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そうだね。ぼくが悪かったと思うよ

『グヌヌ、イヌめ。あと少しだったノニ』


夢の中、影が呻いた。

焦れるようにイライラを募らせる声に違和感を感じる。

何故だろう?夢の産物に過ぎないはずの影を妙に身近な存在に思うのだ。


『まあイイ。チャンスは必ず巡ってクル』


その時、実態を持たないはずの影から睨みつけられたような気がした。


『森ダ。我ハそこにイル』


その言葉を契機にぼくの意識がゆっくりと覚醒していく。

影は視界からどんどんフェードアウトしていき、次にシオンの視界に映ったのは光射す窓だった。


「ん、あ。もう朝か」


眠気で下がる瞼をごしごしと擦りながら昨日の出来事を思い出す。

アスガルドも母様もぼくを心配して言ってくれたのに感情的になりすぎた。

一晩思いっきり泣いて、いくらか気持ちが晴れると今度は悔恨の念が浮いてくる。


「やっぱり、謝ったほうがいいよね?」


いくらなんでも言い過ぎた。

頭を下げれば根の良い二人のこと、きっと許してくれるはず。

ベッドから腰を上げて居間に移動する。

しかし母様の姿はどこにもない。

外にいるのかな?ぼくは外着を羽織って家の外に出る。

大雪から三日も経ったので、道はすっかり雪を除かれて土色が伺えるようになっていた。


「母様、おはよう!」


「シオン。起きたのね」


家の外で、母親が落ち着かない様子でウロウロしていた。

何をそんなに慌てているんだろうか?


「体調、もう大丈夫?」


「うん、もうすっかり。昨日はごめんなさい、母様もアスガルドもぼくのこと心配してくれただけなのに

怒鳴り散らすような真似しちゃった」


「いいのよ。あなたさえ無事なら私はそれで」


ぼくは自分の言動を恥ずかしく思い、頭を下げる。

母様はそんなぼくを優しく抱きしめてくれた。

とても良い香りが母様から匂ってくる。

それはお日様みたいに暖かかった。


「アスガルドさんから伝言よ。

シオンが助けた女の子が目を覚ましたそうよ」


「わっ!?本当?それならすぐにお見舞いに行かないと」


あの女の子が目を覚ましたんだ。良かったぁ、せっかく助けに入ったのにダメだったら

どうしようかと思ったよ。命に別状はないのはアスガルドからもう聞いてたけど。

あれ?でも伝言ってなんだろ?


「母様、アスガルドは薬屋にいないの?」


「ええ、犬狼が氷の泉近くに出たって話を聞いてアスガルドは犬狼が森の縄張りから出てくるのは何か異変が起こってる可能性がある。

すぐにでも森に調査を入れるべきだって村長に陳情をしに行ったの。

でも雪が積もってそれを取り除くのに時間がかかるから、今すぐには無理だって村長も言ったんだけどね。

アスガルドったら何かあったら遅いって言って斧をかついで一人、森に入って行っちゃったのよ。

私もう心配で心配で」


「大丈夫だよ。母様、アスガルドは元兵士なんだよ?そこらの犬狼程度にやられたりしないさ」


「そうね。そうだったわね。私ったら心配しすぎかしら?」


「母様は心配性だからね。ぼくはこのまま薬屋にお見舞いに行くよ、母様はどうするの?」


「せっかくだし、今日の夕飯はお鍋にしましょうかしら?アスガルドにその女の子も呼んで

鍋パーティーしたら楽しそうよね」


「それは良いアイデアだよ!きっとアスガルドも喜ぶ」


アスガルドはその巨躯に見合った大食いだし、母様の手料理も実に美味しそうに平らげる。

調査に行ったアスガルドにこれほど見合う慰労もないだろう。


「じゃあぼくはお見舞いに行ってくるよ。夕飯までには女の子を連れて戻るからね」


「分かったわ。私もアスガルドさんに負けないように腕によりをかけてお料理しなくっちゃ」


シオンはそこで母様と別れて薬屋へと向かう。

あの時は犬狼から逃げるので精一杯だったため、少女とまともにしゃべることはなかったが

どんな娘なんだろう?この近くで見たことのない少女だが、どこから来てどこへ行こうとしているのか。

何をしようとしているのか?シオンの頭は少女への好奇心で満たされていた。


「出来ればいっぱいお話して、仲良く出来たらいいな」


少女はこの村に来たばかりで自分の悪評なども聞いたことがないはずだ。

相手次第では母様やアスガルド以来の話相手になってくれるかもしれない。

知らず知らずの内に速く走っていたため、あっという間に薬屋についてしまった。

人間関係は第一印象が大事だ。決して粗相のないように細心の注意を払わないと。


「こんにちは、シオンって言います。はじめまして」


「はじめまして、あなたが私を助けてくれたんですね。本当にありがとう」


「いえいえ当然のことをしたまでですよ」


「なんて勇敢で慎まやかなお人。私と友達になりましょう?」


よし!この流れだ。少女と対面してから繰り広げコミュニーケーションを完全にトレースする。

ボキャブラリーの準備は万全だ、後は野となれ山となれ。

ぼくは呼吸を整え、意を決して扉を開けた。


「えっ?」


そこにはとても綺麗な女の子が居た。

黒水晶を削り出したような艶やかな髪の毛。

白磁のようにきめ細やかな透き通った肌。

人形のように小さく整った端麗な顔立ち。

その愛くるしい瞳の中に負けん気の強さが滲み出る目つき。

そんな絶世の美少女と呼べる少女が、半裸になって着替えをしていたんだ。

……どう見てもあかん奴ですこれ。


「不埒者!!今すぐ出ていけ!!」


「うわぁあああごめええええん!!」


少女が手元にあった物を見境なく放り投げてくる。

ぼくはそれを背に受けながら戦略的敗走を選んだ。

教訓、注意を払うのは人に会ってからじゃ遅いんだ。

勝負は戦う前には既に決まっているんだね。

そんなこと、もっと早くに気付けば良かったよ。

シオンが家の外に放り出され、入ることが許されるのにしばしば時間がかかったことは言うまでもない。

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