1話 2年生となる直前の一時
主人公達が2年生となる直前の一コマでして、春休み中のプライベートな出来事となっています。
第2部からは未香子視点ではなく、第三者視点へと変えました。(未香子の心の中の声部分は、夕月の名前は『ゆづ』読みとなり、それ以外の部分は『ゆづき』読みとなりますので、お気を付けください。)一応は今まで通り、未香子視点に近い状態で話が進んで行きます。
名栄森学苑では3年生が卒業した後、1・2年生達も3学期の終業式を終えて、春休み中に突入していた。そして既に新学期が始まるまでは、もう1週間を切っている。あと数日で始業式となる、ある日のこと。夕月と未香子は久しぶりに、未香子の兄・朔斗と夕月の双子の弟・葉月と、4人で一緒に出掛ける約束をしていた。
今話題の映画を見に行きたいと、未香子が言い出したことが切っ掛けだ。例の如く朔斗が妹を喜ばせようとして、4人分のチケットを用意したことで、一緒に映画館に行くことになったのである。
行先である映画館は、電車で乗り継ぎして1時間ちょっとのところにあり、また車で向かえば30分ほどで着く程の距離で、ショッピングモール街のど真ん中に建っていた。映画の鑑賞時間は午後からなので、その前にショッピングモールをブラブラしようと、自宅を早めに出発した。映画鑑賞が終わる時間が夕方になる為、早めの夕食を取ってから、帰宅することになる予定だ。朔斗の運転する車で出掛けるので、多少遅くなっても特に心配されないであろう。
早起きして目一杯のお洒落をしようと、フリルのたっぷり付いたワンピースを着用した未香子は、1階のリビングルームで合流した朔斗を見て、溜息を吐きそうになる。暗色のニットシャツにデニムの細めのパンツスタイルで、長めの春物の淡い色のコートを着こなしており、実の兄と言えども超カッコ良かった。兄は妹と目が合うと、にっこりと優しく微笑んだ。
「やあ、未香。おはよう。今朝は随分と、早起きなんだね?」
「おはようございます、お兄様。お兄様もお早いのですね?」
「うん、僕は色々と出掛ける前の準備もあるしね。それよりも未香は、もうばっちり決めているよね…。とても可愛らし過ぎて、兄としては心配だなあ…。」
「…お兄様、大袈裟ですわ…。それよりもお兄様の方が、一流モデルかと勘違いしそうなほど、カッコ良いですわっ!」
兄は妹を妹は兄を、笑顔で真剣に褒め合うという、他者の目から見れば、実の兄妹での会話と思えないような風景だが、この兄妹にとっては日常でもあった。それでも兄の方は外でも時々こうなる為、妹も流石にその点は困っていたが、今は自宅なので誰も見ていないからと油断しているだけで。未香子が外で褒めたいのは、本音では夕月だけなのだから…。そうして約束の時間になると、2人は北城家に迎えに行ったのである。
朔斗がマイカーを北城家の前に回し、未香子が車の中で暫し待っていると、夕月と葉月の双子が玄関から出て来た。今日の姉の方の服装は丈の短めのカットソーに、膝下より長めのプリーツスカートを組み合わせ、更にカットソーの上に透け感のあるカーディガンを羽織り、朔斗や葉月の求めに応じた女性らしい清楚な服装で、とても愛らしい女性だった。
…うん。女性らしい清楚な姿の夕月は、例えわたくしが男子だとしましても、彼女にしたいなあと思う程に、愛らしい姿なのですわ…。それと比べて…葉月のこの服装は、夕月が完璧男装する時に着用される服装に、よく似ておりましてよ…。まるで、夕月の男装姿を拝見している気分ですわ……。
未香子が心の中で思う通り、夕月とは対照的に葉月の姿は、全体的に黒っぽい印象の朔斗より、白のTシャツの上に濃い色合いのジャケットを羽織り、明るめの色合いのスリムなパンツスタイルで纏めてあり、朔斗の服装と似ているようでいて、色も服装のタイプも異なっている。未香子が思わず見惚れてしまう程、かっこ良かった訳で…。
以前に萌々花さんが、間違えても気付かなかったけれども、これだけ2人が似ておりますと、背の高さ等の致命的な違いは、全く気になりませんのね…。2人を見慣れているわたくしでさえ、夕月が完璧男装をしているのかと、一瞬目を疑ったほどですわ。2人の服装が似ているのも、もしかしたら葉月から服を借りているのかもしれません。
…あれっ?…背丈や骨格が違ってきて、葉月のお古や服を借りると大き過ぎてブカブカだと、夕月が言っておられましたような…。この前の秋祭りで葉月と手を繋いだ時、彼の手の方がわたくしよりもずっと大きいのだと、そう感じましたわね…。柔らかくてスベスベした夕月の手とは違い、姉よりも一回り程大きな彼の手は、ゴツゴツして固かったですわ…。
双子と言えども、確実に見た目も異なっている…ということは、選んでいる服の好みは元々似ているのかも、と他の人が知らない事実を、自分だけが気付いている事実に、夕月と葉月の秘密を垣間見た気のする未香子は、嬉しくなって…自然とニヤついていた。
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「おはようございます、未香子さん。ワンピース姿、良く似合っていて可愛いですわ。今日の未香子さんは、普段よりもずっと大人っぽい雰囲気でしてよ。…そう思いませんこと、葉月?」
「……そうだね、よく顔に映えている。今日の未香子は…普段より、よく似合っているよ。」
「……ありがとう、2人共。お2人も、大変よくお似いでしてよ…。」
朝の挨拶を交わしながらも葉月が助手席へ、夕月が後方の席へ乗り込む。その際にさり気なく、朔斗が後部座席のドアを開け夕月をエスコートする。横目で見ていた未香子は兄の行動に、相変わらずだなあ…と苦笑しつつ、双子の服装をサッと観察して。
夕月は未香子の隣に乗り込んだ途端に、普段の男子口調ではなく、四条家の令嬢らしいお嬢様口調で、彼女の服装を褒めてくる。姉に意見を求められ話を振られた弟は、前の席から後ろを振り返らないものの、運転席の方にある鏡をチラチラ見ながら、姉同様に褒めてくれるけれど…。
葉月が褒めてくださったのは、初めて…かも。息するようにさり気なく褒める夕月とは、大違いですわ…。ちょっとぎこちないと思うのは、わたくしだけ…かしら?
