19話 お泊り旅行⑦ 3日目
5月連休中のお話、その続きです。旅行中の3日目になります。
3日目の朝を迎えた。今日は、4人が帰宅する日である。
「本日、お帰りになられるのですね。当旅館をご利用いただき、誠にありがとうございました。お気を付けてお帰りくださいませ。また宜しければ、当旅館をご利用くださいませ。」
担当の仲居さんが挨拶して去った後、彼らも朝食を摂り、帰り支度を済ませた4人はロビーに移動し、フロントで朔斗が清算を済ませれば、愈々旅館を出て行くことになる。旅館の女将と思われる女性が、旅館を出発するお客1人1人に声を掛けており、彼らも女将さんと挨拶をして、こうして彼らは旅館を後にした。
昨日の朔斗の話では、帰宅する前にイベント会場に寄るらしい。旅館からイベント会場までは、わりと近かった。未香子達が何のイベントかと思っていたら、この地元では春祭りに近いイベントらしく、『農作物の豊作を祈る祭り』のようである。秋祭りのように、お神輿とかを担いで練り歩くものではなく、イベント会場となる街中を何かと飾り立て、メインの一つに青空マーケットなどの開催も、含まれているようだ。街に人を呼び込む為のイベント、と言っても良いだろう。
商店街や露天のフリーマーケットも開催され、まだ早朝にも拘らず、沢山の人々で賑わっていた。彼ら4人も彼方此方のフリマを覗き、また商店街も見て回る。学校で使えそうな文具など、見て気になった物を片っ端から手に取って。
…普段使用するブランドの文具も、勿論文句はございませんけれど、偶にはこういう場所で販売する文具も、お土産に買って行こうかしら…。お友達と同じものを揃えれば、良い思い出になりそうですわ。
そう考えた未香子は夕月と相談し、学苑の友人達の分も買うことにした。未香子の思い浮かべた友達とは、何時も一緒に行動する女子3人である。そして、クラスは異なるものの、萌々香達3人も今では仲の良い友人だ。萌々花以外の友人は、普段はブランド物を使用しているだろうが、偶には系統の違う文具も…と選んだ。こうしてそれなりに、買物を楽しんでいた。
…とても可愛い文具が、買えましたわ。夕月と2人で選んだと告げれば、特に萌々花さんは飛び上がって、大喜びしそうですわね…。
朔斗と葉月は、男子生徒への土産は食べ物が喜ばれると、ウインドウショッピング状態に近かったのだが、未香子と夕月が買い物を楽しんでいるのを見て、それに満足している様子だ。
「…あら?…旅館で会ったイケメン君達だね。貴方達も此処に来たのなら、私達と一緒に回らない?」
甘ったるい女性の声が、彼らの背後から聞こえた。朔斗と葉月は振り返らずとも見当が付いたものの、未香子はつい振り向き、旅館で見掛けたあの女性達だと知る。女性達は同じ年頃の男性と、各々腕を組んでいた。
…えっ?…彼女達には、男性の連れがおられたの?…それなのに、お兄様達にお声を掛けられましたの?
未香子も驚いていたが、男性達も同様に驚いたようで、「知り合い?」と彼女達に訊ねている。彼女達は旅館で出会ったと簡潔に語り、朔斗達がOKしようものならば、今の連れの男性達とは別れてでも…と、思っていそうだ。
……なるほど。昨日、彼女達をナンパした(?)男性達、ということですね。どうしてもお兄様達とご一緒されたいのかしら…。二兎負うものは一兎をも得ず、という諺をご存じないの?
「…悪いけれど、もう僕達は帰るから。」
朔斗が遠回しに遠慮すると伝えれば、女性達は不満そうな顔をするものの、漸く諦め男性達と去って行く。超イケメンの朔斗と可愛い系の葉月を、気に入っていたらしいが、彼らにとっては迷惑な話だ。
…この旅行でもチラチラと、若い女子達の視線を感じましたわ。私と夕月がご一緒しておりましても、それほど見劣りしておりませんし、難癖はつけられておりませんけれど。わたくしや夕月が平凡でしたら、あんな子が傍にいて…と顔も名も知らない女子に、文句を言われるのかしら…。兄妹・姉弟とは思われないようですし、それはそれで媚びられそうで厄介ですの。
4人で出掛ける時は、朔斗は兄妹の素振りを見せない所為で、未香子が兄の恋人と間違われることも、屡々だ。お似合いカップルに見られて都合が良いのだろうと、何とはなしに彼女も知っていたけれど…。これほどまでとは…と、呆れて。
…葉月も、似たような状況でしょうか。葉月は寧ろ夕月が大好きですし、お似合いだと思われて嬉しいことでしょう。何故か、モヤモヤ致しますわ。この気持ちは、一体何なのかしら…?
