29話 恋と呼ぶにはまだ早い?
今回は前半と後半で、視点が変わります。主人公2人は、今回お休みです。
「早速、行動してくれたみたいだね。箏音さんが、晶麻との話し合いに応じてくれたらしくて、彼奴も少しだけ元気が出たようだ。菅さん、恩に着るよ。本当にありがとう。」
学園に登校し、自分のクラスへ向かう私に、誰かが声を掛けてきた。登校する生徒が疎らで、他に誰も居ない状況の中、飛野君と箏音さんとの架け橋にと、先日私に依頼した張本人であった。
彼のD組と私のE組とは、北岡君のA組よりも近い教室だ。但し、お隣の教室は備品室であり、D組とE組の教室は少し離れている。内部生と外部生を区別したと言いたげであるが、実際にそういう意味もあるだろう。その上、D組からはE組が見えない造りで、反対も然りである。
だから、木島君は此処で待機してまで、私を待ち伏せたのだろう。私の登校時に備えて。私の教室前の廊下で、腕を組んで立つ彼に、私はそう直感する。
「やあ、菅さん。おはよう。」
登校する生徒が疎な学園内で、緩いカープの曲がり角を経た、丁度死角となる廊下の一角にて、いきなり声を掛けられた私は、心臓が飛び出すかと思った。お化けはそれほど怖くないのに、飛び上がりそうになったんだよ。
…ちょっと!…貴方は何気無いことも、超怖いのよっ!…イケメンが待ち伏せているなんて、私にとってはちょっとした、ホラー映画みたいなのよ…。
あまりにびくっと大袈裟に驚く私を見て、木島君はプハッと吹き出した。そのまま声に出して大笑いする彼に、ちょっとだけイラッとする私。器が小さいと思われたくないから、我慢するけどね。
北岡君が相手なら、私も「もう、脅かさないでよ!」と文句言いつつも、心の中では逆に歓迎したことだろう。相手によって差別する行為は、本当は良くないことであると、理屈では私も理解している。それなのに…木島君相手になると、何故か無性に苛つくんだよ……
「……ふはははっ!…ごめん、ごめん。笑うつもりは、決してなかった。君の驚く顔が、俺にとってあまりにも斬新に映ったものだから…。驚かすつもりは、毛頭なかったよ。」
「…私がこれほど驚いたのは、私の位置からは木島君の姿が、全く見えないからです。声をいきなり掛けられた状態で、びっくりするのは当然ですよねっ!」
「…そう言えば、俺の方からも見えていなかったよ、ごめん…。隠れたつもりではなく、此処に居れば君が登校した時に、直ぐ分かると思っていたから…。足音が聞こえたから、多分君だろうと予測したんだ、俺は…。本当にごめん!」
暫らく大笑いした木島君は、ムッとした様子の私に気付いたのか、笑うのを止めて真顔となる。これっぽっちも脅かすつもりはないようだし、私も文句を言うだけに止めて。
彼はその後、気まずさを隠すかの如く頭を掻きつつ、確実に私を見逃がさないようにしていたと、そういうニュアンスの言葉を白状してきた。最後の方は彼自身も真面目な顔をして、私に頭を下げ謝ってくれる。最初の軽い謝罪とは大違いで、そういう彼に対し私も水に流すことにした。
「もう、いいです…。態とじゃないのなら…。それよりも私に、何か大切な用事でもあったのでは…?」
「…ああ、そうだった。以前、君に頼んでいた箏音さんのことだが、その後どうなったのか気になってね。出来れば君の口から、聞きたいと思ったんだよ。」
「…ああ。それで態々、待ち伏せしていたんですね……」
何の用で待ち伏せされたのかと思えば、それだけの理由だったとは…。呆れてしまうよ。箏音さんの一件が、それほど知りたいとは…。友人である飛野君のことを、これほど真摯に心配しているなんて、木島君もいいとこあるじゃん…と思っても、最初の印象が劇的に変わることはなく……
…意外と、友人思いの優しい人なんだ、木嶋君って。飛野君のことで箏音さんに連絡を取りたい、そう話していたよね?…親友を心配する顔は、私の中の印象とは全く違って、良心的な人だと感じたよ。
彼と出会った当初の印象が悪すぎて、未だに彼には警戒心を持つ私。物語など恋愛ものでは、相手の印象がガラリと変わる時、互いに恋に落ちるシーンが多いけど、現実はそう甘くない。私は男子全般に対して、特にイケメンに対する印象が、元々良くないのだから……
でも…本当は、北岡君の所為でもあるような…。女子の理想を全て詰め込んだ北岡君を見てしまえば、生々しい感情を向けてくる異性から、目を背けたくなる。特に変な意味はなく、ホンモノ男子が過剰に子供に映る、そういう意味だ。
…私ったら昔のこと、まだ引き摺っているみたい。イケメン男子は、もう懲り懲りだよ。せめてごく普通の容姿の異性が、いい…。でも今はまだ、北岡君と一緒に居たいから、男子は…お・こ・と・わ・りしますっ!
