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リンゴ



「……妙だな……もうとっくに追いついていてもよさそうなものだが……」


 逃げた青果商人を追う男達の一人が、怪訝そうにつぶやいた。

 セブン・ドワーフの長の一人、ガッシュフルである。

 そのつぶやきを、鋭く聞き取って応えたのは、やはり長を務めるスリーパーだ。


「確かにそうだ……常人の脚じゃない。待て、いたぞ」


 彼らが青果商人にようやく追いついたのは、黒の森の出口近くであった。

 男達は無言のまま、素早く商人を取り囲んだ。


「貴様……何者だ? 並みの者ではあるまい」


「くくっ……お前達、ボスの顔をお忘れかい?」


「く……クリスタル様!? どうして!?」


 黒いフードを取り払ったその下の顔を見た男達に、衝撃が走った。

 それは、新王妃であった。黒い布の下にはピッタリとした鎧を着込み、頭にも兜をかぶっている。

 隙の無い動作で正体を見せた新王妃は、動揺する男達を見て不敵に笑った。


「どうしてだって? あたしは白雪を迎えに来ただけさ。若い娘がいつまでも帰って来ないんだ。母親として心配して、迎えに来るのは当たり前だろう?」


「ふざけるな!! 白雪様は、もはやあなたを母とは思っておらぬ!! そしてそれは我々も同じこと!! もはやあなたは敵だ!!」


「ほう。敵かい? だったら、今すぐあたしを殺したらいいじゃないか」


 両手を広げ、挑発するように胸を反らす王妃。


「出来ないのかい? 大の男が何人もかかってこのか弱い女をさぁ?」


「その手には乗らん」


 巨体を揺らして歩み出たのは、スリーパーであった。

 

「スリーパー……あたしに勝てるとでも?」


 王妃=クリスタルが更に姿勢を低くした。いつの間にかその両手には、尖ったものが握られている。長さ十数センチの鈍い色をしたそれは、どうやら磨き上げられたナイフのようであった。

 対するスリーパーは、長い柄の斧を両手で持ち、大きく振りかぶっている。武器の重量に任せた一撃必殺の構えだ。


「勝つつもりはありませぬ。なれど、この命捨ててかかれば、あなたにも手傷の一つくらいは負わせられましょう。さすれば、白雪殿の戦いがわずかでも有利になる……」


「ふん。元国軍少佐、『不敗の暴風』と異名をとったあんたが、あんな小娘のために捨て石にでもなろうってのかい?」


 クリスタルは、口元に皮肉な笑いを貼り付けたまま、じりじりと間を詰め始めた。

 その背後にまたもう一人、戦士が立ちふさがった。


「もとより我ら、全員がその覚悟!!」


「ガッシュフル……あんたもかい」


「得意の変装でアジトに入り込み、白雪様の寝首でも掻くつもりだったのだろうが、そうはいかん」


「相変わらず読みが甘いねえ……そんな回りくどいマネはしないさ。いいのかい? ここでこんなことしてて? あたしの作戦はもう終わってるんだけどね?」


「なんだと!? ……まさか……」


「まずい!! 毒だ!! あの荷車の野菜や果物を食べてはいかん!!」


 踵を返そうとしたガッシュフルの足下に、何本ものナイフが突き立った。


「ふん!! それを教えに行かせるとでも思うかい!?」


「行け!! 誰でもいい!! 白雪姫があの荷車の積み荷を口にする前に、お知らせするのだ!!」


 だが、男達は誰一人その場を動けなかった。

 クリスタルの投げナイフが、全員を射程に捉えていたからである。その恐るべき手練れの技をそこにいる誰もが知っていた。

 スリーパーもガッシュフルも、一歩も動けないまま、クリスタルと対峙し続けた。


(背を向ければ殺される……どうする?)


 クリスタルを睨み付けていたガッシュフルは、スリーパーの目配せに気づいた。

 長年、ともに戦ってきた仲間である。彼の言わんとすることは、すぐに分かった。


(俺が盾になる。その間に、お前はアジトへ戻れ)


 そう言っているのだ。

 たしかに、この中でもっとも足の速いガッシュフルが、伝令には適任だ。体格の大きなスリーパーが盾になるのも理にかなっている。

 しかし、クリスタルは彼らの行動パターンを読み切っていた。突然、ガッシュフルへ向かって来たのだ。


「くっ……速い!?」


 一瞬で間を詰めたクリスタルは、息をもつかせぬ連続攻撃で、ガッシュフルを圧倒していく。もつれ合う二人の動きに、他の男達はついていけない。

 二人が再び距離をとった時、膝をついたのはガッシュフルであった。その脚には、ナイフが突き立っている。

 これでは、走って戻ることは出来そうにない。

 茂みの中でふたたび男達に取り囲まれながら、クリスタルは微笑した。


「おやおや。お仲間が来ちまったようだよ」


「何!?」


 耳を澄ますと、たしかに遠くから砂利を踏みしめる音が近づいてくる。それもかなり慌てている様子だ。

 数秒もせずに茂みが揺れ、顔を出したのは、ハッティであった。その顔は涙で濡れている。


「……足止めするまでもなかったようだね」


 クリスタルがぽつりと言った。


「貴様の仕業だったのか…………」


 ハッティは、その目に怒りをためている。

 そのやりとりだけで、クリスタルはすべてを察したように頷くと、口元をつり上げて笑った。


「リンゴだろう? 白雪はリンゴが好物だと聞いていたからねえ……目立つように置いておいた甲斐があったってもんさ」


 そこへ、更に数人の足音が近づいてきた。

 振り向くと、更に十人ほどの男達が息を切らせて駆けてくる。


「いいところに来たッ!! コイツを捕らえるのを手伝ってくれッ!!」


 叫んだスリーパーの肩に、ハッティが手を置いた。


「もういない。よく見ろ。ただの布きれだ」


 たった今までクリスタルのいたはずの場所には、立木に掛けられた黒いフードが風になびいているだけであった。


「か……変わり身の術ッ……いつの間に?」


『これだけの人数……さすがに一度に相手するのは荷が重いからねえ……ここは引き上げさせてもらうよ……』


 周囲の森から、エコーがかったようなクリスタルの声が響く。

共鳴の術だ。あらかじめ配しておいた振動素材の固有振動数とまったく同じ周波数で発声することで、聴覚を攪乱し、どこでしゃべっているのか分からなくするのだ。


「奴は幻術も得意とする。追ってもまず捕まらないだろう……」


「くそッ!! ハッティ!! 本当なのか? 本当に白雪様は……」


「ああ……お亡くなりになった」


「なんということだ……姫が……白雪姫が死んだだと……我々はどうしたらいいのだッ!!」


 スリーパーは拳で地面を殴りつけた。

 他の者たちも絶望の表情で膝をつく。ほんのわずかの間だったが、それほどまでに白雪姫は彼らの心の支えとなっていたのだ。

 その夜。アジトは悲しみに包まれた。


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