表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

プリンス


「生き残ったのはこれだけか……」


 白雪の部隊は、五分隊、四十五人編成であった。そこに副官と白雪で四十七人の部隊だったのである。

 だが、生き残ったのは白雪を入れても十九人。それ以外はすべて、討ち取られてしまった。

 既に日は暮れようとしている。

 森を脱出するなら、日が完全に暮れてから闇に紛れてということになる。だが、地の利は敵にある。森の地形を知り尽くしたゲリラが、そう易々と撤退を許すとは思えなかった。


「これでは……賊の討伐どころか、城に無事帰り着けるかどうかも分かりません。いかがいたしましょう……」


 問いかける副官の表情は暗い。

 白雪は腕組みをして考え込んだ。


「森の中には罠も仕掛けてあろうな……ここでバラバラになって逃げるか。一団で敵地を突破するか……」


「バラバラに逃げれば各個撃破されます。一団で突進しても、通り道には罠がありましょう……ここはもう降伏以外に道はないのでは……?」


『その男の言う通りだぞ、姫?』


 副官の進言に合わせるようにして、森の奥から突然、よく通る声が響いた。


「何者だ!!」


「この森を守る者……セブン・ドワーフ」


嘲笑うような調子を含んでいるその声に、副官がいきり立って叫んだ。


「セブン・ドワーフだと? たいそうな名だな。ゲリラ風情が粋がるな!!」


「お前たちはすでに包囲されている。降伏しろ。そうすれば、お前たち兵士の命はすべて助けてやろう」


「何だと!? では白雪姫はどうするというのだ!?」


「依頼主のご要望でね……姫の首は絶対条件なんだよ」


「依頼主……だと? いったい誰に頼まれた!?」


「それを聞いたら……お前たちも生かしては帰せねえぞ?」


 闇からの声の凄みが増す。

 副官は絶句した。生き残った兵士たちは、誰もがその場に凍り付いている。

 凍り付いた場の空気を破ったのは、白雪姫であった。


「……いいだろう。私の首、貴様たちにくれてやってもよい。だが、私も王家の血を引く者。みすみす殺されるつもりはない。どうだ? 正々堂々と戦わんか?」


 柔らかな声でそう言い放つと、白雪は鎧を脱ぎ始めた。

 そして、腰の剣までも放り捨てると、仁王立ちになって両手を広げた。


「数が減ったとはいえ、我が小隊は精鋭部隊。もし正面切っての戦闘となれば、貴様たちも無傷では済まん。勝ち戦で命を落としたくはないだろう? 見よ。私は丸腰だ。私の命が奪えればそれでいいのだろう?」


