24話 惚れた欲目で見た結果
漸く、主人公が出てきます。今回からは、第三者視点に戻ります。
「ねえ、北岡君。折り入って話があるんだけど、ちょっとでいいから時間をもらえるかな?」
近日中に話し掛けようと、何かと話し掛ける隙を狙っていた萌々花。北岡こと夕月の傍に未香子の姿がないと確認した後、隙を見て夕月に近付き話し掛ける。柊弥から先日相談された時、軽い気持ちで請け負ったまでは良いものの、未香子の前で箏音の話をすることには、流石の萌々花も躊躇った。実際に箏音と未香子の間で互いの印象は悪く、そう感じていただけに彼女も、そこまで非常識にはなれず……
「…いつもとは違って、随分と改まった風に聞くんだね?…もしかして萌々の話とは、飛野が関係しているのかな?…ここ数日、私から未香子が離れる隙を、何度も見計らっていたよね?」
「……うん、えへへ…。やっぱり北岡君には、バレバレだったね。確かに飛野君にも、関係あるかも。実は…私も箏音さんと、一度ゆっくり話してみたいと思ったんだよね……」
如何やら萌々花の行動は、北岡には筒抜けであったようだ。誰かから聞いた様子もなく、単に勘が良い夕月が推測しただけだ。萌々花も既に話し掛ける前から、バレた時はバレた時で…と前向きであった。夕月にバレたと知った瞬間も、笑い飛ばして誤魔化すとばかりに、何となく嬉しげに微笑んだ。そのくらいバレてすっきり、という程度であるようだ。
萌々花が北岡に話し掛けようとしたのは、何も今日が初めてではなく、柊弥から頼まれた後のここ数日は、北岡達の動向を気にしていた。クラスの違う2人の後を、放課の度にコソコソ追いかけ、彼らのクラスメイトからも情報を仕入れては、実に怪しい行動を取り続けていた。
北岡達の行動を知ることができる、Aクラスの生徒達にも協力を仰いだ。北岡の勇姿ネタや活躍した写真を、今年の文化祭で使用するからと、萌々花は誤魔化している。萌々花のこうした説明を、生徒達が完全に信用したかどうかは別として、彼らも興味津々であった。北岡達を本気で困らせたいとか、困る様子を見たいとかの悪趣味はなく、北岡を囲む女子達との怪しい関係に、ガールズラブを好む好まないは関係なく、単に恋愛話として盛り上がる為だけに。
…ほんと北岡君には、こういう小細工は効かないよね…。北岡君は勘が良いのか悪いのか、未香子さんの気持ちに鈍いところもあって、よく理解できないよ……
「…へえ〜?…萌々が箏音と、話がしたいとは…。また変な正義感を、出したみたいだね?…くくくっ……」
「もうっ!…揶揄わないでよ、北岡君。私は本気で、話してるの。飛野君には同情する気は一切ないけど、箏音さんには色々と思うところもあるし、彼女の本音が聞けたらなあって、思ったんだよね。勿論私は未香子さん側の見方だから、箏音さん次第では味方になれないんだけど……」
如何やら夕月は萌々花の言動を、大体予測していた素振りがある。夕月は驚く様子も見せず、彼女の話す内容に耳を傾けてくれる。そして何時もの如く、萌々花が箏音との対話を望むのを切っ掛けに、何か含むような顔でニヤリと微笑み、彼女を揶揄う言動に出てきた。過去に彼女が、未香子に対しお節介を焼いたことで、全く関係のない問題にも自ら突っ込み、余計なお節介を焼く面白い女の子だと、夕月にはそういう認識を持たれたが。知らぬは本人ばかりなり…。
…今回は琴音に対して、何らかのお節介を焼く気でいるのかな?…今の箏音には冗談が通じないし、萌々が良いクッションになってくれれば、良いけれど……
夕月は萌々花のお節介が嬉しく、彼女の好意に有難いと思いつつも、つい…彼女を揶揄う。これは夕月にとって、親愛を感じた者への愛情表現の一種でも、あるらしい。決して…悪い意味ではない。
萌々花も北岡とのこういう遣り取りに、随分慣れてしまっていた。特に今回の一件で北岡が気分を害し、機嫌を悪くするかもと思っていた節もあり、冗談を交え言葉を返す北岡の姿に、普段と何ら変わらぬ様子だと、心の底から安堵して。北岡は、怒っても嫌ってもいないのだと。
……良かった、北岡君が怒らなくて…。北岡君に嫌われたら、どうしようかと思ったよ。箏音さんのことは、未香子さんと同等に大切に思うのか、それとも…未香子さん以上に大切に思うのか、私には全く区別がつかないし、私を相手する時とは違うことぐらい、私も十分に理解しているつもりだもん。まだ最近知り合ったばかりの私と、比べられないくらいの差があって、ちょっぴり悲しくなるけど…。
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「流石は北岡君ね。仕事が早いわ。」
萌々花が北岡に申し入れてから、次の週末には彼女の願いが叶えられた。北岡に感心頻りでいる萌々花に、北岡こと夕月は苦笑した。未香子とは別の類の信頼を得たことで、自分が本当に男子だったなら、彼女をどう想うのかと一瞬考える。直ぐにその思考は、振り払ったけれど。
