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田舎の朝は、とにかく早い。
時計なんて高価なものは持ち合わせない村にとって、陽の出や傾きが時計の針と同じなのだ。
夜を色濃く抱く森が、朝焼けの僅かな気配に染まり出す。
因みにだが、現時刻は4時23分。
朝を告げる鳥たちがまだ夢の中にいる頃、山の間から太陽が滲む頃には、村人の1日が始まる。
あちらこちらの家から生活音が溢れ出し、朝食の支度の煙が上がる。
ここはキノエ村。
山間部に位置し周りには他の村も街もない、人口2000人程の小さな村である。
これと言った特産品は無いが、四方を山に囲まれている為、農産物や山の幸には事欠か無い。
この村での主だった仕事は、農業に林業、そして狩猟となる。
贅沢こそ出来無いが、それでも平和で笑顔の絶え無い村だ。
今日も明日も明後日も。
変わらず繰り返す、そんな村だ。
そんな村の中でも東側、朝の気配を村の誰より早く気付く森に面した一軒の家。
その隣に面する畑にて。
「芽が出たぁああぁぁ!」
綺麗に整えられた畑の一角、ガッツポーズにて天に咆哮、もとい歓喜の声が上がる。
年の頃は、15、6といったところか。
夕陽の光を紡いだかのような赤銅色の髪と、森の深緑を溶かしたかのような双眸。
少女のように、だが僅かに薄いふっくらとした唇。
幾分細身ではあるが、ひょろひょろといった印象は無い。
均整の整った肢体に甘いマスク。
発展途上ではあるが、将来きっと甘いマスクで女性を虜にするであろう、いわゆる美少年だ。
その少年が、奇声、もとい歓喜の声をあげている。
これが真昼間だったり、もっと人の多い場所だったりしたら・・・目も当てられなかっただろう。
幸いと言うべきか、今この場には少年1人だ。
とはいえ、少年が気にしたかどうかは、また別の話とする。
青々と葉の育つ畑は、少年の立つ一角のみ、地面の覗いた状態だった。
その足元、極々小さな双葉がちらほらと芽吹いている。
ともすれば、すぐに枯れてしまいそうなか弱いそうな双葉だが、少年には待ちに待った奇跡の発芽だった。
朝露を浴びて、キラキラと芽は輝いていた。
「はぁあぁあぁぁぅ・・・」
地べたに張り付き、熱い吐息交じりに出たばかりの芽に釘付けになる。
畝に頬擦りする勢い、いや、頬擦りしながら。
よほど嬉しいのだろう。
尻を突き出し、フリフリと左右に揺れる。
いくら将来有望な美少年だろうが、残念スタイルだ。
と。
「ヘ・ン・タ・イ・か!」
「へぶっ⁈」
ずだむ!
小さな足が、少年の後頭部に勢い任せに炸裂する。
勢いのまま、綺麗に整えられた畝に埋没した。
だが、そこは意地と根性か。
か弱い新芽は、見事避けて見せた。
こんな事する人物を、少年は1人しか知ら無い。
ぐぎぎぎぎと、擬音が聞こえてきそうなほど腕に力を込め、腕の力だけで足の力に抗う。
僅かに、本当に僅かに顔が土から浮く。
「セ、セレーネ・・・?」
半分ほど土に埋もれたまま振り返れば、登り始めた太陽を後光のように背負った少女が、汚物でも見るように目を眇めていた。
セレーネと呼ばれたのは、小柄な少女だ。
春先の太陽の光を紡いだような輝く金髪が、サラリとそのしなやかな大腿の辺りで毛先が揺れる。
クセも何も無いまっすぐな金髪は、少女の性格を表すかのようだ。
少年を睨みつけるその双眸はハチミツを溶かし込んだかのような琥珀色。
気の強さを物語る様に、大きな瞳は眦が僅かに上がっている。
まろい頬を辿ればふっくらとした桜色の唇。
年の頃は12歳くらいから15歳くらい。
背の丈もその他も、発展途上だ。
着る物と髪型が違えば、少年と言っても充分通用する。
美少女なのだが、醸し出す雰囲気が全てをぶち壊しているのだ、残念極まりない。
「あ、足どけて・・・!」
埋没と脱出を器用にも細かく繰り返しながら、非難よりも懇願する。
相変わらず、頭の上にある足はぐりぐりと力が加えられていた。
聞く気はないらしい。
「シエロ。私、言ったよね?」
「うぶっ⁉︎」
少年シエロの懇願を力づくで黙らせ、可愛らしい口元に獰猛な笑みを履く。
琥珀の双眸が、カケラも笑って無い・・・!
「新種の開発をするなとは言わ無い。むしろ歓迎だ。けど。」
体感温度がぐんっと下がった気がした。
パリリ・・・と、青白い閃光がそこかしこで火花を散らし始める。
「セ、セレーネさん・・・?落ち着いて・・・?」
ヤバい、と本能が悲鳴じみた警告を発する。
発するが、シエロには対処方法が分からない。
「毎度毎度、発芽する度!枝をつける度!花をつける度!実をつける度‼︎」
ヤバいヤバいヤバい!
帯電の量が増えていく。
なんの揶揄でもなく、バチバチと。
「ヘンタイ行動を取るなー!この、ヘンタイ紳士ー‼︎」
「ギャアあああぁあアあ⁈」
この日、快晴の朝一番。
村の東側に、特大の雷が落ちたのだった。