「ふふん。素手でかかってこい……とでもいうわけか?」


「べつに武器を使っても構わんよ。女一人に敵わぬと思うなら、鎧を着、剣や槍を使って襲い来れば良い。大勢で押し包むも、矢を射かけるも、貴様らの好きにしたら良かろう」


 それは乾坤一擲のハッタリであった。

 これで乗ってこなければ、それまで。そう白雪は覚悟していたのだ。


「見くびるなよ」


 森の闇の中で、ひときわ大きな影が立ち上がった。重々しい金属音が響き、地面に鎧や武器が転がる。


「お前達!! 手を出すなよ? 俺に恥をかかせるな」


 周囲の部下にドスのきいた声で命令し、のっそりと暗がりから現れた男は、筋量、体重ともに白雪と同等の逞しい男であった。

 二人は、わずかに広がった平地を挟んで対峙した。

 暫時見つめ合った二人は、無言のまま、どちらからとも無く突進した。激しく頭と頭がぶつかり合う音が響く。

 暗がりの中で組み合ったまま、影は一つになって動かない。骨と骨、肉と肉がせめぎ合い、きしむ音だけが聞こえた。

 そのうち、力では勝負が付かぬとみたのか、ゲリラのリーダーは、白雪の腕をふりほどいて飛び退いた。

 飛び退きざまに胸を蹴られた白雪は、仰向けになりそうなところを踏みとどまり、拳を固めて再び突進した。

 今度はパンチの応酬である。

 白雪は顔のガードを固めた、いわゆるピーカブースタイル。

 男は右のガードを上げ、左腕だけをだらりと下ろして距離をとるデトロイトスタイル。

 鋭いパンチが交錯し、空気を裂く音が飛び交った。薄暗がりの中でよくは見えないが、リーチに分がある男に対して、懐に飛び込むタイプの白雪は分が悪いように見える。

致命的ではないが、何発かが確実にヒットしているようであった。

 しかし、白雪が何かに気づいたように両手のガードを下ろした瞬間、男の動きが止まった。

 一瞬、であった。

 男の見せた隙を見逃さず、白雪は姿勢を低くして背後に回った。

 鋼のような右腕が男の首に巻き付く。同時に脇の下から差し込まれた左腕が、男の左肩を完全に極めた。伸ばされた左腕が苦しげに宙を掻く。


「く……やるな……」


「足掻いても無駄だ。こうなれば逃れる術はない」


 白雪に告げられ、男は諦めたようにもがくのをやめた。


「貴様の勝ちだ。だが、ひとつだけ聞きたい。何故、蹴り技を使わなかった?……どうして男の急所を狙わん……?」


「貴様も、私の顔を狙わなかっただろう? だから、こうして隙を狙えた」


「そこまで分かっていたか。さすがだな……もういい。殺せ」


 その言葉に、周囲がざわめいた。


「頭目!!」


 白雪達を囲む殺気がふくれあがる。白雪の部下たちも金属音を鳴らして身構えた。

 しかし、その様子を察したリーダーが、大声で叫んだ。


「動くなお前たち!! これは正々堂々の勝負だ!! 手を出すことは許さぬ!! 俺に恥を掻かせる気か!!」


 その一喝で、ゲリラ達の動きがピタリと止まった。


「それでいいのか? 女に負けて殺されるのは、恥では無いか?」


 白雪の問いに、男は太い笑みで応えた。


「貴様は素晴らしい戦士だ。男女など関係ない。貴様に負けたのであれば、俺はむしろ誇りに思う」


「待ってくれ白雪姫!! 頭目を放してくれ!! 殺すなら俺たちを殺せ!!」


 武器を投げ捨てる音が響く。闇の中でいくつもの気配がひざまずくのが分かった。

 白雪は声を張り上げた。


「貴様達の命などいらん!! いったい誰の差し金でこの私の命を狙ったのか!? それだけ答えよ!!」


「く……」


「答えぬか? ならばこの男には死んでもらうしかないな!!」


 白雪は部下を制しようとするリーダーの喉を絞り上げ、その声を封じている。


「……王妃殿……新王妃殿でございます……」


「なるほど……すべては義母上ははうえの仕組んだ罠、というわけか……」


「な……なんと……まさか?」


 城の兵士達の間には動揺が走り、その一方で白雪は納得したように頷いた。


「ぐ……バカな部下どもめ。俺もプロだ。情報を漏らした以上、生きてはおれぬ。殺せ」


 しかし、白雪はその丸太のような腕をゆるめ、男を解放した。


「何のマネだ!? 情けでもかけたつもりか?」


「もともと許す、という約束であっただろう。それに貴様のその力、惜しい、と思ってな」


 白雪は笑みを浮かべると、ごつい手をさしのべた。


「なに!?」


「貴様の戦闘力は大したものだ。部下の忠誠心も素晴らしい。今回はかろうじて勝てたものの、もう少しこの肉体がか弱ければ、ここに横たわっていたのは私の方だっただろう。どうだ? 私とともに来ないか?」


「しっぽを振れ、というのか!? 見損なうな」


「仕えろ、と言っているのではない。むしろ、逆だ。よければ私の師匠になってはくれまいか?」


「師匠……だと?」


「そうだ。私は肉体とパワーを鍛えることだけを重んじ、スピードや戦術を軽んじてきた。何もかも力で打ち破る戦いをしてきたせいで、戦略的な戦いにも疎い。そのせいで今回も、あたら有能な部下を何人も失ってしまった……」


「本気なのか? 俺は、その部下を殺した張本人だぞ?」


「もちろん本気だ。あれは戦の上でのこと。お互い様だ。恨みに思う方が間違っている。私はお前だけではなく、セブン・ドワーフの者達、すべてに教えを請いたい。強くなるために」


「……あんたは俺に勝ったんだぞ? もう充分に強い。それ以上強くなってどうする? 周囲の国々に攻め込もうとでもいうのか?」


「いや。この国を……国民を守りたいのだ。それだけだ」


 白雪のまっすぐな瞳をじっと見つめた男は、その目を逸らさないまま、後ろの部隊へと声をかけた。


「……ドッグ!! グランディス!! スムージー!! ガッシュフル!! スリーパー!! ハッティ!! ドーヴィー!!」


 その声に反応して、遠巻きにした部隊の中や樹上、池の中などから、七人の戦士が次々に姿を現し、白雪の前に進み出てきた。


「こいつらが各軍団の長だ。俺はセブン・ドワーフのすべてを任されている。プリンスって呼ばれてるよ」


王子プリンス? 本当か?」


「冗談みたいだろ? ま、もちろん本名じゃねえがな。それを言ったらコイツら全員本名じゃねえ」


 呵々と笑って白雪を見たプリンスは、その場にひざまずいた。

 それに続いて、七人の軍団長が、そして歩み出てきたゲリラ達全員がその場にひざまずく。


「白雪姫。たった今から、あんたが俺たちの頭領だ。ここにいる者全員、あんたのために命を張るぜ」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