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決着

 突然、空を裂いて飛んできた短剣を、白雪姫は左の手甲で弾いた。


「むうっ!?」


 音も立てずに飛来した短剣からは、かすかに毒の臭いがする。コーラルスネークの毒だ。

 強力な神経毒。少しでも傷を負えば、すぐにその場で動けなくなる。

 放ったのはクリスタルだ。

 セブン・ドワーフの面々が、それぞれ奇獣隊とやり合っているのを見て、こちらに狙いを定めたらしい。

 口元にアルカイックな笑みを貼り付けたまま、滑るようにこちらに向かってきている。

 そして、何の予備動作も無く槍を突き出してきた。

 先ほど城の兵士から奪い取ったあの槍だ。クリスタルはその槍の穂先近くを握り、自分の体の後方へ真っ直ぐのばしていた。白雪からは、完全な死角となるように。

 そして、槍を投げつけるように前に飛ばし、根元を握ってひねりを加え、突き込む。

 この一連の動作を、左手一本でやってのけたクリスタルの筋力は、常人を遙かに超えたものといえた。

 しかし、白雪姫の鍛え上げられた動体視力は槍の動きをしっかりと捉えていた。

 左足を軸に体を回してかわす。だが、槍はその動きを追ってきた。

 連撃が風をまとってかすめていく。それをかろうじて避けた白雪は、大きく飛び退いて剣を構え直した。

 鎧の上に羽織った白いドレスが紙のように千切れ飛び、青と黄で彩られた鎧がむき出しになる。少し遅れてきた衝撃が、白雪姫の体の芯まで震わせた。

 白雪は裡で感嘆の声を上げていた。

 すれすれではあったが、槍は完全にかわしたはず。つまり衝撃波を産むほどの速度なのだ。

 白雪は盾を投げ捨てると剣を両手で持ち、青眼に構える。自然に笑みがこぼれた。

 一方。クリスタルもまた、内心驚いていた。

 白雪姫が修行で腕を上げたとは聞いていたが、これほどとは思わなかったのだ。今の連撃をかわせるとは思ってもいなかった。

 白雪の剣は、本来は片手持ち。重量を生かして、相手をたたき切る剣ではない。

 盾を使って相手の隙を狙う、鋭い切れ味の剣だ。

 しかし、盾を投げ捨て、剣を両手で構えたということは、両手剣のように使うということだ。白雪の真意がつかめないまま、クリスタルは警戒して右回りに動き出した。

 今度は槍を突き出しておいて、それを引かずに一気に間を詰める。

 槍を盾代わりにして、白雪の斬撃を防ぎながら腹に仕込んだレイピアを抜き放つ。

 柔軟な金属を極限まで細く、薄く鍛え上げたレイピアは、クリスタルの腹に巻き付けられていたのだ。

 自由にしなり、蛇のように相手の喉を付け狙う刃。暗闇の針ダークニードルの異名を持つ魔剣が、クリスタルの武器であった。

 レイピアが、白雪の喉元を捉えようとしたとき、白雪の剣が二つに割れた。

 両刃の長剣は、手元から縦に分かれ、二本の片刃剣へと姿を変えたのだ。

 そしてレイピアを見事に弾いて見せた。

 白日の下でも影すら見せない細い刃を、クリスタルの目と筋肉の動きだけで読み切っている。

 それどころか、さらに間合いに踏み込み、密着するほどの距離で数合打ち合った。

 蛇のようにうねる見えない刃も、距離を無くして手元を打てば意味が無い。

 近づいてしまえば、パワーだけの勝負。スピードの差は二刀流で埋める。

 そうなれば、体格の良い白雪の方に分がある。

 しかし、クリスタルのレイピアをはね飛ばし、振りかぶった白雪がとどめの剣を打ち下ろそうとしたとき、クリスタルの口元が動いた。

 風を切るような音とともに、何かが吐き出されたのだ。

 白雪はすんでのところでそれに気づいた。目をかばった右手に、かすかな痛みが走る。

 含み針だ。

 飛び退いた白雪は、咄嗟に傷口を剣の鍔元で切り開き、血を絞り出した。毒を抜いたのだ。


「……貴様の戦い方は、プリンスに聞いている」


 白雪の言葉に、クリスタルの口元の笑みが更に深くなった。氷の微笑に、熱い炎が重なっていく。


「いいねえ。あんた、思ったよりずっといいよ。血が滾るってのはこういうのを言うのかねえ……」


 正統の剣術を極め、あくまで正統のスタイルで戦う白雪姫。

 邪道の技術を極め、あらゆる手段を駆使して襲い来るクリスタル。

 総合力ではまさしく互角。二人の戦いには、何者も手出しする隙は見当たらなかった。


***    ***    ***


「ぐはぁっ……」


 バンディクートの細い体を、プリンスの剣が貫いた。


「やりおる…………」


