28話 本気で立ち向かうために
女子3人のやり取り、まだ続いています。そろそろ…決着がつくかな?
※特に振り仮名がない場合、『夕月』は『ゆづき』とお読みください。
「私が思うには、飛野は箏音のことが嫌い、ではないよ。貴方少なくとも…出逢った当時は、嫌ってなかったと思う。寧ろ、活発な貴方を好ましく思っていたんだと、私は考えている。その後、君のお祖母さまから無理強いという形で、婚約するという話になった。真っ直ぐな性格の飛野は、そういう煩わしい干渉を嫌う人間、ではないのかな?…単にそれだけという可能性が、非常に高いと思う。」
萌々花の「諦めないで」という説得に対し、箏音は大きく揺さ振られ、自らの気持ちを見つめ直そうとした。飛野の本音を酌み取った夕月もまた、晶麻が本当は箏音を嫌っていないのでは…と、説得してきて。
「北岡君は、どうしてそう思うの?…そう言い切るような何か、そういう証拠があるの?…例えば、飛野君にそういう意味を含んだ、話を聞いたとか……」
「いいや、そういう証拠みたいな物証は、何もないよ。だが、それに近い要素はある。勿論これらは、単なる私の勘だと言い含められたら、そうとしか答えられない範疇だけどね…。」
大きく目を見開き固まった箏音は、未だ黙ったままだ。萌々花は箏音の代わりというように、夕月に質問を投げ掛ける。そう言い切れるような証拠を、見せてほしいという気持ちで。何故、そうはっきり言い切るのか、と…。
それに対して夕月は、萌々花の問いに否定する内容を返した。然も言い切った理由として、単なる自分の勘だと告げ。夕月の勘がどのくらい当たるものかも、逆に当たらないものかも、明確な答えとは言えないものだった。但し、当の本人としては自信たっぷりの様子で、あるけれど。
「要するに私も、萌々と同じことが言いたくてね。そんなに簡単に、諦めてほしくない。諦めるのは簡単で、諦めたらそこで何もかも終わりだ。諦めるのはまだ、時期尚早だよ。婚約の件を白紙にすると、箏音が宣言した途端に、態々飛野が見定めに訪ねに来た時点で、飛野自身も揺れ動いたと言えそうだし…ね?」
結局のところ、夕月も萌々花同様に、箏音を諦めさせたくないらしい。夕月は箏音の気持ちを、昔からよく知っている。箏音がどれだけ晶麻を想っているか、十分過ぎるほど知っているのだから……
そう簡単に恋を諦められないのも、容易に彼を忘れられないのも、片想いをしたくてしているのでも、それら全てが当て嵌まるということが、何も箏音だけに限ることではない。誰もが恋をする上で、体験し得る事柄である。2人で恋をする以上、一方通行となることもあるだろう。誰もが恋を叶えるのは困難で、多くの難題が待ち受けることもあるだろう。
だからこそ、恋することは楽しくて、片想いであれば悲しくて、想いが絶対に届かなければ苦しくて、恋愛には後悔も付き物だ。一度の失恋で、もう二度と恋をするものかと、恋と決別しようとする者もいる中、ただ一度の恋愛を永遠の想いとし、貫き続ける者もいるだろう。
誰かに恋をすることで、その人物の人生を変えることが、時にある。箏音もそういう一例だと、言えるのかもしれない。祖母によって彼女が変化したと、一見そう見えることだろうが、晶麻に振り回された結果だとも、夕月には見えたのだが。
「箏音は、本音ではどうしたいの?…私や萌々が何を言ったとしても、最終的には箏音次第だと言うべきかな。確かに…これ以上待つのは、辛いだけかもしれないね。それでも、箏音は本気で飛野のこと、嫌いではないんだよね?…それが本当の気持ちならば、飛野とはもう一度とことん話し合うべきだと、私は思うよ。」
「そうだよ、箏音さんっ!…私も、そう思う!…箏音さんと飛野君は、互いに本気で立ち向かってない気がするもん。これじゃあ後で、もっと後悔するよ!」
「…………」
箏音が正しく判断できるように、夕月は後押しする。彼女の心を揺さぶり、今の間違った決意を正しく導ぐよう、意図する方向へと軌道修正をさせようと、試みる。飛野と話し合う場を持つように、さり気なく仕向けた。
萌々花も夕月の意見に大賛成する形で、箏音の魂を強く揺らせた。まだまだ相手の気持ちに、本気で向き合っていないと、これ以上後悔しないでほしいと、箏音に強く訴える。萌々花自身も夕月への想いが、恋かどうかまだ判明できず、これが片思いという確証がなくとも、箏音の辛い気持ちは理解できた。彼女の力になろうと、心から誓う。彼女の想いがその後の人生を、左右する原因となるならば……
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わたくしは…後悔したくなくて、自ら身を引こうと致しましたのに。漸くそう決意を致しましたのに、ショウちゃんも夕月様も萌々花さんも、わたくしを放って置いてはくださらなかったのです……
ショウちゃんの好きなお人が、夕月様なのだと存じないうちは、わたくしも強気でいられたのですわ。わたくし以上に彼のことを理解し、ずっと彼だけを見続けられる者は、わたくし以外にいらっしゃらないと、信じておりました。本当はそう信じなければ、わたくしはきっと…耐えられなかったのでしょうね…。
