21話 住む世界が別の人達
5月連休中の話、前々回からの続きです。萌々花視点がまだ続いています。
このお店の最奥である角では、大きな窓が設置されていて、此処から眺める外の景色は、眺めが一番良いと思われる場所だった。また入口からは絶対に見れない、奥まった場所でもある。其処に、彼は座っていた。
他にもちらほらとお客さん達は居るけど、此処からは少し離れていたり、テーブルと椅子を置く位置や観葉植物などで、微妙に見えないよう工夫されている。とてもお洒落な大人のお店という感じで、私には…場違いな場所である。
……うっ。とっても…絵になるわ…。流石はイケメン、ということよね…。
向こうを見て座る彼の後ろ姿は、ガラス張りの窓の景色に溶け込み、まるで1枚の絵の如く私の目に映る。思わずその光景に見とれた私は、声を掛けないまま彼の後ろ姿を見つめていた。案内のウェイターさんが彼に声を掛けたことで、彼は振り返り私の存在に気付いて。其れ迄見とれていた私はハッとし、顔を引き締めた。
……いやいや、見惚れている場合じゃないわ。……いや、抑々、相手は木島君なのよね…。好きな人でもないのに、何で見惚れたのよ、私は…。
ウェイターさんが彼の向かい側の椅子を引いたので、私は其処に着席する。流石に洒落れたお店だけはあると、お嬢様にでもなった気分だ。ウェイターさんが去って行くと、木島君は私にメニュー表を手渡してくる。
「急に呼び出したのは俺の方だから、ここは奢るよ。君の好きなものを、何でも頼んでくれ。」
「……うん、ありがとう。では、お言葉に甘えて……」
…うん、そうなんだよ。洒落たお店だけあって、料金が高そうな気がする…。今月の私のバイト代が、全て飛んで行くかも…。もしかしたら、もっと高そうだね…。ここは…彼のお言葉に、甘えて置こうかな…。
私はそう思いつつ、メニュー表を捲っているうちに気付いた。全ての注文に、値段が記載されていなかった。これは…ゼロが幾つか付きそうなほど、相当に高そうだと思えば、怖くなる。
……クリームソーダぐらいなら頼んでも、大丈夫そうかな?
いくら彼が支払うと言えども、高そうなものは避けようと、私は恐る恐る安そうに見える飲み物を選ぶ。木島君はただ軽く手を上げ、ウェイターさんを呼ぶ。それで通じるんだなあと驚く私は、木島君が手を挙げた途端、ウェイターさんが素早く気付いてやって来て、どこに立っていたのかと目を丸くする。先に飲んでいた彼は、私の分だけ注文すると、序でに軽く摘まめるものをと追加した。
……えっ?…何なの、その注文は…。木島君、メニュー表に載ってない食べ物を頼んだの?…これは言われなくとも、高そうな気がするよ。……怖っ!
焦った私は気を落ち着けようと、ウェイターさんが持って来た水を飲む。それでなくとも店内が静か過ぎ、周りの人達の声も全く聞こえなくて、メニュー料金も気になる私は…。極度の緊張をしていなければ、店内に流れるクラシック系の音楽が退屈で、居眠りしてしまうかも…。
そのぐらいに私は、ちっとも落ち着けない。例え大人になったとしても、私はこの店には合わない気がする…。お洒落過ぎだし、静か過ぎだし、木島君には似合い過ぎているけどね。
…こういう大人が来るようなお店に、普通の一般人を呼ぶかな?…そう言えば北岡君や九条さんでも、こういうお店には呼ばなかったよね?…やっぱり普通は、呼ばないよ…。木島君って何者なの…って、聞きたいぐらいだよ……
「…急に呼び出して、悪かった。君は北岡とも九条とも、最近仲良くしているようだから、色々と詳しい事情を知っていそうだと思ってね…。」
「………はあ。」
私は気を落ち着かせようと、只管お水を飲んでいる。木島君が早速本題に入ってきたけど、私には彼の意図が理解できない。私は何と答えて良いのか分からず、つい間の抜けた返答となる。
「君は…北岡と九条の約束を、知っているのか?」
「…ええ、一応は…。2人が約束をしたとは聞いたけど、何の約束かは聞いていないわ。」
「……そうか。君にも…話していないのか。」
「…詳しく聞ける雰囲気では、なくて……」
「この前の学苑祭の時、晶麻の婚約者候補である少女も来ていたんだが、君はその事実を知っているのかな?」
「…あっ、うん……私も、北岡君と一緒に居る彼女を見て…。つい、北岡君を問い詰めちゃって……」
木島君は普段と違う雰囲気で、真剣な様子で私に問い掛ける。北岡君と九条さんの約束は知らないけど、この前の美少女の件は私が問い詰め、北岡君が白状してくれたからと、ついつい口が滑ってしまった私である。
……あわわっ。慌てて自分の口を両手で塞いでも、もう遅いよね。…ああ、言わなくても良いことまで、白状しちゃったよ…。
しまった…と、私は内心で大混乱中だ。私の前に座る彼は目を見開き、私を暫く凝視していた木島君は、突然吹き出すようにして大爆笑をする。とは言っても大声を出さず、声を潜めクツクツと静かに笑う、器用な彼。私は急に居ても立っても居られないと、真っ赤な顔を俯かせた。
…ううっ。そこまで笑わなくても、良いじゃない…。学苑で一番人気の北岡君を問い詰めるとは…と、自分でも今更ながらに呆れるのに。本当によくやったよ…と、反省中なんだから……
****************************
「菅さんは、猪突猛進のタイプだね。北岡を相手にして、本気で問い詰めることが出来るのは、君ぐらいかな…。できればその時の北岡を、是非とも見たかった。九条でも出来ないことを君がやるとは、勇気があると思うなあ。見てる分には飽きそうにないし。……くくくくっ。」
「………」
やっと笑いが止まっても、揶揄うような口調で話しかける彼に、私は眉をピクピクと引き攣させていた。肩を揺すって大爆笑した彼は、再び肩を小刻みに震わせ笑っていて、面白くない私はキッと睨み付けてやる。
……むう~。絶対に面白がってるよね…。彼の言うことは当てっている部分もあるけど、嫌味にしか聞こえないわっ!
