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5 責任の取り方とは

「私は、一年B組の陸野りくの海智留みちるです」


 女生徒が名乗る。

 陸野りくの海智留みちる。初めて聞く名前だった。天の交友関係、というのも乏しいが、知る範囲にはいない。


「昨日、星野さんに助けられたおかげで、怒られました。理不尽です」


 それは、今の天が言いたかった。助けたことを恩に着せるつもりはないが、文句を言われるとは。


「あのまま上手くいっていれば、私はもう怒られることはなかったはずです」

「まあ、それは、確かに……」

「ですよね? ですから、星野さんには私を殺さなかった責任を取ってもらいます」


 周囲がざわめく。天とこんなにはっきり会話する生徒がいるとは思っていなかったのだろう。天自身も、思っていなかった。


「せ、責任って、どういう……?」


 まさか、今度は天の手で殺せなどとは言ってこないだろうか。不安になる。

 ただでさえ、今は特殊な状況にいるのだ。下手なことを言われると、また笑いの種にされてしまう。


「簡単です」

「そうなの?」

「えぇ。星野さんは、これから先の私の人生を貰ってください」

「……は?」

「不要だと思って捨てようとしていたのに、また拾う羽目になったんです。ですから、その処分の手伝いをしてもらいます」


 いまいちはっきりしない表現だ。人生を貰え、やら、処分の手伝い、と言われても何をしたらいいのだろう。


「つまり」

「つまり?」

「私を、永遠の伴侶として、迎えてもらいます」

「はん、りょ?」

「はい。人生のパートナーです。いえ、所有者と言った方がいいかもしれませんが」


 まだ判然としない。


「鈍いですね」

「ご、ごめん……」


 そうは言われても、年単位で女性と話した覚えがないのだ。ここ最近で普通に会話できるのは、母と馴染みのパン屋くらいなものである。


「伴侶、つまりは配偶者です。もっと俗な言い方をするなら、お嫁さんです」

「……は?」

「星野さんは、今おいくつですか?」

「十七歳、だけど」

「私は十五です。お互い、あと一年後には結婚できますね」


 下級生だったのか。というよりも、話が十数段階飛んでいる気がする。


「今日、父に星野さんを紹介します。放課後の予定はあけておいてください。そちらのご両親に会う日にちも決めますので」

「ちょ、待ってくれ!」

「はい、待ちます。なんでしょう?」


 海智留みちるが、素直に言葉をおさめる。変に従順なところがある。


「俺は、その、君の邪魔をしたかもしれないけど、責任て言われても……」

「ほう?」


 海智留みちるの片眉がはねる。


「星野さんは無責任なんですね」

「そ、そういうわけじゃなくて……」

「じゃあ、私、今からまたあの踏切に行きます。今度は邪魔しないでください」

「だ、だからそうじゃなくて!」


 出会った翌日に、いくら衝撃的なことがあったからといって、極端すぎる話ではないだろうか。

 一目惚れ、ではあるまい。そんなものがないことは、天だって分かる。第一、海智留みちるの態度は、どう見ても意地になった子供のそれだ。

 どう収めたらいいのだろうか。こんな事態に対処するマニュアルを、天は持ち合わせていない。


「星野さん」

「あ、はい」

「星野さんには、恋人はいらっしゃいますか?」

「いや、いないけど……」

「将来を誓い合った幼馴染は?」

「全然……」

「ブラコンの妹は?」

「俺は一人っ子だ……」


 天には、色恋に関係するような相手はいない。


「では、何の問題があるのでしょうか?」


 問題しかない。このまま押し切られては、将来が無理やりに決定されてしまう。

 なら、と天は思い直す。さすがに娘はこうでも、父親は常識人であると信じて。


「……分かったよ、君のお父さんに会えばいいんだろう?」

「そうです。最初からそう言っていただければ、話は短くてすみました。あと、私のことは海智留みちる、と呼んでください」


 では、と言い残して、海智留みちるは教室を出て行った。

 取り残された天は、がっくりとうなだれて、自分の席に座る。目の前にあるビニール袋の中身を確認して、あんぱんをかじった。


「俺は、こしあん派なんだよな……」


 つぶあんがぎっしり入ったパンを食べながら、誰もいない方向へ呟いた。

あんぱんは、天君の数少ないこだわりポイントです。

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