102話 学苑祭終了後に
引き続き、学苑祭3日目の続きです。いつも通り、未香子視点です。
ちょっと悲恋的な内容となっています。
2人が腕を組んだまま、Bクラスの教室内の『お化け屋敷』に入って行く。
私はそれをジッとみつめたまま、教室の外側の少し離れた廊下から見つめていた。
教室の入口から出て来たと思われる飛野君が、私の傍まで来るのが分かった。
何か…私に、話したいことでもあるのでしょう。目の前に来た飛野君も、私と同様に顔色が悪くて、いつもの元気が全くない。これは…先程の夕月の冷たい態度が、飛野君には相当堪えたようですわね…。
「……九条は、箏音が…北岡の幼馴染だと、知っていたのか?…俺は、全然知らなかったよ…。箏音が海外に住んでいたのも、俺は…覚えていないんだ。」
「私も…知りませんでした。箏音さんには、今日…初めてお会いしましたのよ。夕月からは…他の幼馴染がおられることでさえ、何も…訊いておりませんわ。」
「そうか…。何だか、箏音は…俺といる時より、楽しそうだった。あんな顔は…初めて見た気がする…。それに、北岡にも…あんな敵意向けられたのは、初めてだよなあ…。俺は…今後、北岡と…どう接したらいいんだろうな……。」
「………。」
飛野君も私と同じく、箏音さんから何も聞かされていなかったらしい。彼の場合、箏音さんの夕月に対する態度と、夕月からも敵意のような感情を向けられたこととで、ダブルのショックを受けているようである。箏音さんの彼に対しての態度と、夕月に対しての態度が異なっており、彼にとっては…寝耳に水の状態だったのね。その上、夕月の打って変わったような嫌悪を向けられ、彼も相当戸惑っているらしく、私に話し掛ける内容には、今後もそうだったらどうしよう、という意味が込められていた。
私は彼の問いには、何も答えられない。彼も、私の答えを待っていないようで。
彼にとっては独り言でもあり、冷静な判断も出来ないのだろう。私は彼に話し掛けられて、逆に冷静になって来た。彼に声を掛けることなく、私はクルッと向きを変えて歩き出した。私はこれ以上、ここに居たくなかったから。映像部の舞台会場の方に、足早に歩いて行く。まだ少し早いけれど、もう2人の姿を見るぐらいなら、1人になりたかった。人混みを押し分けて、1人急ぎ足で歩いて行く。泣きそうになる顔を俯け、足を止めずに歩き続けた。漸く、誰も居ない舞台会場に到着した。
…泣くには、丁度良いもの。その後暫く、私は蹲るようにして顔を隠し、1人泣いていた。声は殆ど出なくて、ただ涙を流していた。暫く1人で泣いていると、段々と気持ちが落ち着いて来る。私は、舞台会場の中にあるトイレに入り、洗面台で顔をしっかりと洗う。ハンカチで濡れた顔を拭き、私服のポケットから目薬を出し、赤くなった目に点眼して。後は…目元を冷やして。
泣いたのが…バレないかしら?…スマホで時間を確認し、まだ大丈夫だと思って。
それでも…泣いて良かった。お陰で…すっきりしてもの。後悔は…していないわ。
****************************
あれからの私は、顔の腫れなどを誤魔化そうと、1人でケアと格闘していた。
瞼を冷やしたり、薄い化粧を施したり。役柄の関係で薄い化粧はしている為、それでバレることはない。これなら大丈夫そうね。頑張って冷やした甲斐があったわ。
鏡を覗きながらそう確認する間に、誰かが舞台会場に入って来たようである。
会場の扉を開く音がする。誰だろうと思って身構えていると、舞台会場の女子更衣室の前で、ピタリと足音が止まった。映像部部員が来たようである。更衣室の戸が開くのをジッと見つめていると、戸を開けた人物と目が合う。…夕月であった。
夕月は私を見つけると、明らかにホッとしたような顔になる。きっと…私が何も言わずに居なくなったので、探しに来たのでしょう。夕月はまだ、完璧男装のままでしたから。この姿を他の部員達が見られたら、このまま舞台に出るように推されるでしょうし。私が嫌なので、夕月には着替えてもらいたい。
夕月は更衣室の戸を閉めて私に歩みより、私の目の前まで来ると片足は立て跪く。まるで、騎士がお姫様に忠誠を誓うように、畏まっているみたいである。
夕月はその体勢で目を伏せて、呟くようにそれでもはっきりと、「ごめん。」と謝る。私は無言でのまま、夕月を見つめていた。何となくお姫様になった気分だわ。
この時の私はふわふわした心地であり、この場に相応しくない想いを抱いていた。
「…未香子。本当に…ごめんね。『お化け屋敷』を出た後直ぐに、未香子が居ないことに気が付いたけど、箏音の様子がおかしくて、探しに来れなかったんだ…。私が未香子を探しに行こうとしたら、箏音の態度が急に変わって、泣きそうになってしまって、放って置けなかった…。飛野が…漸く謝って来たから、箏音を引き取らせたんだよ…。箏音は、複雑な事情を抱えていて、私が未香子を少しでも優先すれば、箏音は私に見捨てられたと思うだろうね。だから…見放すことが出来なかった。後で…箏音の事情を話したいから、聞いてくれる?」
