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こんにちは、草です

作者: 風見鶏

ある世界のオオイヌノフグリの短いお話です

わたくし、オオイヌノフグリと呼ばれております。

この国にて、まあありふれた草、でございますね。


ところでわたくしのこのオオイヌノフグリという名前について、勘違いされていらっしゃる方は多いのではないでしょうか。

わたくしの実、さほど大きいイヌのフグリに似ているわけではないのですよ、ええ。

わたくしの縁者筋に当たる方々ですが、名前がよく似たイヌノフグリさん。

我々の発見、命名時に、この地の在来種のイヌノフグリさんの草丈や花よりわたくしが大きめだったゆえ、イヌノフグリさんより大きいオオイヌノフグリ、と命名された次第でございます。

イヌノフグリさんの実は、イヌのフグリのごとく丸く2つ、でございます。

が、わたくしの実はどちらかというと平べったいハートに近いような型でございます。

ハート型、愛溢れるハート型。

ご承知おきくださいませね。

冬の寒い日の間に大地に這うように成長し、今日のような春の訪れを感じさせる日にコバルトブルーの花を咲かせます。


カランコロン、と聞こえる涼やかなドアベルの音。

あら、お客様だわ。


「こんにちは、ヴェロニカ。いつもの父様のお薬をいただけますか?」

「こんにちは、キヨラ」


ドアを開けて店に入ってきたのは、うちの店の馴染み客の少女キヨラです。

手にした布袋から硬貨を数枚取り出すと、カウンターの上の木皿にそっと並べて、にこりと笑いました。

うちの店に馴染み客などいないほうがよいのではありますが、そうはいかないのがこの世の常でございますね。


「少しお待ちくださいませね」


わたくしはガシャンと音をたてる古めかしいレジスターに硬貨を入れると、硬貨の代わりに空色のキャンディを木皿の上に1つ置いて店の奥に入ります。

後ろからありがとうございますの小さな声を聞いて、薬棚から子の実を挽いた薬を取り出し、天秤で計り小分けにし始めました。


この国ネオジャポネにおいて、神の手の恵みをその身に受けるのは、大地の神の使徒であり叡智である植物のみでございます。


幾数期前になるでしょうか。

傲る人々への罰として全知の神がこの地に落とされた怒りのイカヅチによって、大地は荒れ果て、植物も動物も人々も、多くが神々の胎内へと還ったのでした。

悲しみのこうべを垂れる残された人々の姿に、後一度だけの機をと全知の神に懇願された大地の神により、わたくしたち幾千の使徒はこの地に遣わされたのです。


わたくしの名はヴェロニカ。

オオイヌノフグリの精霊として、この地の人々にと遣わされました。

髪は翠、瞳は瑠璃。

使命は「薬師」。

子の身に解毒の、特に腎の臓への薬効を持つのです。

ネオジャポネは文明に驕り高ぶる人々の地であったゆえ、イカヅチの影響を強く受け、まだ大地に神の怒りと哀しみが溢れており、人々は身に様々な痛を宿して産まれるようになりました。


「お待たせしました、キヨラ。お父様の具合はいかがですか?」


最後に解毒のまじないをかけながら作ったいつもの薬を紙袋に入れて店に出ると、店内に干してあった数種のジャポネハーブの匂いをかいでいた少女に声をかけます。


紙袋には手荒れに効く、ジャポネハーブのヨモギの軟膏の小皿も。


「ありがとうございます。最近はしびれもよくなってきて、起き上がって自分のことができるようになってきたんですの。ヴェロニカがこの街に来てくださって、お薬をいただけるようになったおかげですわ。本当にありがとうございます」


きらきらした笑顔の少女に薬袋を手渡すと、指先はやはり荒れています。働き者の手です。


「キヨラがわたくしとのお約束を守って、お勉強もお母様のお手伝いも小さい弟さんたちの面倒も、とてもとても一生懸命にやってらっしゃるからよ」


にこりと笑うわたくしにぺこりと頭を下げて、少女は店をでてゆきました。カランコロンとドアベルが鳴ります。

わたくしの花言葉は、「忠実」「神聖」「信頼」「清らか」。

どうかお忘れにならないで。


大地の神から、ネオジャポネの大地と人々を救うために遣わされた、ありふれた草のひとりごとでございます。







春間近に

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