葬列
翌日。
セブン・ドワーフは、全員が身を清め、正装して集合した。
その数、約五百人。
黒い衣装に身を包み、きちんとマントをつけて、五列縦隊になった一団は一言も発さないまま歩き始めた。
先頭には幟を押し立てている。
幟は二つ。
一つは黒く焦げ、戦火のあとを生々しく残している隣国マクロセリドの国章。
そしてもう一つは、白雪姫を象徴する深緑に真っ白な薔薇を染め抜いた幟であった。
列の中程には車が引かれている。
長さ十メートル、幅五メートルはあろうかという巨大な車は、王室のベッドがそうであるように天蓋があり、寝床がしつらえてある。
その中に横たわっているのは、白雪姫であった。
普通の寝床と違うのは、車の全面が色とりどりの花で飾られ、車体そのものが見えないほどになっていることだ。美しい花に囲まれ、穏やかな表情で横たわる白雪姫の体には、真っ白なドレスがかけられている。
白雪姫を乗せた車を引いた葬儀の列は、黒の森を抜け、城へ向かってゆっくりと進んでいった。
彼らはゲリラ。犯罪者である。
そのことは国中の誰もが理解していたが、城壁にたどり着くまで、この列を邪魔しようとする者は現れなかった。
「開門!! 開門だ!! 白雪姫様のご帰還だぞ!!」
城を囲む堀の手前でプリンスが声を張り上げる。
石垣ののぞき窓から顔を見せた見張りが、驚いた表情をして引っ込むと、数十秒ほどして跳ね橋がおり始めた。
開けられた門の中へ、葬列はしずしずと進んでいった。
葬列の先頭は、中門の手前で止まった。中門は開けられていない。そこは、外部からの来た者が、例外なく改められる場所なのだ。列の最後尾が入城すると、入ってきたばかりの外門も閉じられた。
プリンスがまた声を張り上げた。
「謹んで申し上げる!! 我々は、黒の森のセブン・ドワーフ!! 白雪姫のご遺体をお生まれになったこの城へと届けに参った!! お受け取りいただきたい!!」
「よく来たねえ……プリンス」
低い声とともに一段高い城壁の上から顔を出したのは、新王妃=クリスタルであった。
ゆったりした赤いドレスに身を包み、艶然と微笑む新王妃は、この上もなく嬉しそうに見える。
「反政府ゲリラのくせに、堂々と城へ足を踏み入れるとは、どういうつもりだい? しかも、この城の大事な姫を殺しておいてさ?」
「この……なんだと!!」
スリーパーが怒りの表情で進み出たのを、プリンスが片手で押しとどめる。
「控えろスリーパー。俺に任せると言ったはずだぞ?」
スリーパーが一礼して下がったのを見届け、プリンスは再び声を張り上げた。
「貴様が殺しておいてよく言う。俺たちに情報を流して、姫を殺させようと謀り、それが失敗したとみるや、青果に毒を仕込んでわざと俺たちに拾わせた。姫が好物のリンゴを食べることを見越した上で、だ。このこと、王に知れればどうなるかな?」
「あっははは!! 誰がお前らゲリラの言うことなんか信じるものか!! それも、滅びたマクロセリド王家の幟なんかおっ立ててさぁ? あんたケンカ売りに来てんのかい?」
「たしかに我が母国・マクロセリドは、アフロテリアに併呑された。だが、王国正統の血はまだ絶えておらん!!」
「なんだって? バカも休み休み言いな!!」
「嘘ではない!! 俺は、マクロセリド王家の第十三王子!! エドワーディ=エレファン!! 王家の血に掛けて嘘など言わぬ!! 城の者達!! 聞こえるか!! その女は貴族の出などではない!! 暗殺専門の傭兵、クリスタル=ダーク!! 『暗闇の兇刃』といえば、その道で知らぬ者はない!!」
「エドワーディ王子……だって?……剛勇を誇った戦士でありながら、相続争いを嫌い、出奔して行方不明と聞いていたが……」
クリスタルは、ぎりっと歯を鳴らした。
「俺は世界を旅していたのだ……武者修行の旅だ。その間に、国が滅ぼされようとは思ってもいなかったがな!!」