夕月が話す内容に、私は衝撃を受けていた。夕月が何となく、私より箏音さんを優先していることを理解していたけれども、何やら箏音さんには…複雑な事情があるらしい。但し…それでも、いくら夕月にとって大切な幼馴染でも、私にとっては初対面の人物に、そういう態度を見せつけられ、私も正直…とても辛かった…。
この後は、映像部のお芝居を披露して、波乱を含んだ3日間の学苑祭は、漸く幕を閉じたのであった。私にとっては、山あり谷ありの展開が盛り沢山の学苑祭、でしたわね。何だか…ちょっとしたトラウマに、なりそうな気も致します…。
帰宅した後に私の部屋で、夕月は重い口を開けてくれた。夕月が語る箏音さんの過去に、私は何も言えなくなってしまった。箏音さんに対して、身内による言葉の虐待というもの、であった。今は、虐待のない環境におられるようですが、それでも複雑すぎる環境の中に置かれているらしい。
箏音さんは生まれてから間もなく、夕月達が住んでいた海外に、両親とともにやって来た。その海外では、両親にはそれなりの愛情を受けていた。彼女の両親は、所謂政略結婚ではあったが、その割には仲が良かったそうである。彼女は毎年、長期休暇になる度に、家族に連れられて一時帰国していた。ところが、帰国してから海外に戻ってくると必ず、様子がおかしくなっていたそうである。
夕月達と知り合って仲良くなってからは、よく3人で遊んでいたそうで、真っ先に夕月は彼女の異変に気が付いたようである。夕月は自分の両親を通して、彼女の両親に話を訊き出してもらったところ…。その内容は…ショッキングな内容であったのである。彼女は日本に居る祖母に、言葉の虐待を受けているようだ、と…。
彼女の母方の祖母は、夕月の祖母である四条のお祖母様とも知り合いで、子供の頃から何かと比べられて育っていた。その為、自分の子供である箏音さんの母親も、夕月の母親に対抗して、厳しく育てられたらしい。政略結婚も、四条家よりも優位になる為に、箏音さんの祖母が選んだ相手であったようである。ここまでは、祖母の思い通りであったらしいが、箏音さんが生まれたことで、状況が変わってしまったようである。
箏音さんは幼い頃、あまりお嬢様らしく振舞えなかった。それは、性格による面が強く、彼女はおっとりした性格の割には、とても元気な子供であったらしい。
他の人と違っていても、彼女自身はあまり気にしない子供で、彼女の母親とは色々と違っていたことが、彼女の祖母の逆鱗に触れる原因となってしまって。
日本に帰国する度に、祖母の当たりが強くなって行き、彼女の明るさや子供らしさが失われて行ったそうである。
四条家と張り合うばかりに、四条家を異常に憎むようになった祖母に、「四条家の血を引く子供と遊んではいけない。」と、キツく言いつけられたりもしたそうで、一時期は…箏音さんが、夕月達を拒むこともあったそうだ。北城家が日本に帰国して、また高遠家もその直ぐ後に帰国してからは、一切の接触を断たれてしまったのだと、夕月は語っていた。四条の祖母に手助けを頼んでも、箏音さんの祖母が頑なに拒み続けており、会いに行っても追い返されたそうである。
今はその祖母とは離れて暮らしているらしく、以前の明るさが戻って来ているようである。しかし、夕月に依れば、彼女には感情の起伏が激しかったり、負の連鎖となる感情が潜んでいるようである。虐待としては、大半は言葉に由るものであり、体罰としては頬を叩いたりすることはあったが、痕が残るものではないのが、唯一の救いであろう。それでも、言葉による暴力には、かなりの暴言も含まれており、彼女の性格に影を落としたというのは、言うまでもないだろう。
飛野君との婚約も、実は彼女の祖母が彼の祖父との間で、勝手に約束したものであるようだった。一時帰国した折に、箏音さんと飛野君が仲良くしているのを見ていた祖母が、ごり押ししたそうである。飛野家としては、政略結婚はさせたくない派であり、このままでは無理矢理にでも、結婚にまで発展しそうだからと、慌てて他の家とも表向き婚約者候補として、名乗りを上げてもらったそうである。
そういう状態のまま、彼女との婚約の話は、飛野家の方で今迄保留とされて来た。
飛野君の気持ちは考慮されたというのに、彼女の気持ちは放置されたまま……。
学苑祭3日目のお話の続き4回目、学苑祭part7となります。
未香子には辛い現実となりました。箏音の方も複雑な事情があり、夕月も辛いところですね。言葉の虐待が出て来ますが、詳しい内容は出て来ませんので、ご安心くださいませ。




