7話 演劇部『神』の存在
今回は、映像部の部活の風景となります。
前半は第三者視点ですが、後半は…とある人物視点となります。
「1年Aクラスの『堀園 礼奈』と申します。中等部では演劇部におりまして、高等部でも同じく演劇に関する部活に入りたくて、入部させていただきました。今日から、映像部の部員となりました。先輩の皆さま、よろしくお願い致します。」
「俺は『赤羽根 諒』と言って、映像部の部長だ。こちらこそ、宜しく。」
「…え?!…中等部でも、演劇部の『神』として有名な、あの赤羽根部長…さまなのですの?…あら?…女子生徒だったような……?」
「……うん。それ、俺の姉のことだな…。姉は小学部からこの学苑に通っていたけれど、俺は高等部からなんだ。君には…申し訳ないが、姉はこの3月に卒業したばかりだよ。」
「…あっ、そうですよね……。よく考えましたら、もうご卒業なさっておられますわね…。『神』にお会い出来なくて、残念ですわ…。」
今はまだ、入学したばかりの1年生達は、部活の見学期間中である。しかしこうして礼奈のように、小学部からこの学苑に通う生徒の中には、中等部から入部している部活に入部したいと、高等部でも同じ部活に入部する生徒達も、多かった。その為今日からは、入部届を受け付けても良いこととなっていた。未香子とは色んな意味でライバル関係でもある礼奈が、早速真っ先に入部届を出しに来たのだ。今のところ正式な入部届が出されたのは、他にはまだいなかった。
映像部の部員達が全員集まったところで、先ず礼奈が自己紹介をすることに。それを受けた形で諒部長が挨拶をされて。礼奈が部長の苗字に反応し、驚いたり興奮したりするような声を出し、諒部長も目を丸くした状態となる。何しろ、姉が『神』と呼ばれていることに、困惑したようである。演劇部の『神』という壮大な内容には、部員全員が呆気に取られていた。
…え~と、『神』とは…もしかしなくても、赤羽根元部長のことですよね…。少なくとも、わたくし達が中学生だった頃には、そういう壮大な呼び名をされてはいなかったと、思いますけれども…。神と崇められるような大袈裟な呼び方になってしまったのは、どういう経緯だったのでしょうね…。
未香子がそうぼんやりと考えている間、諒部長は実姉の呼び名に動揺しつつも、姉は卒業したばかりだと、礼奈に説明中であった。死んだ魚のような目をされ、ご説明されてますよね…と、他の部員達は苦笑気味の中で。実の姉を『神』と崇められた部長も、複雑な心境なのだろうと思う未香子は。未香子の兄も似たような扱いをされており、あれは…其れなりに身内には、恥ずかしさを感じるものなのだと…。
礼奈さんは、真剣にお話されておられるのでしょうが、実物であるご本人をご存じの皆さんには、つい最近まで『神』というよりも…寧ろ、違うものに見えておられたことでしょう。その時、もう我慢の限界という雰囲気で、私のすぐ隣から大爆笑が起こり……。周りの部員達は、ギョッとした表情で振り返る。
「……ぷ…ふっははははは。…ふふっ。赤羽根元部長とは面識のない、アヤ達下級生には…そんな風に、呼ばれているんだね…。…くっ、くくくっ…。元部長は『神』というよりも、『ボス』とか『ドン』とか『頭』とか『親分』とか…呼ばれるのならば、理解出来るのだけどね…。演劇部の『ドン』とか呼ばれている方が、やはりしっくりと来るよね…。ふふふふふふっ……。」
そう大爆笑しながら語っているのは、未香子の隣に座っている夕月だ。床とか壁とかをドンドンと叩きそうな勢いで、ただ1人大ウケしていた。立っているのは諒部長と礼奈だけで、映像部部員は床に体操座りをしているのだが、その状態で身体を前に曲げたり、後ろに反らすようにしては、器用に笑い転げている。夕月はそれほどまでに大笑いしながらも、上手く会話を繋げていた。
そして、夕月が今話した内容には、皆は各自隣の人物達と顔を見合わせて、頷くことに…。「確かに、『ドン』という雰囲気だったよな…。」と、部員の誰かが発言したのを切っ掛けに、部員全体へと大爆笑が広まった。こういう状況になると、未香子もついに限界となり声を出し笑ってしまった。周りをよく見ると、実の弟である筈の諒部長までが大爆笑しているという、異様な光景が…。「確かに姉貴には、神というよりもボスだよな…。……あはははっ!」と言うが、後でその姉にバレたら、困るのは自分だよ…と言ったところか……。
礼奈だけが目を点にし、爆笑している部員達を呆然と見つめていた。それは、そうだろう。自分達が神聖化している人物を、『ボス』とか『ドン』とか2~3年の上級生達が思っているとは、彼女には訳が分からない状況だろう。
赤羽根部長が何故、こうも神聖化されたのか…。そのことに興味を持ったのは、何も未香子だけではなかった。殆どの部員達が爆笑しながらも、どういう経緯でそうなったのか、本当に不思議でならないと思っていた。実物を知ってもまだ神聖化できるのかを、見てみたいぐらいだとも…。
