なんで?
「う、ん?」
目を覚ますと見知らぬ天井が広がっていた。
あれ?ぼく何してたんだっけ?
「起きたか?シオン」
「ここはどこ?」
「オレん家のベッド。お前、あれから丸一寝てたんだぜ?身体は大丈夫か?どっか痛む場所は?」」
アスガルドがベッドの横の椅子に腰かけて、こちらを心配そうに伺っていた。
妙に痛いと思ったら身体中に包帯が巻かれている。
そうだ。ぼくは犬狼に襲われてる女の子を助けに入って、ここまで背負ってきたんだった。
それで何とか薬屋まで辿り着いて、そのまま気絶しちゃったんだな。
「そんなに寝てたのか。母様にも心配かけちゃったな」
「ああ、お前が運び込まれたって聞いてすっ飛んで来てな。
ボロボロ泣いてたよ。後で説教は覚悟しとけ」
「うへぇ」
怒ると怖いんだよなあ、母様。
「……女の子は?ぼくよりひどい怪我をしてたんだ」
「嬢ちゃんも酷い傷を負ってたが、命に別状はねえよ。
ただ疲労が溜まってたのか運び込まれたときは熱が出てた。
もう下がったし、しばらくすれば目が覚めるだろ」
アスガルドが隣のベッドを指さすと、そこには一人の少女が寝かされていた。
すぅすぅと寝息を立てながら、ベッドに横たわる様はどこか作り物みたいに
綺麗で、お伽噺に出てくる眠り姫みたいだった。
「良かった。助かったんだね」
「シオン。そろそろ話してくれ、何があった?
お前らなんであんなにボロボロになってたんだ」
それからぼくは事情を説明する。
ハシバミ草を取りに森へと向かっていたこと。
その途中、氷の泉近くで犬狼達の群れが少女を襲っていたこと。
それを助けるために犬狼達の中に飛び込んでいったこと。
ファキ達にコテンパンにされたのだけは恥ずかしくて言えなかったけども。
ぼくの話を遮ることもなく、アスガルドは黙々と頷いて聞いていた。
最後に少女を背負ってここまで来たことを話すと、アスガルドが口を開いた。
「シオン。そんな馬鹿なこと、二度とするな」
しかしアスガルドの反応は冷ややかなものだった。
シオンは予想外のアスガルドの反応に驚愕する。
「なんで?ぼくは困ってる人を助けただけだよ?なんで怒られなきゃいけないの?」
そうさ。目の前に困っている人がいたら助けるのは当然だろ?
みんなだっていっつもそう言ってるじゃないか。
「上手くいったから良かっただけだ。それでお前が死んでどうする?
お前が死んだらアルマリスさんは悲しむだろう」
「……母様やアスガルドに心配をかけたのは悪かったよ。謝るよ。
で?じゃあぼくはどうすれば良かったの、この子を見捨てて逃げれば満足?
そんな格好悪いの、絶対嫌だ!!」
「いい加減にしねえか!!」
パシンと頬を張る音が部屋に鳴り響く。
頬に伝わる熱い感覚。
アスガルドに頬を思いっきり引っぱたかれたのだと分かった。
「なぁ、シオン。お前は知ってるよな?オレがお前の父親が率いる部隊の隊員だったこと」
知ってる。アスガルドが父の部隊にいたことも、だって父の戦死を教えに来てくれた人は
他の誰でもないアスガルドだったんだから。
「お前の父親は滅茶苦茶強かった。
そして誰よりも勇敢な人だった。
だから実力に劣る隊員を庇って、魔物の囮になって……死んだ」
アスガルドが昔を思い出すように目を遠くする。
思い出すのは前回の百年戦争で危地へと進んで乗り込んだ
シオンの父の後ろ姿だった。
「俺は今でも思う。あの時、俺がもう少し強かったなら隊長と一緒に戦えたかもしれないって
勇気を振り絞って、あんな数の魔物ぐらい倒せるって隊員全員であの場に残るべきだったかもしれねえって
それができねえならいっそ尻尾撒いて全員で逃げるべきだったかもしれねえってな。
生き残った奴は、死んじまった奴のことを思い出しては悔しい思いをしたんだ」
出来ることなどいくらでもあったのに、結局自分は何もしなかった。
いくら悔やんでも取り戻すことのできない失態だ。
だからせめて、アスガルドは隊長の忘れ形見だけは守らねばならないとこの村に住みついた。
従軍している際に身に着けた薬師の知識を生業にして。
「シオン。困ってる人を助けるのは良い。
でもそれでお前が死んじまったらダメだ。
残された奴も助けられた奴も、一生の悔いを残す」
ポンと諭すようにアスガルドはシオンの頭を撫でる。
「うるさい!アスガルドだけは褒めてくれると思ってたのに。
頑張ったなって言ってくれると思ってたのに!
もういい、アスガルドなんて知らない」
「あっ、おい!?」
しかしシオンはアスガルドの手を振り払って
静止の声も聴かずに薬屋を飛び出した。
家に帰ってそのまま布団にダイブする。
「シオン!心配かけて、何があったの?」
「今、誰とも話す気分じゃないから今度にして!」
母様も追い出してシオンは一人、枕に顔を埋める。
「頑張ったのに、なんで誰も褒めてくれないんだろ。
やっぱりみんなぼくのこと嫌いなのかなあ?」
シオンは悔しさに枕を濡らしながら、眠りについた。