「学苑祭の後に晶麻と彼女との間で、何か行き違いがあったようで、これ以上ないくらいに落ち込んでいる。彼奴が望んだ婚約ではなくとも、彼女自身が今までに彼奴を拒否したことはなくて…。その上で北岡を敵に回したらしく、完全に無視されている。本人もどうすれば良いか分からないようで、俺も…彼奴を見て居られなくてね。北岡は、何か…言っていなかったかな?」
「…飛野君が?…そうなんだ。あの時の美少女が飛野君の婚約者候補だと、私も後で北岡君から聞いたけど…。飛野君は2人から、本当に何も聞いていないの?」
「…ああ。飛野から直接聞いてはいないが、彼奴は態度に出やすいから、直ぐに分かる。長い付き合いだしね…。」
睨んだ私を見た彼は肩を竦め、再び真面目な顔付きとなる。学苑祭が終わってからの飛野君は、落ち込んでいたと聞かされる。確かに最近の彼は元気がなさそうだったなあ…と、私は思い出して。
…なるほど。北岡君を責めた時、飛野君に対して怒っていたなあ…。自分の本命に睨まれ無視されるのは、どういう気分なんだろ…。婚約者候補の大人しい美少女に初めて拒否されたら、戸惑うよねえ…。木島君も彼の親友として、本気で心配しているようだし、案外と良い奴なのかな……
そういう事ならば少しでも協力しようと、北岡君から聞いた美少女の事情を、私が知り得る限りの箏音さんの事情を、語ることにした。私が全て語り終えるまでは、木嶋君も単に相槌を打つ程度で、何も口を挟まず無言で聞いてくれる。私が語り終えた後に漸く、彼は重い口を開いた。
「…彼奴は彼女の話を一切せず、俺も光輝も彼女の名さえ知らなかった。高遠家の噂は、俺も少しは知っている。現在の高遠家当主は上昇志向の強い人で、何かと四条家を敵視する…と聞く。現当主は、彼女の祖母に当たる人だろう。」
「…四条家?…もしかして、九条さんの親戚?」
「いや、全く違う家柄だ。四条家は日本の御三家と呼ばれる、古い家系の流れを酌む一族で、その家系の分家だよ。九条家よりも、更に上位の家柄となる。四条家が分家となる前の本家は、それこそ平安時代まで遡れるほどの名家だ。高遠家も同じ家系の分家に当たるのだが、四条家ほどではないらしい。昔から常に四条家と比べられた所為で、四条家を代々敵視しているという噂がある。四条家の一族は全く気にも留めないそうだから、高遠家は余計に癇に障るのかもしれない…。」
「…そうなんだ。お金持ちの人の考えはよく分からないけど、箏音さんのお祖母さんは困った人だよね…。自分より下に見下した人の忠告は、一切話を聞かないということを、北岡君も言ってたよ…。」
「そうだろうね…。あのお祖母さんならば未成年の俺らには、そういう態度を取るだろう。まさか北岡と高遠さんが、海外に住んでいた頃の幼馴染だとは、全く知らなかった。世間は広いようで、狭いよなあ…。北岡にとっても、大切な幼馴染だったとは…。そういう理由があるならば、飛野の態度には怒るかもね……」
北岡君が語る内容よりも、箏音さんには深刻な問題があるようだ。飛野君とは正式な婚約者ではない彼女を、今までに彼は一度も紹介しなかったと、この前の学苑祭で初めて木島君達も見掛けたらしく。こうやって話を聞く限り、飛野君は恋人としては誠実なんだろう。飽くまでも恋人限定で……
…ちょっと鈍過ぎる。箏音さんの事情を鑑みると、北岡君の言う通り彼の味方にはなれないよ…。箏音さんのお祖母さんが孫の為に婚約を望むなら、私も応援したかもしれないけど……
北岡君と箏音さんが仲の良い幼馴染と知り、北岡君が本命の飛野君はショックを受けただろうな…。私には同性の幼馴染しかおらず、婚約者も居なくてよく分からない。お金持ちの人達は色々と大変だと思うぐらいで 、 熟ごく普通の家庭の子供で良かったなあと、改めてそう思っていた私である。
……平凡が一番だよっ!
連休中の萌々花のプライベートな話、part3というところでしょうか。
萌々花と柊弥が、とある場所で待ち合わせをしたところから、始まります。柊弥が呼び出した理由とは、晶麻に関して心配からきたもので。ところで、柊弥が呼び出した洒落たお店は、未成年が入店するような店じゃない…?!…どうしてこうなったのかを、柊弥視点から書いてみたい…。機会があればですが。
※最近遅れ気味で、申し訳ありません。この物語が長くなってきたので、今後どう展開しようかと低迷期に入ったようで、今後も更新は遅れそうですが、完結するまでは続ける予定です。温かい目で見守っていただければ、幸いです。




