番外 礼奈の事情 【前編】
副タイトル通り、今回は番外編・礼奈視点となります。前後編の前編です。
礼奈視点での、学苑祭編の意外な裏話を書く予定が…。
前編では、ただの過去話が中心になってしまいました。
※語り口調は、お嬢様言葉としています。読みにくくて、申し訳ありません。
今日は、名栄森学苑の高等部の学苑祭、初日です。本来ならば中等部は、今日はお休みの日となりますが、来年高等部に持ち上がる筈の3年生の生徒達は、ほぼ全員が今日の学苑祭を、見学しに行かれることでしょう。言うまでもなく、わたくしも出掛ける予定としておりますわ。もう、大分前からそわそわして、この日を待ち続けておりましたのよ。
わたくしこと『堀園 礼奈』は、同じ学苑の中等部の生徒として、学苑祭初日に参加が出来ますのよ。わたくしには、親同士の約束によって決められた、幼い頃からの婚約者がおりますの。そのお相手というのは、わたくしより1つ年上で、同じ学苑の高等部1年生である『田尾 光輝』様ですわ。わたくしにとっては、兄も同然なお人でして、『光輝君』とお呼びしておりますのよ。
彼は、わたくしのことを親しみを込めて呼ぶ時は、『ア~ヤ』という愛称で、逆に怒って説教する時などには、『礼奈』と呼び捨てにされまして、呼び分けておられるのです。お友達からは、『アヤ』とか『ア~ヤ』とか『礼奈』と、好きなように呼んでいただいておりますわ。勿論、女子限定なのですが。
光輝君以外の男子生徒には、『堀園さん』と呼ばれております。何しろ、正式な婚約者がおりますわたくしは、勘違いされるような行動は、慎まなければならないのです。苗字の呼び捨てなら兎も角として、下の名前では呼ばれないように、気を付けておりますのよ。現在の日本では、親が決めた婚約などは、時代錯誤だと思われがちですが、実はまだまだ…古い時代に囚われた家柄も、あるということですわ。
うちの家柄の場合は、光輝君の家よりも、うちの家の方が格式が高く、この婚約に関しても、わたくしの家の方が優位なのですわ。とは言いましても、わたくし自身が独断で、婚約破棄は出来ませんけれども。いくらうちの家の方が優位と言いましても、光輝君のお父様を怒らせては、うちの家の事業にも差支えがありますのよ。うちの父の会社も、光輝君のお父様との取引があってこその業績もございまして、この婚約は…子供同士の問題だけでは、ないのですわ。
だからと言いまして、光輝君のことが嫌いとかでは…ありません。寧ろ…彼には、好意を持っておりますの。彼とでしたら、わたくしも結婚した後も、それなりに幸せになれるでしょう。彼もわたくしのことは、大切にしてくださいます。大恋愛ではありませんが、穏やかな家庭は築けることでしょう。
それでも、大恋愛を諦めたつもりも…ないのです。出来れば、光輝君との結婚までに、何方かと大恋愛をしてみたい、という希望はございます。今現在、わたくしの希望に合ったお人が、丁度おられますのよ。その方こそ、わたくしの憧れのお人…『北城 夕月』先輩なのでしてよ。
わたくしは今までにも、数多くの方々をお慕いして参りましたわ。その方々の多くは、箱崎の麗人と呼ばれるお人でして、これまでにわたくしのお慕いしたお人は、男装の女性ばかりでしてよ。初めて箱崎のショーを拝見した時に、一目で恋に落ちてしまいましたの。それからは、すっかりと箱崎に嵌りまして、麗人の方々にご紹介していただき、わたくしとお友達にもなってくださいました。勿論、唯のファンサービスでしょうが。
箱崎は正式には『箱崎音楽学校』という、有名私学のミュージカル系の音楽学校の略称です。女生徒のみが通う、高校卒業資格のある専門学校となります。箱崎には案外とそれなりのご令嬢が、ご入学されておられますわ。その為、親の伝手等も使いまして、お知り合いになれましたのよ。余りにも夢中になり過ぎて、光輝君からは呆れられておりますわね…。しかし、これが本当の男性でしたら、笑って済まされませんでしたわね。
わたくしは決して、意図していた訳ではありませんけれど、心の何処かで…他の男性とは、恋をしてはならない…と、無意識にセーブしたのでしょう。ですから、わたくしが好きになりますのは、いつも男装した女性ばかりなのですわ。
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箱崎に行く時は、いつもお母様とご一緒しておりました。実は、お母様も箱崎の大ファンなのですのよ。ですから、お母様も喜んで連れて行ってくださいました。お母様が急な御用で、時々行けなくなることがありまして、そういう時には毎回、光輝君が付き合ってくださるのです。光輝君は苦笑しながらも、わたくしの趣味を決して拒んだりされませんのよ。本当に、有難く思っておりましてよ。
「中等部に、ア~ヤが好きそうな人物が、居るんだけどさ。ア~ヤが来年演劇部に入るんだったら、紹介出来そうなんだけど。」
ある日のお昼下がりのこと、光輝君が唐突に、名栄森学苑の中等部のお話を振って来られました。光輝君は、今年から中等部に通っておられます。中等部では、演劇部にご入部されたそうですが…。光輝君が、お芝居されるとは…思いも寄りませんでしたわ。もう何年も婚約者として、共に過ごしておりましたけれども、全く…存じ上げませんでした。ですが、このお誘いには…心覚えがありますのよ。きっと、わたくしの決意を諦めさせようと、他の事柄で釣ろうとされておられますのね?
