番外 卒業 ~翔子と元輝~
幕間の前に、番外編を1つ挿し込みます。
早速、赤羽根部長の卒業式を書いてみました。今回は、元部長・翔子視点です。
早いものでもうすぐ、この学苑の高等部を卒業することになる。私は、名栄森学苑が経営する大学に進学予定なので、受験はそう大変ではない。その為私はギリギリまで、映像部の演技指導に顔を出していた。折角何年も時間を掛け、この1年間の為に創り上げた映像部が、私が卒業していなくなった途端に、部が消滅してしまわないように、この部活システムを守っていってもらいたい。
北城達が卒業した後の存続が、特に…心配である。自分が居なくなった後のことなど、どうでもいいと思われるかもしれないが、時間を掛けて創り、自分が精魂込めて演技指導をして来た、部活なのだ。そう簡単に、潰してなるものかっ!
私の後釜は、弟の諒が選ばれた。ふう~、良かった。ここまでは、私の思惑通りだわ。別の学校に通っていた弟を、態々両親を説得してまで引き抜いたのは、全ての私の知識を叩き込む為だ。昔から弟は、カメラや映像の知識を持っており、高等部に入学した時、それを活かしたいと思ったからだ。高等部では、お金儲けをすることで、運営する経営者側の知識を養うのである。
私は将来、両親の経営する養成所で、その養成所を継ぐ兄を補助と言う形で、働きしたいと思う。その上でこの高等部のこのシステムは、素晴らしいチャレンジだ。そこで私は、弟を巻き込むことにした。映像の分野の知識を持つ弟を。それは見事に成功した。弟は私の後釜になり、映像部の部長になったのだから…。寧ろ、私の想像以上である。
弟は普段はふざけたりするが、これでもお芝居や映像関連には、とても真面目に取り込む。だから、北城が存在する限りは、この映像部は安泰だろう。しかし、問題は…北城が抜けてからである。今の中等部には、案外と演技力のある生徒もいるけれど、映像部が演劇部に逆戻りする可能性も高く、下手をすれば…私が入部した頃の、幽霊部員の溜まり場と化す可能性もある。
そうならないよう、ある程度お金儲けのシステムを構築した。他の部活と協力体制を作ったのも、その為である。弟にはそれなりの指導をして来たし、当分は大丈夫の筈…だよね?
卒業前のある日、唐突に弟から「姉貴。明日、部室に来てくれ。」と言われたのである。何か相談事でもあるのか…と思ったら、部員達のサプライズで私達3年生のお別れ会を、映像部の部員達が開いてくれたのだ。本心から…嬉しくて。思わず、泣きそうになってしまい、お礼を言う時に声が震えてしまう。声も鼻にかかって掠れていたし、威厳が失われたよね…。
3年生最後の登校日に映像部は、3年生の為のお別れ上演会を開催した。これは、私の案ではなく弟の案である。弟も…どこか私に似て来たかな?…但し、3年生は無料で鑑賞出来る…というサプライズは、感心しないわね。最後なんだし、無料と言わずとも半額でも、ご利益だと感謝されるわよ。弟も、まだまだね。
観客が集まり弟が舞台で挨拶した後、即興のお芝居をするとかで、3年生から今日のお芝居に出場する人物を、即興で選ぶ。何人かの生徒が選ばれ、主役として私も呼ばれて。…えっ、主役が……私?!…そんな話は聞いてないっ!…諒。あんた、この私を…嵌めたわね?!
私は突然のことに動揺し、あんぐりと口を開けたまま、固まる。友達が「翔子!…口、口…。」と耳元で囁かれ、自分の間抜けな姿に気付く。…ううっ。弟にしてやられたわ。突然、弟を学苑に転校させた私への、弟のささやかな復讐かもね……。私は舞台に上がる際、せめてもの反撃に…と、弟を睨みつけたけれど、弟は普段通りに笑っていた。…もしかして、私へのはなむけのつもりなのかな…。
主役を演じたことのない私への花道として、用意してくれた役柄なのでは…と、気付いて。演技をする前から、私は……泣きそうになっていた。
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「…諒。貴方、よくも私を…嵌めてくれたわね?」
「偶には…それぐらい、良くないか?…普段は俺が姉貴に、振り回されているんだし…。意趣返しと祝うのとの両方だよ。」
お別れ会のお芝居が終了し、幕が一度下りて再び上がると、3年を含めた今回の出演者全員で挨拶である。拍手と歓声と泣き声が聞こえる中、私は弟に涙を浮かべながら文句を言う。泣くつもりはないのに、お芝居が終わりホッと一息吐いた途端、周りの雰囲気に流されポロっと涙が零れたのだ。怒ったフリして文句を言っても、貫禄がないじゃない…。
案の定…弟は爽やかに笑い、仕返しも含めてのお祝いだと告げて来て。…ふんっ。もう、捻くれてやるわっ!…いくら私の為にやってくれたことでも、弟には素直になれないし、なりたくなくて…。私の折角の威厳が、台無しにされたんだもの…。
諒にしては、面白い趣向を考えたわね…。こういうのを面倒臭がっていた、諒が。弟もこの1年間で、随分と成長したのね…。2代目赤羽根部長として、存分に力を発揮してくれそうね。私も安心して、高等部を去れるわ…。少し…寂しいけれど。
