10話 対立② 萌々花 対 礼奈
今回は前回に引き続き、5月の球技大会の試合後の遣り取り part2です。
未香子寄りの第三者視点です。
礼奈の最後の言葉に対して、夕月は彼女を労るような言葉を掛けた。その言葉に礼奈は満面の笑顔となり、非常に嬉しげな素振りを見せていた。
……ううっ。何時でも礼奈に肩を貸すとは………。礼奈の言う通り、夕月は優し過ぎますわ…。これでは女子生徒達が勘違いするのも、当たり前でしてよ…。時と場合によっては、もう少し突き放す行動も必要なのでしてよ、夕月っ…。
「……そうだったんだ。勘違いして…ごめんね。北岡君の後輩とは知らなかったとはいえ、喧嘩腰で話し掛けちゃったね…。……だけど北岡君には、1つ確認したいことがあるの。本当は、誰を応援してくれていたのかな?」
不機嫌ぽい萌々花さんも、漸く納得したかのような口調で2人の間に加わり、周りの生徒達も未香子も胸を撫で下ろしたところだったのに……。彼女の矛先は、今度は夕月の方へと向かっているようだ。萌々花にとっては、自分と礼奈のどちらを応援していたのかが、最大の重要事項のようである。先程までの怒りはないが、ジトっとしたような…目が据わっている様子があった。
「……へっ?…いや、誰かと言われても………。元々、未香子が萌々の試合を気にしていて、私はただついて来ただけなんだよ。相手チームに礼がいたから、片方を応援するのも不公平だと思い、2人共頑張っていたようだからね、両方を見守っていたつもりなのだが……。ダメだったかな……?」
自分に焦点が当てられた夕月は、萌々花さんの強い目線にも、殆ど動揺した素振りはなく、キョトンとした表情で小首を傾げては、何方を…誰を応援していたかは、ハッキリと答えなかった。応援というよりも、両方のチームを見守っていたのだとして。
…うわあ~。これ…かなりあざといですわ…。夕月の場合、これが本当の気持ちなのか演技なのかが判別しにくい部分ですけれども、何方に致しましても夕月が1枚上手のように見えるのは、どうしてでしょうね…。ちゃっかりわたくしの立場も、利用されておられますし…。
確かに未香子が、萌々花を応援しに向かったのは本当のことであり、礼奈と対戦することはこの場で知ったのだ。礼奈が好きでもなくとも嫌いと言う程でもないので、礼奈だからと何でも敵視している訳ではない。また未香子は萌々花のことも礼奈のことも、良きライバルとも認めていたりする。今回は未香子も、夕月がどう対応するのかと興味津々で見守っていたのだが…。しかし……
まさか、夕月がこう惚けて来るとは、思わなかった。両方を応援したいという矛盾から、それぞれが頑張っている姿を見て、勝ち負けには関係なく見守る。…そういう状況は聞く分には、非常に心優しく感じる筈なのに、何故か未香子には夕月が逃げ道を用意したように感じて。確かに一方だけ応援するとは、簡単に割り切れるものでもないけれど……。
「……えっ、うん……。ううん、ダメじゃないよ…。そっかあ~。北岡君は優しいもんね。後輩を応援していても、私も応援してくれていたんだよね?…そういう事情だったら、もう良いよっ!」
萌々花は夕月の言葉に、…いや、夕月の「信じてくれないの?」とでも、言いたそうな小首を傾げた態度に戸惑って、言葉を詰まらせていた。好きな人からの言葉には、流石に萌々花も弱いというところだろうか…。言葉に詰まらせながらも、あっさりと夕月の言葉を受け入れることにしたらしい。
実は萌々花の友人である鳴美は、同様に「狡いなあ…。上手く逃げたよね…。」と苦笑する。萌々花は単純な性格なので、人心術のありそうな北岡君ならば簡単だよね…と、思っていたりする。
これで漸く萌々花も納得し、騒動は収まるかに見えたのだが、今度は礼奈が萌々花に何か言いたげに、ジッと見つめていた。またひと騒動が起こりそうな気配がしていた時、誰かがこちらに駆け寄ってきたのが、未香子の目の端に映る。
「…アヤ!…何か、こっちで騒動があったと聞いたけど……。何があった?」
慌てたように駈け込んで来たのは、光輝だ。婚約者でもある礼奈が、何か騒動を起こしたと聞いたか、それとも…逆に、騒動に巻き込まれたと思ったか、随分と慌てた様子であった。彼はすぐに周りを見回し、礼奈を気遣うような言葉を掛ける。流石に礼奈のことを良く知る、婚約者殿だ。礼奈が巻き込んだ側なのか巻き込まれた側なのかは、自分の目で見てから確かめるのだろう。
「…光輝君。わたくしのこと、ご心配してくださいましたのね。ですが、その問題は経った今解決致しましたわ。勘違いから起こった、些細な行き違いなのですのよ。周りの皆様方にもわたくしの不注意な行動で、大変ご迷惑お掛け致しました。申し訳ございません…。北城先輩方にもご迷惑お掛けし、お詫び申し上げます。ではわたくしは、これで失礼させていただきます。」