「いいえ。礼奈は、興味ございませんわ。それよりも、礼奈は、箱崎音楽学校を受験致しますのよ。名栄森学苑の中等部には、通いませんことよ。」
「…いいや、礼奈。僕がこれから話すことを、良く聞いて…。君には…絶対無理なんだよ。君は…肝心な事を、忘れている。あの学校は、音楽学校なんだ。礼奈、君は…音痴だよな。音を外すような生徒は、舞台に上がれない。合格は難しい。」
「うっ…。音痴は…舞台に上がれない……。」
「だからさ…。現実的になって、学苑の中等部を目指そうか?…ア~ヤには、その方が一番合っている、と思うよ。」
「ううっ………。」
…今、わたくしは…厳しい現実を知りましたわ…。光輝君が仰る通り、わたくしは音痴なのですわ…。歌が…下手なのです。音程を…外しまくりなのです。…ああ、これでは…致命傷過ぎますわね。神様は、わたくしを見捨てましたのね…。
わたくしは、あまりにも箱崎に嵌り過ぎて、家族の反対にも耳を貸しませんでしたわ。そこで光輝君が、わたくしの説得をされるお役目に、負われたのでしょうね。わたくしは、歌うことなど…すっかり忘れておりました。もう少しで、赤恥をかくところでしたわ…。箱崎と言いましたら、ミュージカルが主体だと申しますのに、何故か今まで忘れておりまして。わたくし、そこまでご都合主義の頭では、ないのですが…。男装の麗人と共に、ご一緒に舞台に立ちたいと…現実を見ておりませんでしたのね…。
「ごめんね、ア~ヤ。僕もこんなことは、言いたくなかったんだけどさ。…あまりにも、ア~ヤが歌のことを忘れているみたいだから、現実逃避しているみたいに思えたんだ。…現実逃避しても、何も変わらないからね。」
「…はい、ごめんなさい。ご心配を…お掛け致しましたわ。」
「ああ…。ア~ヤは素直だなあ。だから、ご褒美として、良いことを教えてあげようか。さっき話した、演劇部のことだけどね。きっと…いや、絶対にア~ヤは、気に入ると思うよ。僕が保証する。」
「それは…もしかして、小学部でも有名なお人では、ないのですか?…ああ、でも…彼女は。ただの男っぽい女子で、男装はされない筈ですわ…。」
「ああ、そうだよ。今までは、ね。でも今は、彼女も演劇部員なんだよ。然も、今の演劇部では、男装の麗人なんだよ。」
「…えっ!?…男装の麗人なんですの、あの先輩が!?」
「あはははっ。ア~ヤは本当に、切り替えが早いよね?…まあ、そういうところが、ア~ヤのいいところだし、ね。」
箱崎に通う希望がなくなったわたくしを、光輝君は慰めてくださいますが、わたくしはショックを受けて、ガックリと項垂れておりました。すると、光輝君はまた先程のお話の続きを、されますけれど…。わたくし、男装の麗人にしか…興味がございませんの。単に、口調や態度が男の子っぽいお人でしたら、案外といらっしゃいましてよ…。但し…名栄森学苑以外には、あの先輩だけですが…。
ところが、光輝君の次のセリフで、わたくしは顔をパッと思い切り上げましたの。あの有名でしたお人が、男装の麗人なんて…。わたくしは、頭の中で思い出しながら、お姿を思い浮かべておりました。…そうですわ!…あのお人ですならば、わたくしの理想の麗人に、ピッタリ当て嵌まられますわ!…男装はされないご様子でしたので、今までは…諦めておりましたのよ。
そういうことでしたなら、名栄森の中等部に入学すれば、漏れなくお会いできますわね。男装されたあの先輩に。実は、超かっこ良いと思っておりましたのよ、以前から。男装されないようで、とても残念に思っておりましたのよ。ああ、これで中等部に入学するのが楽しみになりましたわ!
そういう訳でして、光輝君が与えてくださった有力な情報で、わたくしの機嫌は…すっかりと良くなりましたのよ。光輝君には、ご心配をお掛けしたようでして、本当に申し訳ございませんでしたわ…。そして、このような嬉しい情報のご提供を、ありがとうございますわ、光輝君。
「わたくし、名栄森の中等部に入学致しましたら、絶対に…演劇部に入部致しますわ。光輝君、わたくしを推薦してくださいね?」
「漸く、ア~ヤの機嫌が直ってくれて、良かった。勿論、ア~ヤが入部出来るよう、来年の部長に推薦する。まあ、ア~ヤの演技力ならば、大丈夫だろうけど。」
礼奈視点での番外編・前編になります。
夕月と礼奈との出会い当初の頃も含めた、お話にする予定でした。礼奈視点での、学苑祭編の意外な裏話を書く予定が…。前編では、過去話が中心になりました…。まあ、これはこれで…光輝との関係性が分かり、意外な裏話になったのでは…?!光輝とは案外と仲が良く、いい関係を築いている感じです。
※礼奈は、自分視点では『わたくし』で、会話時には『礼奈』です。自分の事を話す時に、『私』=自分の名、で言う人がいますが、礼奈もそういう子です。
※箱崎音楽学校とは、実在のとある学校をモデルにしています。既にお気付きとは思われますが、通称でも有名過ぎるので、学校名は想像上のものです。