葉月は真面目なタイプであり、今までずっと男子校に通わっている為、こういう場面に慣れていないようだ。しかし逆にこれらが葉月の本心だと伝わって来て、未香子は悪い気がしなかった。口癖のように褒め捲る兄や夕月に、普段から褒め過ぎられている所為もあり、葉月の素朴な言葉に嬉しく感じたようだった。飾られていない葉月の態度や口調が、嘘偽りのない感じがして、未香子の心が凪いで行く。
夕月の時には、心が穏やかになり落ち着く感じであるが、同じようであって微妙に異なるのだと、自分でも感じていた未香子にとっては、不思議な感覚だ。兎に角、言葉で説明するのは難しく、説明しようとすればするほど、モヤモヤが増えて行くような感じだった。夕月と葉月でこんなにも、感情が異なって来るのかと、未香子本人も戸惑っていた。
車の中では話をしているうちに目的地に到着し、駐車場に車を駐車した後、4人で歩いて移動することになった。今日は、ショッピングモールをメインにして行動する為、先頭を朔斗と葉月が並んで歩き、そのすぐ後ろに夕月と未香子が並んで歩いていた。今はそれほど混んでいないので、女子同士で手を繋いで歩いても、平気なのである。今日は、仲良し女子2人組感が出ていて、それはそれで周りからは目を引いていた。
今の夕月はお嬢様らしい口調と態度であり、どこからどう見ても清楚なお嬢様が並んで歩く姿は、相当に目立っているのだが、当の本人達は全く気にしていない様子である。その上、前側にはイケメンな青年2人が並び、前を歩く青年達が頻繁に令嬢達に話し掛けていて、通常よりも視線を一気に集めていた。流石にこの4人の様子には、刺すような無遠慮な視線も、青年達の牽制するような態度の前では、効力を失って行くばかりだ。
暫くウインドショッピングをした後、夕月と未香子は揃いの小物を買ったり、4人で仲良く食事を取ったりと楽しく過ごすうち、自分達に向けられる視線を忘れていた。時折、兄と葉月が機嫌が悪そうにしているのに気付いて、何かあったのかな…と未香子は不思議に思うものの、気付けずに…。
買い物が長くて、退屈されておられるのかしら…。そう思う未香子に夕月は、満面の笑顔で気を逸らさせていた。2人の機嫌が悪い理由に見当のついている夕月は、それでも未香子さえ楽しく過ごせれば良い、と思っていた。相変わらず夕月の頭の中は、未香子至上主義なのだ。愛らしいお嬢様となった自分達に、周囲の男性達の視線が釘付けになっている事実など、夕月にとっては関係ない。その為に彼らが、目を配ってくれているのだから…と。
その後、今日の本題であった今話題のハリウッド映画を、鑑賞する。アクション重視であるものの、恋愛要素も含まれた映画だ。未香子が恋愛重視で、朔斗・葉月・そして夕月はアクション重視である為、4人の好みが合致する映画は、必ずこうして一緒に見に来ていた。若しくは、どちらかの自宅でDVD鑑賞である。
初めて映画館で見た時には、画面から飛び出して来そうなほど迫力があり過ぎて、音量も耳がキ~ンとなりそうなぐらいに大きく、未香子は感動や驚きでつい声が漏れてしまった。今日もアクションシーンで思わず声が出てしまったが、映画の音量で声が掻き消されて、ホッとしたぐらいである。
映画の後は早めに夕食を取ることになり、ショッピングモールの中で営業中のバイキング系レストランへ行った4人は、映画の感想を言い合いながらワイワイと食事をして。夕月と葉月の双子達までが、アクションシーンの話で子供みたいに盛り上がるのを、久々に拝見致しましたわね…と、未香子はクスクス笑いながら眺めていた。こういう休日の過ごし方も、悪くないですわね…と。
春休みが終われば新2年生となる未香子は、また兄と葉月が男子校の寮に帰って行くのかと思うと、急に…途轍もなく寂しくなってきた。何時ものことだと思いながらも、何となく変な気分で…。自分の気持ちを、持て余していたのであった。
今回から本格的に第2幕が始まりましたが、未香子と夕月はまだ1年生でした…。次回から漸く、2年生ライフがスタートします。今回はその前置気みたいな感じとなりました。
主人公達のプライベートな出来事でして、主人公達の憩いの時間です。この関係がどう変わって行くのか、それとも全く変わらないのかは、今はまだ…神のみぞ知るところでしょう。




