20話 来ないでくださいっ!
今回は、とある人物視点です。
5月の連休中のお話となります。
残念なことに連休中の私は、勉強以外はほぼ毎日アルバイトをしていた。バイトとしてお給料をもらう代わり、親戚の叔父さんが経営するお店の手伝いを約束し、私はお小遣いが欲しくて引き受けた。
北岡君も私と同じく、一般家庭出身だと聞いているというのに、同じ系列の小学部から通学しているらしくて、私の家とは違って別格扱いなのだ。特にバイトもしていないようなのに、お小遣いも私よりも沢山持っている雰囲気がある。ナルちゃんも同様に一般家庭出身なのに、彼女の家が商売をしているお陰なのか、我が家より裕福そうな感じだ。郁ちゃんに関しては…言わずもがな、お嬢様である。
私が今通学する高校はこの辺では、令息令嬢が通学する学校として有名で、少しでも彼ら友人達と釣り合いが取りたいと、お小遣いもアップさせたくて。あの高校の生徒さん達は良い人ばかりだから、私のお小遣いの金額を知れば、私に合わせくれるかもしれない。だけどそれは、私が嫌だった。
…きっと高校を卒業した後は、北岡君や九条さんや郁ちゃん達お嬢様には、そう簡単に会えなくなるんだろうな…。会社員の両親を持つ私とは、家柄が違い過ぎるのだから仕方がないけど、今しか一緒に居られないと思うと、寂しいよ……
バイトでは時間帯によっては、厨房の方を手伝うことになったり、注文を取りに行く接客をしたり会計係を担当したり、親戚の関係で様々な仕事を請け負っていた。他のバイトが休んだ時、私は何もかもカバーする必要がある。流石に会計を、短期バイトには任せられなくて。今の時期は長期バイトだけで、夏休みは毎年追加で短期バイトを雇い入れるらしい。ゴールデンウイークも其れなりに忙しいけど、夏休みの繁盛ぶりは其れほどに凄いということだ。
「やあ、菅さん。昨日ぶりだね。今日も同じものを、もらえるかな?」
「………いらっしゃいませ。今日も…同じものですね?…畏まりました。」
…また来たよ、この人…。それほど暇人なのかな?…ゴールデンウイークになってから、ほぼ毎日此処に来るんだけど…。やっぱり、彼もご令息なんだよね?…確かこの人も、小学部からの生徒だって聞いたから…。お金持ちって…毎日通う程暇なのか、それとも…お金持ちのボンボンだと見せつけたいのか…。何となく…この人を相手にしていると、イライラしてくる……
誰かに監視させているのか、偶々勘が鋭い偶然なのか、私がウエートレスをしている時を狙うかの如く、お店に現れる。お客さんとして毎日通う自体には、有難いと感謝すべきことだろう。但し、彼が来ると必ず他の女性客はざわつくので、有り難た迷惑でもあった。彼が来店した日は必ず、女性客も注文も倍増するのは、嬉しい限りなんだけど…。
毎日お店に顔を出すのは、正直言って勘弁してほしい…。他の一般のお客さんにも迷惑が掛かり、彼目当ての女性客も騒ぐから。彼自身に何の罪もなくとも、自分が注目されることに慣れている彼は、お店で騒がれていることも理解済みだろう。
逆に動じず平然とする彼に、私はイラっとする。平静を装い注文を取った後、厨房へと戻った。厨房ではニヤニヤ顔の叔父さんと叔母さんが、私を出迎えてくれるのは、不本意だったけど…。
去年1年間、彼らと同じ高校の生徒だったけど、彼とは殆ど話をしていない。彼とは真面に話が出来たのは、今年になって廊下でぶつかった時だった。あの後から…こうして定期的に、彼がお店に通うようになった。この連休中は何故か、毎日通って来るけど…。
…彼が来た当初、此処を気に入ってくれたと思った私は、今日のお薦めとかを教えていたんだよ。同じ学校の生徒で北岡君の友人で、先日のように感じ悪いと思っていても、良い人だとも思っていたんだよ。私は別に、他意はなくて。
「…彼奴は、萌々花目当てだな。」
「あら、彼はそれだけ萌々ちゃんに、会いたいのよねえ。」
「萌々花ちゃん、愛されてるねえ。相手がイケメンで、羨ましい…」
「あれだけイケメンに推されているなら、早く応えてあげたら?」
お陰で…叔父さんや叔母さんだけではなく、此処で働く従業員やバイトの子にも勘違いされてしまった。抑々彼とは、そこまで親しくないのに、告白どうのこうのという以前の話だよ。叔父さん以外は皆女性なので、イケメンを強調してるけど。
私が好きなのは、北岡君だ。北岡君には未香子さんが居るし、私は振られる予定だけど、完全に諦めた訳でもなかったりする…。今はこの関係に満足だし、私だって将来は人並みの結婚をしたいし、いくら北岡君を本気で好きでも、彼女が女性だとよく理解しているつもりだ。
…それでも今のところは、異性との恋愛はしたくない。まだ正式に振られていない以上、そう簡単に心変わりをしたくない。ナルちゃんにも忠告されていたし、これでも一応は覚悟して、好きになったんだもん……
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「…お待たせ致しました。ご注文のコーヒーと、本日のアイスです。ご注文は以上でしょうか?…では、ごゆっくり。」