「だったらどうして、白雪とつるんだ!? そいつはあんたの祖国を滅ぼした王家の娘だよ!?」
「姫の人柄と強さ、そして国民を愛するその心に惚れたのだ!! 人が人に惚れるのに、出自や因縁など関係ない!!」
「言うじゃあないか。だけど、こんな状況でそんな啖呵を切るなんて、噂通り、考えなしの阿呆だねえ……」
クリスタルが右手を挙げると、城壁の上に無数の弓兵が姿を現した。
よく見れば、周囲の塔や城壁ののぞき窓からも、弓や銃を構えた兵士の姿が見える。
「あんたが敵国の王子だってんなら話は早い。ここで死んでもらうよ……兵士達!! こいつらの言うことに耳を貸すんじゃない!! 白雪姫殺害の張本人だ!!」
「そう来るか……」
「教えてやったじゃないか。正面から突っ込むばかりが戦じゃないってね。あんた達は、あたしがいなけりゃイノシシと同じだねえ。何であんた達の祖国がアフロテリアに負けたか、よぉく思い出してから死にな!!」
クリスタルが右手を振り下ろそうとしたその時。
「皆の者!! 弓を下ろせ!! その女の言うことを聞いてはならぬ!!!!」
大地を揺さぶるような大音声が響き渡った。
そこにいる誰もが聞き覚えのあるその声に、城の兵士達はすくみあがった。
声の主は、花で埋め尽くされた車の上にすっくと立ち上がっている。
そして一歩、二歩と歩き出し、天蓋から下がるレースに隠されていた顔が見えた瞬間、城の兵士達から声が上がった。
「ひ……姫……?」
「白雪姫……?」
「い……生きておられるぞ!!」
一点から始まったざわめきは、次第に大きな歓声となって城の兵士達の間に広がっていく。
中には涙を流して抱き合っている兵士もいた。
王やその側近の嫌う、白雪の豪放磊落な性格は、多くの兵士達には慕われていたのだ。
一兵卒の死にも涙し、花を手向ける。
時には酒場にまで顔を出し、熱い思いを語る。
飾り気無く、常に現場を向き、思いを酌んでくれる姫は、彼らにとって希望の光であった。
白銀の鎧を身にまとい、その上から純白のドレスをマントのように羽織った白雪は、周囲の兵士達に檄を飛ばした。
「皆の者!! よく聞け!! 私は生きている!! 彼らセブン・ドワーフに救われたのだ!! エドワーディ王子の仰ったことはすべて事実!! そこな新王妃・クリスタルは、私を亡き者にしようと企んだ!! 真の敵は、クリスタルである!!」
胸を張り、力強く指さす白雪に、クリスタルは暗い憎悪の目を向けている。
「あんた……死んだんじゃなかったのかい?」
「プリンス……エドワーディ王子が気づいてくれたのだ!! リンゴに毒が入っていると!!」
白雪は、すんでのところでリンゴを吐き出していた。
わずかとはいえ猛毒を口にしたため、意識を失ったものの、処置が迅速だったおかげで数時間で意識が戻ったのであった。
それを利用して死を偽装し、反撃に出ることを考えたのは白雪自身であった。
クリスタルを見据えて雄々しく立つ白雪を守るように、プリンスがその背後に立ち、叫んだ。
「観念しろクリスタル!! あの時、荷車からリンゴの香りが全くしなかった!! それで自分の嗅覚が封じられていることに気づいたのだ!! 俺の知る限り、そんな薬を身につけているのはお前だけだ!!」
「ちっ……追跡防止のためにつけてる、嗅覚を封じる薬が裏目に出たか……」
クリスタルは苦々しげに吐き捨てた。
「今すぐ降伏しろ!! そうすれば命くらいは助けてやらんでもない!!」
「この葬列は……あたしをおびき出すためだったってわけかい……」
「それだけではない!! ここに至るまで、誰にも邪魔されず、兵を一人も失わず、城の兵達とも争わずに済み、貴様を取り逃がす心配も無い、誰も傷つけぬ策を白雪が考えたのだ!!」
「取り逃がす? 取り逃がすだって? あんた、何か勘違いしてんじゃ無いのかい?」
クリスタルは不敵に微笑むと、次の瞬間、脇に控える兵士の首に手刀を振り下ろした。