そして、卒業式当日がやって来た。卒業生の名前が1人ずつ読み上げられ、卒業証書を檀上で受け取る。粛々と進行して行く中、「赤羽根 翔子!」と私の名前も、担任教師から呼ばれた。こういう緊張した雰囲気に慣れている筈なのに、流石に今日ばかりは緊張していた。つくづく自分が卒業生代表ではなくて、良かったわ。
「卒業生答辞!……卒業生代表…羽柴 元輝!」
元生徒会会長の羽柴が、卒業生代表として呼ばれる。彼は壇上の下側の指定の位置で、卒業生代表の答辞を読み上げる。相変わらず、真面目で誠実な答辞だよね…。3年生の生徒達は感極まり、涙を誘われて。あちらこちらから、すすり泣く声が聞こえてくる。
私は逆に、今日は泣かないと決めていた。答辞を読み終えた羽柴は壇上に上がり、学苑長の目の前に立つ。答辞を書いた奉書紙を手渡した後は、全員で校歌を斉唱して、卒業式は終了となった。
教室で担任教師からの最後の話を聞き、クラスメイト達に最後のお別れをし、校庭で後輩にも別れを告げた。1年生は不参加なので、北城達にお別れ出来ないのが、残念である。やはり…卒業式当日にも、お別れしたかったなあ…。こうして…私の高校生活3年間は、幕を閉じた。少し長めの春休みを経て、もうすぐ大学生になると思えば、期待で胸が膨らんでいた。
私の足は自然に、映像部部室に向かっていた。気付いたら、部室の扉の前に立つ私が居る。部室の鍵を、まだ持ったままだわ…。家に帰ったら、弟に渡そう。部室に置かれている椅子に座り、部室の風景を目に焼き付けて…。部室に来ることは、もう…ないのね。
私は、感傷に浸っていたようだ。どのくらいの時間を、過ごしたのか…。不意に部室の扉が開く音がした。私は弟が来たのかと思い、後ろを振り向き。何故か、羽柴が立っていた。あれっ?…羽柴は…何しに来たの?…生徒会室じゃないのに。
「お前の姿が見えないから、探していた。やはり、部室に居たんだな。」
「……?…私を、探していたの?…何か大事な用事でも、あるの?」
「大事な用…と言えば、そうかもしれない…。」
羽柴と視線が合うと、彼は珍しく歯切れの悪い話し方をする。何となく羽柴らしくないけれど。私を探してまで大事な話とは、何かしら?…私は目をパチクリさせ、首を傾げる。羽柴の家は近所だし、家に帰ってからでもいいような…。
「部室は、翔子のお城みたいなものだろ。お前が、一から創り上げたんだから。俺も先程まで生徒会室に居て、最後の別れをして来たよ。だから、お前も部室に居るだろうと…思ったんだ。…諒は、先に帰ったぞ。」
羽柴が苦笑しつつ、話し出す。羽柴は私の気持ちを、よく理解してくれているみたいだ。確かにこの部室は、私のお城だったのかも。彼の言葉が私の心に、浸透して行く。羽柴と私は、似た者同士なのだろう。そろそろ私も…お別れしようかな。
そう思いながら立ち上がれば、いつの間にか羽柴が私の目の前に、立ち塞がるように立っていた。……何、この状況は?…私が戸惑っていると、彼が意を決したように、私の目を真っ直ぐに射貫いて来た。
「…翔子。この春休みが終われば、俺達は大学生となる。俺は…別の大学に行くことになり、お前とも今迄のように、毎日顔を合わすこともない。だから、今のうちに言う。俺と…付き合ってほしい。」
「………。」
羽柴の行き成りの告白に、私は…息が止まりそうになる。私は九条とは違うから、「どこへ付き合うの?」とか、ボケたりしないわよ。これが愛の告白だと言うことは、ちゃんと理解出来ている。但し理解出来ることと行動とは、必ずしも同じになるとは言えなくて。私はこの告白に、固まってしまう。
羽柴とは幼馴染だ。幼い頃は頻繁に、相手の家に行ったり来たりしていたし、彼のことも嫌いではない。但し恋人として付き合うとか、考えたこともなくて。羽柴と弟は相変わらず仲良しだけど、私は何時からか距離を置くようにして来た。多分…クラスメイトの女子達が、羽柴に熱を上げ始めた頃からだろう。友達を敵に回したくなくて…。彼のことを無意識に、考えないようにしていたようである。
「返事は…今すぐじゃなくても、良い。春休み中に、返事をくれれば。」
そう言ったのは、羽柴なのに…。部室から出る時、彼はさり気なく…私の手に自分の手を重ね、私の家までずっと手を繋いでいた。私の頭はショートしたらしくて、何も考えられなくて…。それを良いことに、恋人繋ぎまでしてきたのよ。何も言わなくとも、意識はちゃんとあるのよっ!…羽柴って、案外と強引なのね。返事を待つ気は、全くないんじゃない?
こうして私は、春休みの終わり頃、羽柴に返事を催促され……。断る理由がなかった私は………。顔を真っ赤に染めて、OKしたのであった……。
前半は、翔子から見た『映像部のお別れ会』と『お別れ上演会』の内容で、後半途中から、卒業式当日の内容となります。
恋愛面では、未香子よりはマシという程度の翔子さん。元輝は、そういう翔子の性格を、よく知っています。この2人が恋人同士になるのは、登場人物一覧で既に決定していましたが、今回のような告白シーンが書けて、大満足です。
全体的に、今回は感情豊かな翔子さんが見られます。しっかりした彼女も、弟や好きな異性には弱い…ということですね。
※本文にある『奏書紙』とは、別名『式辞用紙』のことです。折り畳んだ1枚の用紙(和紙)で、入学式・卒業式などの祝辞や弔辞にも使用されます。
※次回からは暫く、幕間のお話が続く予定です。




