113話 怒りの少女
引き続き、クリスマス会の続きのお話となります。
今回、夕月の会話が長めです。全体的に会話が多目となっております。
「………。私、初めて…こんなに怒りが湧いて来たよ!本当に何なのよ、もう!本気で、頭に来た!!」
夕月の話が終わった後に、唐突に萌々花さんが、ガタンと大きな音を立てて、椅子を倒しそうな勢いで立ち上がり、顔を真っ赤にさせて叫んだのである。萌々花さん以外のメンバーは、彼女の思いも寄らない行動に、ビクッと肩を震わせて驚いた。萌々花さんのお怒りの表情に気付き、この場のほぼ全員が…呆然として彼女を見つめる。彼女は…誰に対して、この強い怒りの感情を…向けておられるのかしら?
「自分の子供の政略結婚が、上手くいったからって、自分の孫にまで、勝手に…婚約者を決めるなんて。絶対に、普通じゃないよ。今時、親が決めた婚約者と結婚なんて、時代遅れだと思う。どうして周りの家族が、彼女を助けて…あげないのだろう。こんなの…おかしいよ……。」
……まあ。萌々花さんは、箏音さんに…同情されておられますのね…。萌々花さんが言われる通り、箏音さんの婚約の件については、確かに…誰が聞かれても、納得出来ないと思いますわね。ですが、私達のように、ある程度の家柄の令息・令嬢しましては、家庭の環境次第なのも…ございますのよ。私の家は幸いにも、両親が恋愛結婚でして、両親があまり家柄に拘っておりませんので、兄や私に無理強いすることは、絶対ありません。夕月のお家でもまた、ご両親が子供の為としながらも、かなりの無理強いをされていたと、私も聞いておりますわね。
私だけではなく、名栄森学園の生徒ならば、そういう環境で育って来られた人も、多いことでしょう。ですから、萌々花さんが言われように、同情はされても、箏音さんを助けることとは、別の問題…なのですわ。箏音さんの家柄は勿論、中級以上ですので、彼女のお祖母様に意見をするということは、少なくとも同じ階級か、若しくは、それ以上の階級に位置する家柄の者でないと、出来ませんのよ。萌々花さんの仰るような、単純なお話ではないのです…。
「…萌々は、一般的な庶民の家庭だよね?…ご両親は、会社員だったっけ?」
「…うん。うちの父親は会社員で、母親はパート勤務だよ。」
「そうなんだ。…ナルの家も、一般的な庶民の家庭なのかな?」
「…ええ。うちも…萌々ちゃんと似たようなものだと思う。」
「そうなんだ。お郁は、確か中学までは、私学だったよね?」
「はぁい…。私のお家は、お父様が事業を行ってまぁす。これでも、一応お家では、お嬢様扱いされてますよぉ。」
「…ということは、お郁は…こちら側の人間だね。だったら、これらの矛盾が、分かるよね?…単純な話では、ない事も…。」
「…はぁい。分かりますよぉ。私が通っていた学校も、お金持ちの家柄の令嬢が多かったですもん。」
夕月は、この場のメンバーの中で、外部生である3人に話し掛け、彼女達の家柄を確認していく。なるほど…。萌々花さん一家は、完全な一般庶民の方なのですね。それでは、家柄の上下関係について、理解出来ないかもしれません。郁さんって、お嬢様だったのですね…。普段の姿からは、想像出来ませんわね…。
「…どういうこと?…家柄とかが、何か意味でもあるの?」
「萌々が言いたいことは、大体分かるよ。でもね、特に…箏音の家は、高位の上級階級の家柄ではなくても、それでもそれなりに…上位の家柄でね。普通の家柄の者が、容易に口を出せないんだよ。だから、いくら僕が箏音と幼馴染だとしても、彼女のお祖母さまが認めていない以上、これ以上は…誰も何も出来ないんだよ。」
萌々花さんは…やはり、意味を全く理解されておられないようですわね。夕月は、彼女にも分かりやすく説明する為、彼女達の家柄を確認していたのですわ。小学部よりこの学苑に通う、私を含めた残りのメンバーは、当然のように家柄を重視したうえで、行動しておりますので。訊くまでもないこと、でしたのよ。
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「私は…何となくだけど、分かるよ。会社で例えれば、平社員が社長に進言するみたいなことでしょう?…あっ、そうじゃなくて、平社員の孫が、社長に物申す感じかなあ。それって、まず会ってもらえないでしょう?」
「そうだね…。その例えで近いと思うよ。僕も、彼女のお祖母さまには、お会いしたくとも会ってもらえないし、箏音に会いに行っても、使用人に追い返されたこともあったよ。それに婚約の件は、ある程度の家柄の者であれば、他所の家の事情に口出しすること自体が、タブーとされている。僕達は子供のうちから、そういう教育を受けているから、常識として認識している。」
「そ、それでも…何か、出来る事は…ないの?」