兵士が一言も発する間もなくその場に崩れ落ちると、クリスタルはその手から槍を奪い取り、宙に舞った。
「おい!! しっかりしろピエール!! どうしたんだ!!」
同僚達が駆け寄るが、答えはない。おかしな方向に曲がった頭。あらぬ方向を見た目。
手刀の一閃は、兵士の首の骨をへし折っていた。
クリスタルは十数メートルの城壁から、白雪たちのいる広場へふわりと降り立った。
そしてゆったりとした赤いドレスを脱ぎ捨てる。派手な衣服の下から現れたのは、甲羅か鱗のように全身を包んだ、異形の鎧であった。
鈍い黒に光る鎧は、しなやかな手足の動きに合わせて自由に動き、顔以外まったく肌は露出していない。
両腕を広げて手首を曲げると、小さな金属音とともに剣呑な刃が飛び出した。左右の二の腕に四本ずつの刃は、日の光を反射して鋭く輝く。
悠々と槍を構え、その場でポーズをとったクリスタルは、口元に悪魔的な笑みをたたえて言った。
「あたしを捕まえるってのは、あの弱っちい兵士どもかい? それとも、丸腰でここに来るような、頭の悪いお前達のことかい? 冗談にしてもつまんないねえ……」
「くそぉっ!! 魔女め!!」
仲間を殺された兵士が、怒りの声を上げて弓に矢をつがえた。
狙いを定め、矢を放とうとしたその瞬間。その兵士もまた、崩れるようにそこに倒れ伏した。
うつぶせになった兵士の後頭部には、柄の無い短剣のようなものが突き刺さっている。
「女王様に矢を向けるなど、とんでもない衛兵じゃ」
しわがれ声でそうつぶやいたのは、フードを頭からかぶった子供のように小さな影であった。
影はクリスタルと同じように宙に舞い、階下へ身を投げた。
焦げ茶色のマントを空中で脱ぎ捨て、クリスタルの隣に降り立ったのは、猿のような小さな老人である。
「バンディクート。お召しにより参上つかまつった……」
「遅かったねえ……パーティに間に合わないとこだったよ?」
「これは申し訳ない。クリスタル殿、して、この者ら全員、殺せばようござるのかな?」
白髪と髭に覆われた顔の奥から、二つの黄色い目が炯と光った。
「他の者たちは?」
「とっくに来てござるよ」
老人が答え終わらないうちに、魂消る声が城壁で上がった。
城兵達を、何者かが襲っているのだ。悲鳴の量と場所から察するに、どうやら数カ所で惨劇が起きているらしい。
「お前達!! 楽しむのは後だ!! こちらへ来い!!」
バンディクートが叫ぶと、再び黒い影が宙を舞い、数人の男たちがクリスタルの傍に降ってきた。
それは見たこともない、異形の武器を携えた男達であった。
ムカデのように節を持ち、自由に変形する槍。
ノコギリのような歯を持つ長剣。
円形の刃を持つ、盾のような武器。
磨き抜かれた小さな鋼鉄の玉。
鋼鉄の牙を口にはめた者。
普通の剣や棒のように見える武器もあるが、いずれまともな武器ではなさそうだ。
それらをまるで自分の手足のように操る彼らの姿もまた、異形であった。
針金のような細く長い手足を持つ者。
逆に球状の体に短い手足をつけたような者。
鋼のような筋肉を持ち、四つ足獣のように低く構える者。
全身をぶよぶよとした脂肪に覆われた者。
角や翼、獣毛を持つように見える者までいる。
彼らに共通しているのは、全員が無言でかつ底知れぬ暗い目をしていることであった。
「貴様が大人しく捕縛されるようなタマとは思っちゃいなかったが……まさか、こんな連中まで呼び寄せていたとはな!! 皆の者!! 白雪姫をお守りしろ!!」
プリンス=エドワーディのその言葉を合図に、七人の長達が駆け寄ってきた。
そして、飾られた花の中へ腕を突っ込み、そこからそれぞれ武器を取り出す。
五百人の兵達も一斉に車へ駆け寄り、車から武器を取り出していく。いや、天蓋の柱や車体、車軸、車輪の部品が分解され、剣や槍、盾になった。車そのものが、武器で出来ていたのである。