「部員の皆さまはどうして、元部長さんのことを『ボス』とか『ドン』とかと、仰るのかしら?…光輝君は、何か…ご存じですの?」
彼女は後日、漸く部員として落ち着いてきた頃に、田尾君に不思議そうにそう訊くことになる。そしてその彼女からの質問に対し、光輝がどう答えたのかは、今はまだ…先の話のことである。
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「礼奈ちゃんは中等部で、もう1人のヒロイン役を演じていたんだね?」
わたくしは今日、映像部に入部したばかりということもあり、部員の皆さまがセリフの練習をされる風景を、見学しておりました。中等部ではヒロイン役に抜擢されておりましたので、直ぐにでも演技させてもらえると、考えておりましたのに…。単に見学するのはつまらないと思っておりましたが、中等部とは違う部活の風景には、目を奪われておりました。このお金の掛けようは、中等部とは比べ物になりませんわ…。
現在わたくしが居ります場所は、本来の映像部の部室ではなく、上演会を開催する会場なのです。先程の部員の皆さまへのご挨拶も、わたくしは此方の会場の舞台の上にて、ご挨拶致しましたわ。正直申せば、この大きさの会場は初めてで、少々緊張気味でしたのよ。
その後、先輩方は練習に入られ、わたくしは客席の方で待機しております。暫くはわたくし1人で見学をしておりましたら、わたくしのすぐ隣に何方かが座られる気配を感じ、席は沢山空いておりますのに…と、不審に思っておりましたのよ。どうしてわたくしのお隣に、お座りになりますの?…お隣を振り返り、座られた人物を確認致しましたら、初めてお会いしたお人でして…。外部生の方なのかしら…。
わたくしが話し掛ける前に、お隣から先にお声掛けされましたわ。このお人は、ご容姿は可愛いらしいお人でしたが、学生服を着用されておられる…ということは、男子生徒なのでしょうか…。北城先輩同様に、男装役も有り得ますが…。また先輩というご様子ですね…。
「はい。未香子先輩とは交互で、ヒロイン役をさせていただきました。」
「…へえ~。ミカちゃんと別グループで…ということだよね。…ふうん。それならば、僕と一緒の扱いなのかな?…僕もヒロイン役なんだよ、もう1人のね。今度から3人でやることになるのかな…。それはそれで、楽しみだなあ~。」
わたくしが正直にお答え致しますと、男子生徒からは意外な答えが、返って参りましたけれども…。もう1人のヒロイン役…とは、この男子生徒の格好は、男装ではないのかしら…。では、この男子用の学生服を着られたお人は、本物の男子生徒ですの?
わたくしの頭の中には、クエスチョンマークが沢山浮かんでおりました。お声をお聴きする限りでは、男性の声のような気もしますし、女性の声とも言えなくないようですし。顔も中性的な雰囲気と申しましても、女子のお顔っぽいですし。性別不詳と表現する方が、しっくりくるかしら…。
わたくしは、ジッと見つめておりました。すると、男子生徒からは満面の笑みを返され、わたくしの方が…頬が赤くなってしまいます。北城先輩とはまた異なる、背徳感のある魔性の微笑みのようで、ゾクゾクしてしまいますね……。
「僕は、2年F組の『門倉 千明』だよ。普段からヒロイン役を演じているけれども、これでも…正真正銘の男なんだよ。女子友として、共演もあるらしい。これからよろしくね、アヤちゃん。」
「………。…え、…ええっ~~!!!」
そしてお隣の先輩は、ご自分のお名前を名乗られ、お名前自体も男女にある名前ですし、判別不可能かと思われましたが、何と…あっけらかんに正真正銘の男だと宣言されましたわ。本当に男子生徒が、ヒロイン役とは…。
「…それはつまり、門倉先輩は…女装をされますの?」
「うん、そうだよ。僕の名前もこの顔も、女っぽいってこともあり、公立の中学校から女子役ばかりだったんだ。家でも僕は、姉ばかりの姉弟で、物心つく前から姉のお古を着ていたよ。僕は、全く気にしてないんだよ。…ああ。そういう呼び方は堅苦しいから、千明でいいからね。」
わたくしの問いに対し、千明先輩は女装していると、あっけらかんと認められましたのよ。女装男子……来ましたわっ!…女装男子に初めてお会いしましたわたくしは、目が輝いてしまいます…。実際に女装されるお姿を、ぜひ拝見したくて、ワクワクしておりますわ。今までは、女装男子には興味ございませんでしたが、実際にお会いすると…興味が湧いてきましたのよ。
光輝君!…どうして、もう少し早く教えてくださらないの?…北城先輩の時も…ですけれども、内緒にされるなんて…狡いですわよ、光輝君…。
これからのわたくしの楽しみが、増えましたわね…。男装女子の北城先輩と、女装男子の千明先輩で。……ふふふふふふっ。
後半は、礼奈視点となりました。礼奈は光輝が内緒にしたと思っていますが、光輝は別に内緒にしていません…。光輝は、特に彼らを気にしていないので。それよりも、光輝が礼奈の心境を知れば…どう思うのかな…。




