決戦
スリーパーは、クリスタルと対峙したときに見せたあの両手持ちの巨大な戦斧を携えて、正面を守っている。
「元マクロセリド軍少佐……ロキ=ソドンタ。推参」
静かな声で名乗りを上げたスリーパーの前に、バンディクートと名乗った老人がゆるゆると歩み出た。
「ふむ。『不敗の暴風』か。なるほど、生きておったか……」
「貴様は元マクロセリド王国、奇獣隊隊長、『幻影』のバンディクート、だな? 目的はさしずめ、この国を影から操り、マクロセリドを復興することか……」
「そうだ。我らは同じ国の同胞……殺し合う必要もあるまい?」
笑みをたたえてそう言ったバンディクートに、スリーパーが怒気を叩きつけた。
「ふざけるな。俺たちは、祖国に裏切られたんだ!! あの頃マクロセリドは病に伏した王と、その跡目を狙う王子たちの間で、内紛寸前だった!! 俺たち七人がどの王子に付くかで、趨勢が決まるくらいにな!!」
スムージーがその横で大きく頷いた。
「そうだ!! そしてマクロセリド王は、俺たちに別々に『山賊退治』という命令を下し出撃させた。黒の森で殺し合わせようとしたんだ。闇の中、攪乱された俺たちはまんまと罠にはまった!! その罠を仕掛け、幻惑したのは、他ならぬ貴様ら奇獣隊ではないか!!」
「ほう。我らの仕業と気づいておったか。まんざらバカ揃いでも無かったわけだな」
バンディクートは切れ目のように細い目を更に細め、口元の笑みを浮深くした。
悪びれる様子は全くない。
「俺たちが死なずに済んだのは、ちょうど武者修行から戻ったエドワーディ王子に止められたからだ。だが、全員重傷だった。アフロテリアとの戦の間、誰も起き上がれないほどにな!!」
「それで祖国を裏切る……というわけか。武人とも思えぬ決断よな。情けないとは思わぬのか?」
バンディクートが引き攣れた声で笑い出した。心底面白そうに腹を抱えている。
「笑わば笑え。俺たちが愚かだったことに違いは無い。だが……今の我らには、国を思う以上に大切なものがある。祖国を失い、望みも無く、森の中でただ時を重ねるしかなかった我らに、唯一生きる意味を指し示してくれた人……白雪姫だ」
「よく言った。スリーパー!!」
七人の長の一人、グランディスが叫んだ。グランディスは、両手に黄金に輝く手甲鈎を装着し、身構えている。
「名乗らせてもらうぜ!! 俺は元マクロセリド軍大尉!! 『砂漠の土竜』グランティ=エレミタルパ!!」
白雪姫の左を守っているドッグが、五メートルはあろうかという長い三叉矛を小枝のように振り回した。
「『魔術師』ドルサリス=デンドロハイラクス。元マクロセリド軍中佐だ。」
長身のハッティは巨大な草刈り鎌を担いで、白雪の右に進み出る。
「『岩山の死神』プロカヴィア=ウェルウィッチ。ここは通さん」
ドーヴィーも堅い音を響かせて、進み出た。手にしているのは、盾と棘付き鉄球である。
「マナト=トリケクス!! 『大洋の猛牛』っつった方が通りがいいか!!」
ガッシュフルは、大きく反った片刃剣を両手に一振りずつ持って身構えている。
「『異形の疾風』アフェル=オリクテロプス。この世に未練のある者は、道を空けよ!!」
叫ぶスムージーが手にしたのは、自分の身長ほどもある長大な片刃の剣であった。
「『暁暗の風』、エコーダ=テンレック!! 手加減できるほど器用じゃねえぜ!!」
名乗りを上げ、武器を構えた七人に、クリスタルが嘲りの目を向けて言い放つ。
「ハ!! そろいもそろって、頭の悪い阿呆どもが、あたしだけでなく祖国まで裏切ろうってのかい……バンディクート!! こいつらはお前達で片付けな!! あたしは……姫を殺る」
