リオ
拝啓、母様。
冬の寒さが染みるこの頃、いかがお過ごしでしょうか?
ぼくは今、裁判官のブタを詰るような瞳に睨まれています。
死刑執行ですか?まさかの死刑執行ですか?
犯る気はなかったんです。終身刑、いや執行猶予付きの釈放でもいいんじゃないでしょうか?
バーロー、鍵もつけずに中で着替えてるお前だって悪いじゃねえか。はい、論破ァ。
え?反省の色が見えないですか?許してください、もう悪さはしません。
故郷のおっかあに誓います。時に司法取引に応じてでも保身を計らなければなりません。
なぜなら法律は法を守ってもぼくを守ってはくれないからです。
だからかつ丼を出されても、ぼくは心の中心で無罪を叫びます。
それでも、ぼくはやってないんだと。
追伸
女の子の着替えを見てしまうのは、悪でしょうか。
見たいものも見えないこんな世界の方が間違っているのではないでしょうか?
もしも母様が女の子の着替えを見てしまったときの責任の取り方、対処方法など御存知でしたら
そっと愚息に教えてもらえると幸いです。
それではお体ご自愛下さい。
敬具
「そなた、先ほどから何を惚けておるのじゃ?」
「あ、うん。なんでもないよ、さっきはごめん。まさか着替えの最中だと思わなくて」
現実逃避をしていると目の前の少女に窘められる。
長くて綺麗な黒色を靡かせる少女。
先日犬狼達の群れからシオンが救い出した少女だ。
小さく愛くるしい外見だが、その目には負けん気の強さが見て取れて気弱な印象は一切感じない。
あの時は服もボロボロで小汚い印象を受けたが、今では粗末だが小綺麗な服を身に纏い
身体からも旅でついた汚れが洗い流されている。
「普段なら絶対に許さぬ。八つ裂きにした上で、魚の餌とするところではあるが犬畜生どもから
助けてもらった恩義もあるでな、此度の粗相は水に流してやることにする。
妾の素肌を見られるなど、そなたも果報者よの」
古風な女の子だなあ、しゃべり方も変わってるし、あと着替えを見られただけで魚の餌とか普通に怖いし。
うんうんと頷く少女にシオンは冷や汗を流した。
「さて、改めて礼を言うぞ。妾の名は神楽耶リオ。ここより遥か東の島国から旅をしている途中、ここに辿り着いたのじゃ」
「あ、はじめまして。ぼくの名前はシオン。このドンレミ村に住んでるよ、よろしくね」
なんだ。なんか変な女の子だと思ったけど意外と普通じゃないか。
身構えていた肩の力を抜き、ほうっと一息つく。
「……えっとぼくの顔に何かついてる?」
そんなシオンの顔を覗き込むように、リオはその強い瞳でじーっと視る。
うわぁ、リオの目ってすごく澄んでて綺麗だなあ。
女の子に間近で見つめられたことのないシオンは内心ドギマギしながら
知らず知らずの内にリオの目を見つめ返す。
その見る者を吸い込んでしまいそうな髪と同じ色合いの瞳と見つめ合うこと数秒。
シオンの決して長くない人生の中で一番長く感じた時間を経て、リオは満足したように元の位置に戻った。
「うむ。やや力弱いが勇気を底に秘めた良い眼をしておる。妾の目から瞳を逸らさぬのは己自身に
後ろめたいところを何一つ持っていない証じゃ」
「えっと褒められてる……のかな?」
「無論。これ以上ない称賛よ。その小さき体で、敵に立ち向かう胆力。誠に天晴れ!
近頃のおのこはみな、偉そうなだけで骨のない腰抜けぞろいと思ったがなかなかどうして、悪くない。
よし!気に入ったぞ!そなた、妾の友達になるがよい」
うわぁ、この子……すごいや。
会ってから僅かな時間話しただけなのに、シオンの心は少女に鷲掴みにされていた。
ニッと笑うリオの姿に、シオンは心の高鳴りを感じる。
誰かにこんな褒められたことが今まであっただろうか?
誰かの言葉がこれほどうれしいと思ったことがあっただろうか?
しかも今、自分を褒めてくれているのはとても可愛い少女なのだ。
こんなの、嬉しくないはずがないじゃないか。
「ありがとう。なんだろ、すごく嬉しいや」
「そうであろうそうであろう。妾の友達になれる者などそうはおらんからの」
照れ隠しに頬を掻きながら俯くシオンに、なぜか鼻高々と胸を張るリオだったが
不意に佇まいを正して真剣な面持ちに変わった。
「ときにシオン。妾の手荷物を知らぬかの?黒で塗り潰された籠手なのじゃが」
「籠手?あー、うん。確かリオが襲われてた場所で散乱してる荷物の中にそんなのあった気がするなあ
薄紫色の布かなんかに包んでたやつであってるよね?」
シオンは記憶を掘り返しながら答えた。
リオを助け起こした時にたまたま視界に入っていたのでよく覚えている。
「そうそうそれじゃそれじゃ、してそれはどこにおいてあるのかの?あれは大切な物なのじゃ」
「え?ないよ?」
部屋をきょろきょろと見渡すリオにぼくは無残な現実を告げた。
「……ふぁ?ない?ないとはどういうことなのじゃ!」
「ぼくだって大切なナイフも投げ出して着の身着のままで命からがら逃げ出したんだよ?
リオの手荷物を回収してる暇あるわけないじゃないか」
散乱した荷物が餌になってくれたおかげで逃げ切れたのだ。
あの場所で荷物を回収するのは登山に出掛けて命綱を自分で切り落とす行為だったのだから仕方がない。
しかし荷物がここにないと分かった瞬間、今まで自信に満ち溢れたリオの表情が年頃の少女のように
今にも泣き出しそうな、か弱い物になった。瞳いっぱいに溢れた水分が二筋の涙となって零れだす。
「どうしよう?妾はどうすればいい?あれは妾の命よりも大切な物なのじゃ、失くしては絶対にいかんのじゃ」
胸倉を掴んで懸命に訴えるリオに気圧され、シオンは考える。
犬狼たちはきっと自分たちの荷物を森にある巣穴へと持ち帰っただろう。
なら、そこへ行けばきっとリオの探してる籠手はある。
「分かった。ぼくに任せてよ!きっとリオの大切な物を取り戻して見せる」
「ほ、ほんとうか?」
「もちろんだよ、でもその代わり一つ約束して欲しいんだ」
「なんじゃ?妾に出来ることならなんでもするぞ!」
シオンはリオの目元に手を伸ばし、さっと涙を指で拭った。
「……泣かないで欲しいんだ。誰かが隣で泣いてるのってすごく辛いからさ」
「ぐすっ、分かったのじゃ!妾はお前の前ではもう泣かぬ、だから助けてくれシオン!!」