「あっ…菅さん、待って。今日、この後…時間ある?」
「……はあっ?!……今日も夕方まで、バイトですが…。」
注文のメニューを抱え、お客様の席まで運んだ私は、義務的な口調でサッサと去ろうとしたのに…。彼に話し掛けられ、デートにでも誘うような口ぶりに、そつなく熟して逃げようとした私は、今日の私の予定を聞かれ、思わず身構えた。流石に…告白されるとは思っていないけど、嫌な予感がする……
「ああ、そうか…。それならば夕方頃、会えないかな?…北岡のことで訊きたいというか、折り入って話したいんだが…。」
「……北岡君のこと?……ええと、此処では…話せないことですか?」
「…そうだね。ちょっと、此処ではね…。君のバイトが終了したら、この番号に連絡してくれる?」
「………分かりました。」
私が1日中バイトだと答えても、バイトが終わり次第会わないかと言われ、当初は断る気満々の私も、彼の話したい内容に北岡君が含まれると知り、無視出来なくなる。だけどよく考えれば、彼の方が良く知っている筈で。
…北岡君の事情で、私に聞くことってあるのかな…。未香子さんに訊く方が早いだろうし、北岡君と親友の彼の方が良く分かる筈なのに…。
北岡君の事情を少しでも知りたくて、私はコクンと頷いた。彼はスマホの電話番号を書いたメモ用紙を、そっと手渡して来る。他のお客さんに見られないよう、してくれたらしい。自分の注目度を、よく理解しているようだ。だったら此処に来ないでよ…と、そう思う私が居る。
「萌々ちゃん。これから一緒に、お茶しない?」
「…ごめんね。今日はこの後、用事があるんだよ。」
彼はゆっくり1人でカフェして、出て行った。その後、私は彼との約束をすっかり忘れ、バイト仲間に誘われたことで思い出す。お茶は此処でも出来るけど、他のお客さんの迷惑になるから、他店でお茶するのが日課となっている。
…そうだった。あの人との約束を、忘れるところだったわ…。電話しなくちゃいけないけど、此処ではしたくない…。
慌てて断り、一足先に店の裏口から出た。お店からある程度離れた場所で、先程手渡された紙のメモを取り出し、其処に書かれた番号に掛けてみる。自分から男子に電話を掛けるのは、流石に初めてだとドキドキしながらも…。
数回のコール音の後に、「もしもし」という低い声が聞こえた。普段の声とは違う声音に、ちょっと時めいてしまう。多分これが彼の声で間違いない筈だけど、間違いならば恥を掻くだろうと思い直し、一応は確認しておく。
「…あ、あの…。私、菅と言いますが、木島君は……」
「…ああ、俺だよ。もしかして、声が分からなかったのかな?」
「…そうですね。電話の声と普段の声が、微妙に違ったので…。」
「…ああ、よく言われる。自分では分からないんだけど、電話の声とは違うみたいだね…。バイトは、終わったのかな?…今から話す場所に、来れそう?」
「多分…大丈夫です。」
本人が電話に出た。彼が今居る場所に来てほしいと、私を誘導した其処は、まだ入ったことがない。彼が指定した場所は、私が普段通り道にする道沿いに建ったビルで、場所や外観は良く知っており、此処から歩いてもそう遠くはなかった。
私は電話を切り急ぎ足で、彼との関係をこれ以上勘違いされたくなくて、知り合いに会わないようにと願いつつ移動する。どこで誰に見られているか、分からない。そうしてあっという間に、指定されたビルに到着した。
この辺りはお洒落なお店ばかりが並び、今はまだ高校生の私には、縁がない場所である。彼に指定されたビルに入り、これまた指定の階へ行こうと、エレベーターに飛び乗った。彼が指定したのはこのビルの最上階で、何があるかは知らないけど、最上階に行く機会のない私は、ドキドキそわそわして…。エレベーターが到着し扉から外に出た途端、あまりにもお洒落な光景に、私は見事に固まった。
……凄い!…最上階全体が、ガラス張りの窓で囲まれてる…。まるで、野外にでも居るような錯覚だわ。本来ガラス張りの場合は周りから丸見えだけど、この付近に此処と同じ高さの建物がなくて…。此処からの眺めは、最高だろうなあ…。夜景は凄く、綺麗そう。まだ昼間なのが、惜しいなあ…。
恐る恐る店の中に入れば、すっと背筋を伸ばした給仕姿の男性が出迎える。待ち合わせをしていると告げれば、店員さんは彼の名前を聞かず、彼の席まで親切に案内をしてくれたけど……
「お客様。お相手の方は、此方でお待ちになられています。」
…彼は、何者なんだろう…。未香子さん達と同様に、有名なお金持ちなのかな?
店員さんが案内してくれたのは、お店の最奥である角の席で、所謂此処では1番眺めが良い場所だと、私でさえも理解出来て…。彼は平然とした様子で、当然の如く其処に座っていた。
連休中の萌々花のプライベートな内容、part1です。
萌々花のバイト先に来ていた人物は、柊弥でした。彼の思惑は…
※更新が遅くなり、申し訳ありません。次回も、萌々花視点となる予定です。