旅館であの女性達を見た時から、未香子の心は穏やかではなかった。今も心が晴れずに、苦虫を嚙み潰したような気分だ。何かが引っ掛かったままで……
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軽くお昼を取り、イベント会場を後にした。再び車に乗り込めば、この後は自宅までの距離を、朔斗1人が運転することになる。今から出発し、サービスエリアで休憩すると、帰宅する時間も遅くなるだろう。
車中ではなるべくお喋りをしつつ、眠らないよう気を付けた。会話も減ると、景色を眺めることに集中して。車中から見る景色は、同様の景色がずっと続く所為で、強い眠気が時折襲って来るという、悪循環を繰り返す未香子だったが…。
「…美香。眠いのならば無理をせず、眠ればいい。」
「……だ、大丈夫ですわ、お兄様。」
「美香は本当に、優しいね。朝も早かったし、疲れているだろうに…。僕が運転中だからと、僕に気を遣ってくれているのだね。美香が気にする必要は、ないんだよ。未香が元気な方が、僕は嬉しいからね。」
「そうですわ。貴方は眠っていらして、いいのよ。わたくしと葉月が、起きておりますわ。」
「そうだよ。今のうちに眠っておく方が、良い。」
眠そうに目を瞬かせていた未香子に、朔斗は苦笑しつつ話し掛ければ、彼女はハッとしたように慌てて否定してくる。しかし朔斗も、妹の気遣いより上手をいくシスコンぶりで、妹を休ませようとする。そして、夕月と葉月もそれに乗っかって。
…お兄様は本当に、お優し過ぎますわ。ご自分はずっと運転をされておられ、わたくし達よりもお疲れでしょうに…。妹の心配をされるとは…。お兄様は煽てるのもお上手ですが、妹相手に為されて勿体無いですわ。本命の女性を口説く時に、お使いになられてくださいませ。…夕月まで、わたくしを甘やすのですね。…葉月も…なのですか?…子供扱いし過ぎでは、ございません?
葉月が甘過ぎる相手は、夕月に対してだけだと思っていた未香子は、自らも対象であったのだと、今更ながらに気付いて…。思わず、溜息を吐く。そうして、どっと疲れが押し寄せた状態になった彼女は、知らぬ間に眠ってしまっていた。本人が気付いた時には既に、自宅に到着していた。
…わたくしだけ、ぐっすり眠ってしまうとは……。…ううっ。お兄様達に子供扱いされても、これでは…文句が申せませんわね。何時頃眠ってしまったのかも、記憶がございませんもの…。
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「…未香子は眠られたようですわ。余程、疲れておられたのでしょうね。」
夕月が未香子の髪を撫でているうちに、未香子は夢の中へ旅立ったようだ。夕月は穏やかに眠る幼馴染の頭を、そっと自らの膝の上に寝かせ、前の座席に座る2人に話し掛ける。
「そうだろうね。この3日間は、とても燥いでいたようだ。連休前までは時々落ち込んでいると聞き、心配していたのだが…。この旅行で少しでも気が晴れたようで、良かったかな。」
「…申し訳ございませんわ。わたくしの所為なのですわ…。偶然にも…昔の幼馴染に、再会したものですから…。わたくし達姉弟が海外に住んでいた頃、唯一の日本人の友人でもありますのよ。ですから、無下には出来ませんわ…。」
「夕月の所為だとは、僕も思っていないよ。飽く迄もこれは、未香の心の問題だろうからね。夕月がこれ以上、気にする必要はない。」
「そうだよ、夕月は悪くない。夕月から頼まれた僕が、彼女のフォローをしっかりとすれば、こういう状況には…彼女が未香子に敵意を向けなかった筈だ。何方かと言えば、僕が悪いんだ……」
「葉月は悪くないのですわ。元々わたくしが、葉月に頼んだのですもの。彼女を放って置けなかったのですわ。ですから……」
「…夕月も葉月も、悪くないよ。これは未香が1人で、乗り越える必要がある事柄なのだから…。誰も…悪くない。だからこそ、未香が元気になるようにと、内緒で計画を立てたのだよ。」
未香子が眠った途端、車の中には重い空気が流れている。誰が悪いとかそういう事情ではないのに、夕月も葉月も責任を感じている。妹自身の心の問題であり、妹が乗り越えるべきことだと、誰もが見守るしかないのだと、朔斗がそう告げても。
「…わたくしにまで…内緒にされるのは、止めていただきたいですわ。」
「それには僕も同意見だよ、朔兄。僕にも内緒にするのは、止めてほしい。」
「ごめん、ごめん。どうせなら、2人にも内緒にしたくなってね。葉月に教えることは、夕月にバレる可能性が高いからね。こういう時、双子は厄介だよ…。」
「「………」」
内緒にされた2人から文句を言われても、常にマイペースの朔斗は、軽い口調で返すだけだった。この朔斗の性格を、嫌という程に理解する双子は、溜息を同時に吐く。朔斗の言う通りだと、双子も理解していた。お互いに会話せずとも、ある程度の事情は顔の症状や少しの会話で、十分に理解してしまう。絶対に秘密にしたいのならば、2人の何方か一方にも話すべきではない。双子が朔斗を理解している分、彼も双子を十分に理解しており、その逆も然りというべきか…。
ぐっすりと眠る未香子は、こういう遣り取りを一切知らずに、深い眠りの中に沈むのであった。彼女が思う以上に、彼らは良い性格をしていると、知らず……
連休中のプライベートな内容です。お泊り旅行第3日目の朝から、帰途に就くところまでですね。今回は、前半・中盤・後半の3部に分けました。
1日目が随分と長くなった為、2日目はご割愛という感じで短くし、3日目も重要部分だけ書き、サラッと流しました。今回で旅行の話は、終了です。こういう理由で、旅行が計画されたとは、知らぬは未香子だけ…ですね。