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俺の今のこの気持ちは、どうしたのだろう…。彼女のことが何かと、気になってしまう。出逢ってからまだ1年ぐらいで、あまりにも彼女と関りがなく、殆ど何も知らないというのに。
それでもどうした訳か、彼女の姿を無意識に目で追う、自分がいる。彼女の姿が見えないだけで、何処に居るのかついキョロキョロと探す自分。教室に居る時は何とか、普段通り自分を演じていても、家に帰った途端に彼女のことを、何時の間にか考える自分に……
俺は嫌でも、気付かされた。今の俺の頭の中では、彼女の姿や彼女の声ばかり再生した状態だ。まるで…映画の映像を見るかの如く、また音楽を再生するかの如く、映像と音が何度も何度も再生される。
肝心の彼女は俺のことを、何とも思わない様子である。寧ろ、厭う素振りが感じられた。俺とは距離を置きたいと、見て取れるほどに…だ。それも、仕方がないのだろうか?…初めて出逢った時の印象が、互いに良くなかったのだから。俺は俺で自分を追って来た、女子生徒だと勘違いしていたし、彼女は俺が冷たい態度を取る失礼な奴、そう思ったことだろう。
「俺、どうしたらいいのかな?…彼奴があんなことを言うなんて、今まで思っても見なかった…。彼奴が俺に冷たくなったことに、俺は…ショックを受けたんだ。今まで彼奴に冷たく当たっていたのは、俺の方なのに……」
今までに見たことがないほど、長年の親友は落ち込んだ。些細なことで落ち込むことはあれど、今は…普段とは様子が全く異なる彼。此奴が凹む姿は犬みたいだと、何時もはそういう感想を持つけれど、今は迷子になった犬の如く、普段みたいに笑い飛ばせそうにない。あまりに切なげな顔をする、彼に。
「…お前との拗れた関係を相談されても、俺達の方が困る。到頭、フラれたようだな。元々はお前自身が自業自得な事態を、招いたんだろうが!…本命以外にも白黒つけないお前は、不埒な奴だとしか言いようがない。」
「…そうだな。お前が先に相手を足蹴にしておいて、今更相手の方からフラれたことで、思い残したような素振りだな。両天秤を掛けていたと捉えられても、言い訳ができないだろうね…」
決まった相手のいるもう1人の親友は、普段からの不明確な態度に、非難する口調で言う。凹む此奴を励ますどころか、身から出た錆だと言いたげに、辛辣な言葉を向ける。だが、これは本当のことだ。誰がどう考えても、此奴が悪い。此奴の状況を知らない奴らもまた、同意することだろうし、な…。
俺もまた、同意見である。此奴の態度はまるで、『二兎追う者は一兎も得ず』という諺通り、本命以外もキープしているように、俺達には見えていたからだ。当初は俺も庇う気に慣れず、「少しは反省しろ!」という感想を持っていた。
本人の立場から言えば、別の顔を見せて嫌われようとしていたらしいが、俺達から見ればそうは見えない。他に好きな人が居ると言うならば、自らがはっきりと相手に伝えるべきだった。だが…此奴は、行動しなかった。表向きは拒絶したのかもしれないが、心底拒絶したようには見えない。単に避けていただけで……
「…お、俺は…そんなつもりじゃなかった。彼奴には興味がないと、態と態度で示していたんだ…。彼奴に嫌われれば、それが一番良いと思っていた…」
苦虫を嚙み潰すような顔で、苦しげな声で喋る此奴には、案外と周りが見えていない節があった。誰かがどう思うのかも、誰かが注目することも、他人のこうした事情だけでなく自らの事情にも、全く気にしていない様子だ。即ち、正直過ぎるのも問題である。
「…心底呆れるな。そういうのは相手ときちんと話した上で、決めるものだと思うぞ。お前が勝手に判断して、どうする?…そう単純な話ではないんだぞ、男女間の問題は……」
「…以前に俺達2人が忠告をした時、お前は俺達の忠告さえ、気にも掛けなかったよな?」
「……うっ………」
此奴の友人である俺達2人は、此奴の言い分には呆れ返るしかない。以前の忠告に対しても、安易に考えていたのだろう。その結果が、この状況だ。決まった相手が居ない俺でも、分かるぞ……
「お前も今回のことで立場が逆転し、相手の気持ちに漸く気付けたか?…もしそうならば、今後はもっとじっくり吟味し、行動しろよ。」
「…こればかりは、お前が決める問題だ。最終的に判断するのは、お前自身でしかない。俺達が口出すべき問題では、ないんだ。本来は、な…」
きつい言葉を放ったかもしれないが、俺達は単にアドバイスするだけだ。最終的に判断するのは此奴自身で、何も出来ない俺達は歯痒く思っている。今の俺ならば此奴の気持ちも、理解できなくもないからな。
「俺、何も分かっていなかった…。今度こそ機会をもらえるなら、彼奴ときちんと話したい。時間を掛け、俺は…自分なりの答えを導き出すよ。やっと、目が覚めた気分だ…。2人とも、サンキューな。」
此奴の返事を聞いて、俺は思いを馳せた。此奴がどう答えを出そうとも、俺は俺で答えを導き出す。此奴の二の舞を演じるのは、出来れば避けたいからね……
前半は萌々花視点で、後半は…とある男子視点となりました。大体想像が付くかとは思いますが、此処では誰とは言いません。
今回の話は、続かないかな…。次回はどうしよう……