私と知り合った当初のショウちゃんは、わたくしだけを見てくださっておりましたのに、何故か婚約者候補となりましてからは、わたくしに対しての態度が、非常に冷たくなられたのです。
きっと…彼は、わたくしもまた彼の家柄を気にする者だと、お考えになられたのでしょう。その頃にはわたくしも、お祖母さまから厳しい礼儀作法を習い、彼から拝見したわたくしは別人だと、感じられたことでしょう。わたくし自身も、随分と変わった気はしておりましたが、幼い頃のわたくしがお転婆だったことを、全く覚えておりません…。
葉月様もそういう個人的な事情に、一切触れられませんでした。わたくしもつい最近まで、全く気付いておりませんでしたのよ。先日…と申しましても、もう随分と日時が経っておりますが、去年の学苑祭の時にそれとなくお伺いして。
「箏音と話していると、海外で住んでいた頃のことを、よく思い出すよ。あの頃の君は、物凄くお転婆だった時があったけど、よく笑ったり感情的になって泣いたり、していたよね。私達双子はいつも、君から元気をもらっていたんだよ。」
「……えっ?………わたくしがお転婆?……何時のことですの?」
「…ああ、やはり覚えていなかったんだね?…君が一番初めに、海外暮らしをした頃のことだよ。その後帰国して、海外に戻って来る度に、君は…段々と元気のない少女に、変わっていったんだよ。」
その時のわたくしは、夕月様の仰る幼い頃のわたくしが、全く想像できませんでしたのよ。わたくしがお転婆だったなど、全く記憶にございませんもの。それでも、夕月様が嘘を仰るなどあり得ないことだと、決して…夕月様を疑ったのではございませんわ。ただ単に…信じられないだけですわ。
「その顔は、私のことを疑ってる?…う~ん、証拠を見せようと思えば、家に帰れば見せられるのだけど、ね?……うちの両親や君の両親が、私達3人の遊んでいる姿を、沢山撮ってくれていたからね。箏音と君の両親の手前、君と遊んでいる時だけは私達双子も、怒られることがなかったからね。」
「…わ、わたくしは夕月様のこと、決して疑っておりません!…ただ、単にわたくしのそういう姿を、残念ながら…全く覚えておりません……」
ほんの一瞬だけ、夕月様を疑おうとした気持ちが、夕月様ご本人にバレてしまいましたわ…。証拠などと、其処まで疑うつもりはございませんでした。本当に夕月様にどう謝りましたら、良いのでしょう……
3人で遊んだ頃の写真でしたら、わたくしの家にもあるかもしれません。家に帰りましたら、お母様にお訊きしてみましょうか?…そう思いますだけで、今からワクワク致します。夕月様と葉月様のお母様は、大変厳しいお方でしたもの。偶にわたくしも叱られた覚えが、ございますもの。…あらっ、それは何時のこと?
ついつい昔のことを思い出しておりましたが、夕月様の誤解を一刻も早く、解かねばなりませんわね。本当に覚えておりませんことが、残念でなりません。お2人の名誉の為にも、思い出したいと思いましたのよ。
「…ふふふっ、冗談だよ。箏音のことだから、真面目に捉えたかな?…つい揶揄いたくなって、ごめんね?」
「……もう、夕月様ったら………」
久しくお会いしない間に、すっかりご冗談のお上手になられたことで、一杯食わされたような気分ですわね。あれだけ令嬢の見本のようなお人が、随分とお会い出来なかった期間に、男装もお上手になられましたし、まるで本物の少年のよう……
「君が変わった切っ掛けは、君のお祖母さまの所為だったと、後で知った時には後悔したよ。もっと君に、何かしてあげられたかもしれないと…」
「……夕月様。ありがとうございます。そのお気持ちだけで、十分ですわ。」
わたくしの私事で、夕月様が後悔なさることはございませんのに、ずっとわたくしの味方でいらしたのね…。きっと今もそういう想いで、わたくしのお味方になってくださるのでしょうね?
夕月様のお気持ちに応える為にも、ショウちゃんとは本気でもう一度、向き合う必要がございますのね。今日お会いしたばかりの萌々花さんも、わたくしのお味方になってくださるようで、本当にわたくしは…幸せ者ですわね。これで応えないようでしたら、わたくしはきっとショウちゃんへの想いよりも、今のお2人に対して…後悔をすることになりますわ。これが…友情ですのね?
「夕月様、萌々花さん。わたくしの為に此処までしてくださり、本当にありがとうございます。わたくし、もう一度ショウちゃんと向き合いたいと思いましてよ。どうか陰ながら、わたくしの応援をしてくださいませ。」
こうしてわたくしは漸く、勇気を出して決心を致しました。ショウちゃんへの想いにけじめをつけます為にも、もう一度彼と話し合いを致します……
前半は第三視点で、後半は箏音視点となります。後半の半分ほどが、過去の裏話になってしまいました。どうしても、箏音のお転婆という話を書きたくて……
女子3人のやり取りは、これで終わりとなります。次回からは漸く、学園の話となる予定です。箏音と晶麻の話し合いは、本編では当分先になりそうかな…。