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光輝が慌てて駆け付けたのを切っ掛けにして、礼奈はもう解決したこの場を強制終了させると、周りの生徒達や当事者である萌々花達にも、きちんとお詫びの言葉を入れて来た。その後、光輝に再び向き直って話し掛ける礼奈。
「光輝君には後ほど、我が家にてわたくしが落ち着いてから、詳しい事情をお話致しますわ。ですから今は、何も聞かないでくださいませ。」
「……ああ、分かった。後でゆっくりと、聞かせてもらうことにしよう。どうやら礼奈が先に騒ぎを起こしたようで、申し訳ないことをした。礼奈には悪気が全くないが、気を悪くしたのなら…俺からも謝ろう。だから、許してやってくれ…。」
礼奈と後できちんと説明すると約束した、光輝はそれ以上訊かなかった。彼女の先程の言葉から彼女に問題があったと気付き、礼奈を弁護するように彼も詫びを入れ、頭を軽く下げて来た。逆に周りの生徒の方が、ザワザワと騒ぐ。実は…小学部や中等部でも、礼奈が問題を起こす度に、光輝がこうして謝ったり弁護したりして。婚約者という立場も大変だなあ…という声が、何処かから聞こえてきた。
「北岡にまた…面倒を掛けたようだな…。いつもすまない…。」
「別に、大丈夫だよ。私はちっとも、迷惑とは思っていないからね。今日の礼は、物凄く頑張っていたし、お説教は程々にしてやりなよ?」
「…ふっ、分かった…。ありがとう、北岡。…それでは、アヤ。行こう…。」
「…はい、光輝君。…では、皆さま。これにて、失礼させていただきます…。」
光輝は側に立つ夕月に、詫びの言葉を放つ。礼奈の行動によく付き合わされることになる夕月は、気にしない様子で礼奈のフォローも入れて。光輝の方がお礼を言う結果になるほどで。結局、礼奈は光輝に連れて行かれる形で、この場から去って行く。
その間、萌々花は呆然とこの遣り取りを見ていた。唯々…ポカンと口を開けるようにして。礼奈と光輝の2人が去って姿が見えなくなるまで、ボ~と見つめ続けていた。漸くハッとした様子で、未香子達の方を向き返って、未香子と夕月の顔を交互に見てから、徐に口を開き訊いて来た。
「……彼って、確か…Cクラスの田尾君だったよね?…何で田尾君が、彼女の擁護をしてるの?…今の彼女と田尾君は、知り合いなの?」
「彼女は『堀園 礼奈』と言って、中等部の時の演劇部の後輩でね。田尾は彼女の幼馴染でもあり、婚約者でもある。本当に大切に扱っているようで、常日頃から彼女の騎士としてああやって彼女の立場を守っているんだ。…ふふっ。」
「あっ……。あの人が、田尾君の婚約者なんだ……。うん…?…あれっ?…彼女は田尾君という婚約者がいるのに、北岡君に…抱き着くの?!」
「…うん?…ああ、彼女はいつもああいう感じだよ。何でも、男装の麗人に憧れているらしくて、私のこともそういう憧れで見ているだけ、みたいなんだよね。」
「…………。」
そう言えば去年の暮れに、女子会ならぬクリスマス会を開いた時、学苑祭で夕月に抱き着いた女子中学生として、萌々花が夕月を問い詰めたことを、その問い詰めたご本人が、すっかり忘れていた模様でして。今頃思い出した萌々花は…。
「……あ~、いたわね、学苑祭の時に…。そういう子が……。」
…などと、すぐ傍に居る未香子にしか聞こえないほどの小さい声で、呟く。あの時の夕月はあの場の全員に、礼奈と箏音の事情をある程度は説明していたのだが、萌々花は余程夕月にしか興味がない様子であると、未香子だけではなく鳴美も呆れていた。
これで萌々花も完全に納得し、周りの生徒達もEクラスの生徒達も1年のAクラスの生徒達も、この場の全員が同様に納得して。何事もなかったかの如く、一斉に生徒達が動き出す。気が付けば、全ての競技の試合が終了しており、未香子達も自分の教室に引き上げたのであった。
…ふう~。今日は色々あり過ぎて、すっかり疲れてしまいましたわね…。バスケでもそれなりに活躍も出来ました(?)し、筋肉痛になりそうですわ。…いえ、既に筋肉痛になりかけております…。
今日はもう歩くのが辛いので、途中まで真姫さんにお迎えをお願い致しましょう…と思いかけ、ハッと気付く未香子。そういえば今は、夕月と2人乗りでバイク通学だったと…。未香子は、夕月の後ろに乗せてもらうだけなので、筋肉痛でも…全く問題がないということも…。
夕月には、何となく…申し訳ありません。夕月は運転で気を遣われますのに、わたくしだけがお気楽な立場で…。ううっ……。夕月には申し訳なくて、足を向けて眠れませんわね…。わたくし、こういう時にも何も役に立つどころか、夕月に甘えてばかりなのですわ…。
…ああ。夕月に何も返せない、わたくし…。夕月には、ご迷惑をお掛けしてばかりなのですわ…。わたくしも礼奈のことを言えない、立場なのですね……。
途中から光輝が登場しています。騒ぎを聞きつけて駆け付けるという、王子様みたいな対応です。この場合、彼女を助けるというよりも、フォローをしに来たというものですが……。




