔兄も卒業したし、僕もいい加減帰りたくて。」
「もしかして…朔斗さんも絡んでる?」
「う~ん。そろそろ帰る決心をしたら…とは、言われたけどね…」
「…はあ~。編入したものは、仕方がない。但し私の邪魔をしたら、例え実の弟と言えど、容赦しないよ?」
「勿論、夕月の邪魔はしない。僕は僕らしく、行動するだけだよ。」
夕月がそう問えば、葉月もこう応える。夕月が話すのを待つ如く、即座に葉月も応じてくるし、また葉月が答えを返せば、夕月もまた瞬時に問い掛ける。まるで漫才を見せられているようで、1秒の間もおくかどうかの間に、ポンポンと会話を交わし合う2人に、体育館に居るほぼ全員が呆然と、この光景を見つめていた。
学苑の教師たちは、学園長から事前に説明を受けており、2人が双子の姉弟であると知っていた。但し、こういう展開になるとは思いもせず、黙々と成り行きを見守るだけだった。
逆に生徒達は、開いた口が塞がらないかの如く、2人を凝視していた。まさか北岡の弟だったとは…と、混乱しているのだろう。2人があまりにも似ている以上にそっくりで、こうも会話の展開を早くされては、脳内の処理も追い付かないというところだろうか…。
ふと今気付いたかのように、夕月は生徒達の方を振り返り、壇上から下を見下ろすようにして、全生徒をさらっと見渡した。そうして「ふう~」と吐息を吐いて吸うと、全生徒に向かって呼び掛ける。
「『葉月』は、私の双子の弟だよ。見た目は私に似ているけれど、性格は真逆に近くてね。私のようなフェミニストではないから、期待は…しないでほしい。」
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「姉さんは酷いよ。実の双子の弟のことを、期待するななんて…。僕は正真正銘の男子だし、異性に誤解されるような言動は、簡単には出来ないんだよ。どうあっても夕月と同じようには、振る舞えない。」
そう言いつつも姉に微笑みかける葉月に、夕月は冷たい視線を向ける。2人をこうして見比べれば、そっくりな顔以外は意外と、異なるように感じる。背の高さも声の高さも性格も、比較すれば違うと分かる。双子姉弟という関係に、もしかして案外と仲が悪いのかと疑いつつ、やきもきハラハラとする生徒達である。
「相変わらず僕の姉は、弟には冷たい人だよ。姉の大切な人は違えど、僕にとっては一番大切な人、それは…夕月だよ。」
葉月は大股で夕月に近づくと、ギュッと姉を抱き締めたかと思えば、切なげにそう告げる。これには生徒達も、唖然となる。女子生徒達の一部は「きゃっ!」と黄色い声を上げかけ、慌てて両手で口を塞ぐ。この学園の女子生徒にとって、何方も北岡に見える所為からか、パニくる様子も見られた。
「…はあ~。私も葉月は、大切だよ。だけど、一番ではない。私は、葉月の双子の姉だからね。葉月がどうあれど、弟だよ。」
急に切なげな様子を見せた弟に、夕月も抱き締め返した。肯定する部分を見せながらも、否定する部分ははっきり断言する。弟は家族として愛していても、一番大切とする人ではないのだと。
多くの男子生徒達の立場から見れば、女子の制服を着用した今の夕月も、同性にしか見られない部分があるようで、同性同士の兄弟で抱き合うようにしか見えない。また女子生徒達も同様に見えたらしく、顔を真っ赤にして見つめていた。一部の女子生徒の中には、ボーイズラブ要素を期待する目を、ランランと輝かせ……
晶麻達3人も、葉月の存在には驚いた。あれほど友として親しい仲なのに、双子の存在など微塵も知らせずにいたからだ。これほどそっくりの2人が双子だと、疑う余地もなく。
婚約者の礼奈を大切にする光輝と、弟が居たのかと思うぐらいの柊弥も、夕月を友人だとしか捉えていない。何か事情があると、思案する程度であった。但し、晶麻だけは酷く動揺し、激しく落ち込んだ。以前に箏音の口から出た、『葉月』という人物の正体を、意外な形で知らされたのだから。
「葉月が北城の双子の弟だと、箏音も知っていたのか…。それなのに俺は、北城の家族の事情も何も全く、聞かされていなかった…」
1人ぼそりと呟く、晶麻。夕月が内緒にしていたことに、また箏音も教えてくれなかったことに、自分だけ除け者にされた気分でいた。それらは自分の蒔いた種ではと、余計に落ち込むこととなる。
萌々花達3人も、双子弟の意外な登場に、驚きを隠せない。鳴美は特に北岡に興味もなく、葉月にも特に興味は持たずにいる。北岡そっくりな双子弟がいて、驚いたという程度であろう。郁は元々、男装やカッコいい系女子に興味津々で、この展開に浮き浮きワクワクした顔だ。異性っぽい女子の恋愛を期待する、1人でもある。北岡自身に特別な好意を持つ萌々花も、目をパチクリさせるも、正真正銘の男子の葉月には、恋愛的な意味で興味を持つ様子は、全く見られない。
夕月のクラスメイト達は、似たり寄ったりの反応だ。夕月と葉月は双子という条件を除いても、実の姉弟で恋愛相手ではないと、理解したからだ。但し、ごく一部の者達には禁断の恋として、こっそり見守りたいという思いを、持たれども……
「じゃあね」という風に言葉を掛けることなく、最後に一度視線を交えた2人の様子からは、交えた時間は僅か数秒だけだというのに、言葉が要らない雰囲気が感じられた。夕月は視線を先に外し、くるりと向きを変えた途端、壇上からストンと飛び降りる。片手を壇上の床にトンと軽く置くと、それを軸に一気に下に向かって、そこから跳躍した夕月であった。
何時もならばこういう仕草は、女子生徒達の黄色い声援の標的となるが、今は心の中できゃあきゃあ言いながらも、声には一切出さずに我慢した女子生徒達。シ~ンとする中で何事もなかったかの如く、夕月はまた元の位置に戻って行くのだが。
その後、全てを目の前で傍観した学苑長は、「こほん」と咳払いして空気を変えつつも、教師達は何も見なかったかの如く、担任教師の誘導により3年Aクラスに、葉月は合流していく。そのまま3年生達が真っ先に退場していく中、葉月が未香子の前を丁度通り過ぎようとした、正にその時に……
「…あれっ?…そうか、未香子も居たんだっけ…。明日からは僕も一緒に登校するから、よろしくね。」
「………なっ!!」
葉月が気さくに未香子に話し掛け、周囲にまた微妙な雰囲気が漂う。教師以外の誰もが、未香子は知らないのか無関係だと、勝手に思い込んだ生徒達も、この会話でバレてしまった。
「…べ、別に…葉月とは、宜しくする気はございません!…夕月のことも葉月には絶対に、譲りませんわよっ!」
珍しく大声で叫ぶ未香子に、彼女を良く知る友人達も驚いた。然も、夕月そっくりな双子の弟に、敵意を見せたことにも…。その後、双子が息ピッタリのタイミングで大爆笑した、事態にも。
双子の弟が姉の学校に転入して来るという、到頭…秘密のベールがはがされる時がきましたが。学苑の生徒達も、夕月達の複雑な状況に巻き込まれることに、なりそうな予感。
さて、ここからはどうなるのか……




