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セカンド・クエスト  作者: 桜片 凪
序章 追憶
1/3

1

俺は忘れない。

大好きだったその人を。

その声も、仕草も。

繋いでくれた手の温もりも、撫でてくれた優しいその手も。

たった一人の家族を。

そして、小さかった自分の無力さを。






最後の時を迎えていた。

長い長い、苦難の道を越えて。

ようやく辿り着いたのは、魔王と呼ばれる敵の根城だった。

数多迎え撃つ奴の配下を打ち破り、味方も自分も、既にボロボロだった。

だが、引けない。

人類の敵、悪の親玉。

勇者に選ばれてしまった以上、魔王は討伐しなければならなかった。

ただの少女だった自分が、まさか剣を携え魔物を狩り、魔王と対峙する事となろうとはほんの6年前には思わなかっただろう。

そして。

少女だった勇者は、魔王に剣を向けていた。

その瞳に涙を浮かべて。

既に言葉は尽きていた。

既に心は尽きていた。

なぜなら、すべては遅すぎたからだ。

思い出の中に答えを求めても、どうにもならない。

もっと早くに気付けていたら。

否。

旅を始めてすぐに教えてくれていたならば。

否。

もっと前だ。

勇者に選ばれるよりも、その前に。

いや、そんな事は言っても栓がない。

どう足掻こうとも、既に時は流れ、今に至ったのだから。

きっと違う道はあった。

結末は同じでも、心は違う道は、あったはずだった。

だが選んだのはこの道で、この有様で。

だから、少女は唇を噛み締めて魔王と対峙する。

全てを諦め。

全てを受け入れ。

駆け巡る思いを、想いを、押し込めて。

慈愛に満ちた笑みを湛え、静かに両手を広げる魔王へと。

剣を向けたまま、体ごと、飛び込む。

さながら、恋人のように。

貫く感触と、呻きと共に吐き出された吐息に涙が決壊する。

香りが、鉄臭いそれに取って代わり、温かく手を濡らす。

命の残り火が消えていくのを肌で感じるが、抗いようもなく。

自分を刺した勇者を魔王は、静かに見下ろしていた。

葛藤に溺れて、涙にあえぐ小さな少女を。

腕の中で静かに嗚咽する勇者の耳元に、魔王が囁く。

口元から溢れる赤い雫が、勇者の肩口を濡らす。

優しい優しい、囁きの遺言。

最期の吐息まで囁き切った魔王は、そっと勇者の頬を撫でた。

弾かれたように顔を上げるその瞳に映ったのは、笑みを刻んだまま力なく倒れていく魔王の姿。

反射的に抱き止めようとしたその手に。

魔王の体は粒子となった。

キラキラ、キラキラと。

粒子は留まる事なく霧散した。

何一つ残す事なく、そこはもぬけの殻となった玉座のみ。

ガシャンと、刺さる事で支えられていた剣が床に落ちた。

静寂が一瞬訪れ、喪失を突き付ける。


「・・・ぁぁあぁああぁぁぁぁああァあああアああアアア!!!!」


悲痛な悲鳴が木霊する。

仲間たちは涙しながら、静かに黙祷した。

それ以外、どうする事もできなかったから。

勇者にかける言葉も、彼らは持ち合わせてはいなかったのだから。






その日、魔王は討ち滅ぼされた。

歴代最悪と言われた魔王は、勇者による攻撃に成す術なく討伐された。

数多の犠牲はあった。

だが第32代勇者、初の女勇者による討伐は、成就した。

こうして世界は、一時の安寧を得たのだ。

・・・史実にはそれのみが、残されている。

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