鳴美さんは、彼女にとって身近な例えを出して、夕月が説明している複雑な家柄の事情を、把握しようとしている。なるほど~。鳴美さんの家は、定食屋さんをしていると言うだけあって、異なる分野の話にも、理解を示されるのがお早いですね。お店を営業している以上、お客さん相手に合わせる、ということも必要なのでしょうか。鳴美さんは、商売上手になりそうですね。それに比べれば、萌々花さんは、まだ理解が追いつかれて、いらっしゃらないご様子ですね…。真っ先に、感情を優先しているのが、良い例えですもの。
「残念だけど、今は…何も出来ないよ。特に婚約に関しては、対等の家柄及び、その家よりも上位の家柄でなければ、干渉すること自体が不可能なんだよ。箏音のお祖母さまは、上昇志向の強い人でもあるから、自分の家よりも下と見なした人物には、容赦しない。少なくとも、あの人に認められる人物でなければ、真面に話すら…聞いてもらえないからね…。箏音はある意味、あの人に洗脳されている部分もあって、下手にお祖母さまの話を振れば、彼女自身に…否定されると思う。」
「………。」
彼女の祖母に会ったことがない…と、夕月は話されておられますが、その割には…よく理解されておられますわね。箏音さんとは文通されてまして、彼女の手紙などから察しておられるのかしら…。萌々花さんは…返す言葉がなかった、というように、肩を落とされておりました。
自分が四条家の縁者だと、夕月は…この場では語っておられません。私に話した内容と同じ内容を、皆さんにも語られましたけれども、飽く迄も…自分の事情は伏せたまま、語っておられまして。勿論、四条家と高遠家が敵対されている、事情につきましても、皆さんにはお話されませんでしたわ。但し、この学苑に通っておられると当初から、敢えて夕月は、自分の家柄については、誰にも全く話されておられませんけれど。
まあ、それを言うならば、私も同様なのですが。この学苑は、私の親戚が、理事長をされておりますのよ。夕月が庶民だと告白すれば、私の事情もバレてしまう可能性がありまして…。高等部は、庶民の外部生も入学出来ますが、小学部と中等部は認められておりません。庶民の入学は…。抑々、中等部は受験自体出来ませんし、小学部では、家柄の厳密な審査を合格しなければ、入学不可能なのです。小学部・中学部の学費も膨大ですし、審査以前に学費が支払えないでしょう。
実は、高等部の学費も、外部生よりも内部生は高額なのですわ。外部生は庶民も対象にしておりますので、他の私学より安く設定されております。その分、内部生には容赦なく、分捕るような仕組みです。本来ならば…北城家の家柄では、学苑の審査には合格出来ません。しかし、私を守ると約束している夕月が、入学不可能とするならば、私も…夕月の居ない学校には、通学致しませんもの。本家の娘である私が、入学しない訳にもいかず、夕月も四条家の血縁者であることから、特別に認められた…という、事情がございましてよ…。
では、夕月の学費はどうされておられるのか、と言いますと。四条家が支払っているのかと思いきや、北城家のご両親が支払っておられます。ご両親は、高位学歴の方々ですし、共働きもされておりますので、十分に支払う能力をお持ちでして…。
四条家が支払うのを躊躇われたのでは、決して…ありません。夕月のご両親が…逆に、拒否されたそうでして。これ以上、四条家の言いなりには、なりたくないということで。何処のお家も、複雑なのですのよ…。
学苑で、夕月のこういう事情を内密にしているのは、北城家も複雑な事情を抱えておられるからですわ。そういう私も、学苑の理事長と親戚だと公表すれば、生徒達が距離を置くことになるでしょう。私にも、複雑な事情がある、ということなのですわ。本当に、ある程度の家柄の者達は、距離を保つのも…大変なことなのです。煩わしいことが多くて、萌々花さんのような庶民が、羨ましくも思えて参ります。
萌々花さんも漸く、渋々ながらも…ご納得されたご様子でして。箏音さん自身が嫌がられておられない限り、良く知りもしない私達が、彼女に協力出来ることなど、そうは…ありませんもの。それよりも問題は、婚約者候補の飛野君だと思いましてよ。彼は、箏音さんのことを、どう思っていらっしゃるのかしら?…ことと次第によっては、夕月を本気で…敵に回すことになるかと、思うのですが…。
…え~と、飛野君。一度ぐらいは、きちんと箏音さんと、向き合ってみませんか?このままでは、夕月を敵に回すどころか、完全に嫌われてしまうことに…なりますわよ。もう一度しっかりと、考えて直してみてくださいませ…。同級生の好みで、私からも一言、ご忠告させていただきますわね…。
クリスマス会(女子会)の続き part4となります。
副タイトル通り、萌々花が怒っています。箏音の祖母に対してです。
萌々花は何とか出来ないかと、正義心で一杯のようですが。
萌々花に問い詰められる立場だった夕月は、いつの間にか、萌々花に事情の説明と説得の立場に、変わりました。
男子陣は未参加ですが、未香子が晶麻に忠告しています。
さて、今後、夕月は晶麻に対して、どういう態度を取るのでしょう。