「いや、バンディクート。貴様は強い。今少し貴様が若ければ、結果は変わっていたかも知れん……」


「謙遜めされるな王子……かまわんさ。マクロセリド王家に仕えて五十年……王子殿に殺されるなら本望よ……」


 首が、かくり、と落ちた瞬間、バンディクートの体は蒼白い炎を出して燃え上がった。


「燐か……おのれの存在した証拠すら消し去るという、奇獣隊の掟……」


 振り返って見渡すと、あちこちで蒼白い炎が上がっている。

 それぞれ、奇獣隊の戦士達にセブン・ドワーフの七人が勝利したのだ。負傷している者はいるが、七人は全員無事だ。

 白雪と打ち合っていたクリスタルが、大きく飛び退き、周囲を見渡して驚きの声を上げた。


「バカな……奇獣隊が、貴様らを一人も始末できないなんて……」


 その言葉にスリーパーが答える。


「おそらく、奴らと俺たちの技量は互角。だが、俺たちには姫がいる。命を預けても良いと思える指導者がな。貴様と奇獣隊は、あくまで金ずくの関係だろう。同じ亡国の戦士とはいえ、俺たちとは戦いの動機が違う!!」


 壁を背にして身構えるクリスタル。その正面に迫る白雪。

 そして、七人の長とプリンスが半円形に囲んで追い詰める。


「クリスタル……貴様の命運は尽きた。おとなしく捕まれば、命までは取らぬ」


 白雪の言葉に、クリスタルは天を仰いで笑い出した。

 始めは小さく含むように、そしてそれは次第に高らかな哄笑へと変わっていく。


「あたしともあろう者が、こんな小娘にしてやられるなんてねえ。しかも、命を助けるだって?……今更、あんたらの軍門に降って長生きしようとは思わないよ!!」


 ぎらっと、クリスタルの目が輝き、次の瞬間、白雪姫に斬りかかった。

 完全に裏を掻かれた。

 脱力しきった様子から白雪に至るまで、それこそ一瞬であったのだ。それは、これまでに見せたどの動きよりも素早かった。誰もついて行けなかった。白雪自身ですらも。

 時間が止まる。

 重なり合った二人の足下に、血の滴が垂れ始め、次第に大きな溜まりををつくっていく。

 ゆっくりと膝をついたのは、襲いかかったクリスタルだった。


「…………何故?」


 白雪姫が呆然とつぶやく。

 クリスタルは、白雪の突き出した剣に自分から突き刺さっていたのだ。


「…………あんたは甘すぎるんだよ。敵に情けを掛けるのもいい加減にしな。あたしが生きてちゃ、兵士達にも国民にも示しが付かないだろ? どうせ、処刑しなきゃならなくなる……なら、あんた自身の手で成敗した方がいいんだよ」


「クリスタル……」


「仮にもあたしは王妃……あんたの母親だからねえ……政治と戦いの心得ってヤツを教えてやっただけさ……」


「クリス……いや、義母上ははうえ……安らかにお眠りください……」


「……いい……いい戦いだったねえ……」


 王妃の首ががくりと落ちた。

 その顔には、安らかな笑みが浮かんでいた。


「おおおおお!!」


 その死を見届けたプリンスが、勝ちどきの声を上げる。


『えい!! おおおおお!!』


 七人の長達が。そして、五百人の部下達が、さらに取り囲んだ城壁の上から城兵たちが、白雪姫の勝利を讃えて声を上げた。


***    ***    ***


 その後。

 白雪姫は城へ戻り、父王を廃して女王となった。

 そして、プリンス=エドワーディ王子を属国マクロセリドの領主に任じた。

 七人の長達は、軍の佐官クラスへと抜擢されたのであった。

 白雪姫は、国民に食事の高タンパク化と糖分カット、筋力アップトレーニングを奨励し、その体力で荒れ地の開墾を進めさせた。

 タンパク源として奨励された食肉や漁業、大豆などが重要な輸出品目となり、戦争によって疲弊していた国内経済は、まさに筋肉によって回復した。

 筋力アップによって兵士達も、恐ろしく強くなった。その軍事力を恐れ、周辺国でアフロテリアにちょっかいを出すものはなくなったのであった。

 そして、二年ほど経ったある日の午後。城の中庭につくられた闘技場にて。


「白雪姫!! 今日こそ俺の求婚!! 受けてもらう!!」


「プリンス!! いやエドワーディ殿!! 私は自分より弱い男に嫁ぐ気はないぞ!!」


 二人の肉体が激突する。

 観客席にいるのは、あきれ顔のスリーパー、ドッグ、グランディス、スムージー、ガッシュフル、ハッティ、ドーヴィー。

 この戦いで五十戦目。結果はすべて引き分けである。

 この国の懸案事項は、もはや白雪姫の結婚相手だけであった。


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