「はっ!! ゆけ!! ブーラミス!! リングテール!! ポッタルー!! ケノレステス!! プラジオメ!! ザグロサス!!」
異形の群れの中から、名を呼ばれた戦士達が順に無言で進み出た。
身構えるセブン・ドワーフの面々に対して、彼らは幽鬼のように脱力し、音も立てずに近づいていく。
「ひゅっ!!」
鋭い呼気が漏れる。
何の前触れも無く、先頭の幽鬼がムカデ状の節を持つ槍を突き出してきたのだ。
槍は生き物のようにうねり、三叉矛でそれを受け流そうとしたドッグに襲いかかる。これをすんでのところではね飛ばしたのは、スムージーの片刃剣であった。
「こいつら、まともな武器使いじゃねえ!! 油断するな!!」
「すまん」
二対一。ドッグとスムージーは百足槍の男へ向かっていく。
ノコギリのような長剣を迎え撃ったのはガッシュフルだ。ノコギリ刃は、それを受け止めた剣をそのまま巻き込み、折ろうとする。二刀を器用に操るガッシュフルは、片方の剣が巻き込まれそうになると、もう片方の剣をクロスさせてそれを防ぎ、器用に戦っている。
円形の刃を持つ武器と渡り合っているのは、黄金の手甲鈎を身につけたグランディス。
小さな鋼鉄の玉を、見えない糸で操る相手には、盾と棘付き鉄球を持つドーヴィー。
鋼鉄の牙を口にはめた者には、ハッティが巨大な草刈り鎌で。
黒い長剣に炎をまとわせた剣士には、戦斧を携えたスリーパーが立ち向かっていく。
そして、ゆらり。と進み出たバンディクートの前にプリンス=エドワーディが立ちはだかった。
携えているのは、両手持ちの長剣。
「貴様の相手は俺だ」
「困ったのう……こんな広場では幻術も使えぬ……か弱い老人をいじめんでくれぬか」
「嘘をつけ。すでにこんなものを放っておるくせに」
プリンスの手が一閃し、空中で何かをつかんだ。
激しい羽音が鳴る。
「幻夢蟲ロッズ……獲物を吸血する時に、幻覚物質で麻酔する蟲、だな? こいつは翅だけでなく全身を振動させて飛ぶから肉眼ではまず見えない。羽音もほとんど聞こえない、厄介な蟲だ」
「知っておったのか……」
バンディクートの細い目が、これまでにないほど大きく見開かれた。
真の驚愕の表情である。
「修行中にな。東方の国で見たのだ。これにやられると正常な判断力を失う。そうでなくては、いくら罠にはまったとはいえ、死にかけるまで同士討ちしたりするわけがない。」
「ふん。だが、わしの幻夢蟲は無数におるぞ? どうする気だ」
「こう……するんだ!!」
叫んだプリンスは、長剣を思い切り地面に叩きつけた。
すさまじい衝撃音と砂塵が舞う。そして耳をつんざくような高い金属音が、周囲に満ちた。
そして数秒もしないうちに、何も見えなかった空中から黒い影が現れ地面に落下してきた。
奇怪な羽音を立てて地面を転がる蟲の数は、百や二百ではない。
死にきれずにもがく蟲たちを、セブン・ドワーフの兵達が次々に踏みつぶした。
「幻夢蟲の翅の固有振動数と、同じになるように調整した剣だ。これだけの音量だ。この近くの幻夢蟲は全滅だろうな」
「ぐ……くっ……このような方法で幻夢蟲を封じるとはな……心してかからねばなるまい」
バンディクートの顔から表情が消えた。細い体が、さらに棒のように細くなる。
極限まで脱力したバンディクートが、じりっ。と右回りに歩を進めた。
プリンスも剣を向けたまま、同じ方向へ摺り足を向ける。
大小二つの影は、互いの間合いに踏み込めないまま、鋭い殺気を交換し合った。