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4 殺さなかった責任

当たり前ですが、怒られますので無茶は厳禁です。

 天は、女生徒と一緒にこっぴどく叱られた。

 緊急停止ボタンという物がありながら云々。生きていたからよかったもののどーたらこーたら。

 叱られている間、女生徒は泣いていた。ただそれは、叱られたことよりも、天に言った、


「邪魔しないで」


 という言葉によるものだと思う。

 電車にひかれればどうなるかくらい、子供でも分かる。女生徒が望んでいたことくらい、天には理解できていた。

 かといって、あのまま、目の前で最悪の事態を見せられるのは嫌だった。今から思えば、だが。


 保護者、というか、母が来て、天はまた怒られた。無事でよかった、という涙付きで。

 女生徒の方にも保護者らしき女性が来た。ただそちらは怒るではなく、ただただ心配だったらしく無事であることに喜んでいた。

 

 保護者がお互いに頭を下げている。その間、天は静かにたたずむ女生徒を見ていた。

 肩で切りそろえられた黒髪。白い頬が赤くなっており。瞳はそれ以上に赤くはれていた。

 涙は止まっていた。それでも落ち込んでいるのは分かる。じっと、うつむいたまま、動かない。


 やがて、肩を抱かれながら女生徒は去って行った。天もまた、母に連れられ家路についた。

 その途中で、天はパンが無いことを思いだした。ビニール袋をどこかで、というか、あの踏切でなくしたようだ。

 せっかくの無料五百円パンが無くなったのは、少し寂しい。

 

 明日の朝は、食パンをかじるしかないようだ。好物のあんぱんを食べられないので気分は落ち込むだろう。

 ただ、パンか、人の命かと問われれば、天とて素直に命を選ぶ。

 惨劇を回避できたことを喜ぼう。そう自分に言い聞かせて、天はその日、あまり眠れぬ夜を過ごした。


 翌日、居心地の悪い教室に戻って来た天は、自分の机の上に何かがあるのを見た。

 ビニール袋だ。また、ゴミでも詰まっているのかもしれない。嫌がらせだろうと、中身も見ぬままに捨てようと思った。

 だが、


「これ、昨日落としましたよね?」


 間近で言われて、思わず飛び退くほど驚いた。


「安心してください。きちんと、買い直しましたから。貴方が持っていたのは、潰れていたので」

「君は……」


 昨日の女生徒が、凛とした表情で、隣に立っていた。泣いていた時とは違う、毅然とした態度だ。

 最初からいたのだろうか。気が付かなかった。


「生徒会長の、星野ほしのてんさんですよね?」

「あ、う、うん」

「昨日はありがとうございました」


 女生徒が腰を折るので、天もつられて頭を下げた。

 クラスメイトも、突然の訪問者に驚いていた。いつもの嫌味な笑い声が聞こえてこない。


「おかげで、命を拾うことになりました」

「そ、そう。よかった、ね」

「いえ、よくありません。捨てるつもりだったので」


 きっぱりと言い放つ。本当にあの女生徒か疑わしくなるくらいだ。

 

「このパンは、昨日のお詫びです。命を助けやがりくださりまして、ありがとうございました」


 言葉には、隠すことのない棘がある。腹に据えかねているのか、視線も険しい。


「今日は、お礼と文句を言いに来ました。お礼は、今ので終わりました」

「あっ、はい」

「なので」


 と、女生徒は前置きして、


「私を殺さなかった責任、取ってください」


 耳を疑いたくなるような、意味不明なな言葉で貫かれた。

なんとなく先が気になったら、ブックマークなどご反応をいただけますと、更新速度が上がるかもしれません。

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