「箏音。態々呼び出して、悪かったね。今日は来てくれて、ありがとう。」
「…いえ、夕月様からのお誘いですもの。今日のお誘いには、本当に嬉しゅうございましたのよ。」
あの後直ぐに夕月は、箏音に会う機会を作ってほしいと、願い出た。大事な話があるとは言わず、偶にはお茶でもしようかと、気軽な理由で誘い出している。だから箏音も気負わずに、夕月からの久しぶりのお茶のお誘いだと、実際に喜んで会いに来てみれば、夕月の他にも誰か居て。
箏音は店内に入って直ぐ、夕月の隣にいる女子に気付く。夕月の連れが未香子ではなく、他の全く知らない女子であることに、内心では動揺しつつも警戒していた。どうして未香子ではなく、自分が知らない女子が来たのかと、一瞬夕月が気付く前に踵を返しそうになる。但し、夕月に気付かれるのが早く、先に呼び掛けられてしまった。彼女は逃げたい本音を隠し、もう1人には気付かないフリをした。2人で軽く挨拶を交わした後、夕月が萌々花をチラッと見たのを機に、彼女も今気付いたという風を装い、漸く視線を合わせたのである。
箏音に強い視線を向けられ、萌々花は怯んだ。強い意思が現れた視線は、彼女を歓迎しない様子が見て取れた。箏音は未香子とはまた違う類の美少女で、日本人形のようなお淑やかなイメージが強いものの、性質は生真面目で芯の強い感じがする。反対に箏音は萌々花の可愛らしい外見に、其れなりのダメージを受けている。
その2人の様子に何かを感じつつも、夕月は丸ごと全部無視する。今の自分は男性よりの思考だからと、2人の女性的な思考に気付かぬフリをした。夕月は半場強制的に押し進めるべく、2人を紹介しようとして。
「今日は…箏音に紹介しようと、此処に連れて来たんだよ。彼女は私と同じ高校の生徒で、『菅 萌々花』さん。彼女とは高校で知り合って、今では未香子達とも仲が良いんだよ。其れから…萌々は箏音の姿を、文化祭で見かけたようだけれど、一応私からも紹介しておくよ。彼女が例の噂の、『高遠 箏音』さんだよ。」
夕月はさらりとスマートに、2人を交互に紹介していく。最初は箏音に萌々花を紹介し、次に萌々花に箏音を紹介する形で。箏音にはさり気無く、萌々花が夕月の幼馴染の1人である未香子と、仲が良いということもアピールしつつ、萌々花が文化祭の時に箏音を見た事情も、チラッと漏らしておいた。お互いに何かしら意識する方へと、気持ちを向ける為にも。
「箏音が我が校の文化祭に来賓で来た時、未香子も含めて3人で一緒に回ったけれど、あの時何故か箏音と私が2人で居たと、実はあの後に勘違いされて噂になったんだ。あの美少女は何処の誰なのか、あの2人は恋人同士なのかってね?」
紹介された形で箏音と萌々花が、互いに軽く会釈する。それを確認した後、夕月は噂話を付け足した。箏音との噂を告げ、敢えて彼女を持ち上げる。然もそれら話に関して、夕月は一切噓を吐いていない。夕月との噂を知らされ、箏音がはにかむように微笑む一方で、萌々花は1人納得したようにコクコク頷いた。自分の成し得た功績でなくとも、まるで自分がやり遂げたかの如く、夕月の流れるような説得力を自慢したくて、萌々花のテンションが上がっていく。
…彼女との噂を利用する、作戦なのかな?…勿論、北岡君は1ミリも嘘を吐いてないし、全部本当のことだもん。上手く丸め込むように流れを変えていく、そういう北岡君を尊敬するわっ!!
流石は、北岡君。お見事だよ、北岡君。凄いよ、北岡君っ!…などと、心中では夕月を褒め捲っている、萌々花である。
「夕月様は相変わらず、お上手ですこと…。夕月様とのお噂ならば、大変光栄でございますわね。…ふふふっ。本当に何処かの何方かとは、本当に大違いですわよね。彼の方ももっとお早く、はっきりとした態度を取ってくだされば、わたくしも直ぐに吹っ切れますものを……」
「……そうだね。全面的に、飛野が悪いと思うよ。あのお祖母さまがいらっしゃる限り、箏音からは断れなかっただろうし、ね…」
「……夕月様。わたくしの複雑な家柄も全て、ご理解なさった上で悩みを聞いてくださり、何時も嬉しく思っておりますわ。わたくしを本当の意味で理解してくださるのは、夕月様と葉月様だけでしてよ。本当に…ありがとうございます。」
……これは、箏音さんの本音だよね?
傍らで2人の会話を聞いていた萌々花は、自らの両手をグッと強く握り、『飛野君のバカやろ~!』と叫び出しそうな自らを、必死で抑えている。
…本当に飛野君は、馬鹿だよね…。こんな良い子に気付かないなんて、何処に目をつけているの?……あっ、でも…北岡君を好きになったのは、決して目が悪いとか思わないからね。やっぱり北岡君は、別格なんだもん!
其れだけは褒めてやろうと、萌々花は晶麻を最早ダメ男扱いしていた。こうして当初の目的を、頭の中からすっかり忘れてしまった、萌々花なのであった。
夕月に萌々花が話し掛けたところから、始まります。萌々花は相変わらず、夕月でさえも振り回すという元気っぷりで。
更新何とか、今月に間に合いました…。




