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雪合戦、唸れ大亜主水雫《ダイアモンドダスト》

アズガルドと別れたシオンは、アクシデントに見舞われてロスした時間を

取り戻すべく早歩きで塾までの道のりを踏破した。

村の外れにあるこじんまりとした質素な家がシオンの通う塾だ。


「おじゃましまーす」


シオンは扉を開けて塾の中へと入っていく。

この塾は、ミラという既に還暦を過ぎたお爺さんが一人で切り盛りしている

塾だ。ミラ先生は若いころは行商の仕事をしていて、各地の特産品を

売り歩いてはその利潤によって日々の糧を得ていた。


『儂も年だしのぅ……』


仕事は順風満帆であったが、ある時を境に身体が徐々に追いつかなくなっていき

ミラ先生のご子息が一人立ちしたこともあって、行商の仕事を息子に引き継ぎ

自身は行商で培った経験と知識を武器に、この村の先生として

第二の人生を歩み始めたのだ。

塾といってもこの小さく貧しい村にいる子供たちは大人の仕事の手伝いもあって

毎日授業を受けられる訳ではない。

なので、塾が開かれるのは3曜日と7曜日の週2回。

村の小さな子供を二組に分けて簡単な数字の計算などを教えてくれている。


「……おはよう」


早速塾の敷居を跨いで教室に入ると、ぼく以外の生徒は全員が揃っていた。

形式的に挨拶をするが、返ってくる挨拶はない。

見ればファキが教室の真ん中に陣取りながら入ってきたぼくを睨んでいた。

面倒ごとを避けるため、素知らぬ顔をしてぼくは自分の席に座る。


「おい!」


無視されたのがご立腹なのか、ファキが詰め寄ってくる。

周りの子供達はファキの取り巻きか。

そうでない子供はファキを怖がって何も言えない。

シオンの味方はどこにもいなかった。


『ほーい、ガキども揃っとるかー?』


しわがれた声と共にミラ先生が教室に入ってきた。

蓄えた自慢の白髭を撫でながらぐるっと教室を見渡し、ぼくたちに目を止めた。


「ファキ、何しちょる?とっとと席に座らんかい」


「……分かってますよ、ミラ先生」


またしてもファキは拳を振り下ろす機会を失ってしまった。

踵を返して自らの席に戻るファキを見てシオンは安堵する。


「そんじゃあ出席取るぞー。呼ばれた奴は元気よく返事せいよ」


ミラ先生が名簿を見ながら点呼をはじめる。

生徒は両手で数え切れるくらいしかいないのに、点呼をやる意味が果たしてあるんだろうかと疑問に思うものの、ミラ先生は大切なことだからと怠ったことは一度もない。


「最後にシオン。そこにおるな」


「はい!おはようございますミラ先生。昨日はすごい雪でしたね」


「おう、いつも元気いいの。よいぞよいぞ子供は笑顔が一番じゃ。

積もって雪かきが大変じゃと息子も嘆いておっての、若い癖に情けない。

お主らの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいの」


カカカと笑うミラ先生は、齢60を超えた爺さんだというのに

衰えを感じさせない気骨のある人だ。

これも行商で培った体力の成せる業なのだろうか?


「さて、ネルム譲とガロ坊は欠席か。ネルム譲は体調不良、ガロ坊んとこは

親が腰を悪くしとるんで雪かきの手伝いか。

寒くなってきたで、体調崩さんようにだけ気いつけるようにの」


「先生!今日はどんな授業するんですか?」


目をキラキラさせて、尋ねるのは意外にもファキだった。

勉強嫌いのファキがこのような積極性を見せるなど稀なことだったので

シオンは驚愕に襲われる。

明日は雪の代わりに槍が降るんじゃないだろうか。


「ふむ、予定では算数の問題を解いてもらうつもりじゃったが」


ミラ先生は期待の視線を受けてもったいぶるように髭を撫でる。

ゴクリと教室にいる子供たちが息を飲んだ。


「せっかく雪が積もったのじゃ。今日は外に出て雪合戦するぞおおお!!」


高らかに上げた体育宣言に、子供たちはわぁっと歓喜の声を上げた。

その中で、一人だけ、ぼくのみが肩を落とした。

声に出して言うつもりはない。

ただ、ただ切実に雪合戦より算数の方が良かったのだ。

寒い空の下で遊ぶことが嫌いだからじゃない。

机に座って勉強するほうが好きなんてお利口でもない。


『ほら、やっぱりこうなった。もうやだぁあああ!!』


かくして授業は突然の課外授業。

生徒8名による雪合戦ロワイアルが始まった。

雪合戦は良い。それ自体は面白いものだと思う。

雪玉を作り、陣地となる壁を作り、いかに敵に弾をぶつけるか

競い合うのはきっと楽しいのだろう。

……周囲の子供全員からターゲットにされるなどという状況でなければ。


「オラオラオラオラオラぁあああ!!」


雪玉を大量に抱え追走してくるファキの魔弾を華麗に避けながら

シオンは走る。寒さに負けず雪にも負けず、俊足の足さばきを見せる。

全員が敵に回る。裏を返せば誰にも裏切られる心配がないということ。

レッツポジティブシンキング。もう何も怖くないわ。


「くそっ、あいつ避けるのだけは無駄に上手いな」


「へん、ファキの投げるひょろ球なんかには当たらないよ!」


「お前ら!なにやってる、数で勝ってるんだから囲んで潰すんだよ」


「「お、おう!」」


ファキの号令に取り巻きが逃走ルートを潰すように雪玉を投射してくる。

少ない手持ちの雪玉を投げ返すが、弾数が違う。

向こうは専門の雪玉作成要員がいるのに対してこちらは一人なのだ。

戦いに最も重要なのはユニットの強さではなく、補給線の太さなのか?


「はっはぁ!追い詰めたシォオオオオン!!」


取り巻き達の援護射撃に逃げられる場所をどんどん奪われていく。

今の状況は例えるなら袋小路に追い詰められた鼠だ。

シオンは追い詰めたファキは高らかに笑い声を上げながら、シュバッと両腕をクロスさせる。


「あ、あれはまさかファキ様の!?」


「……シオン。積んだな」


取り巻きのシトとボーシェが、雪玉で逃げ道を封鎖しながら呟く。

あの構えをシオンは身を持って知っている。実にこれまで何度も何度も体験しているのだから。


「うわぁああ馬鹿よせやめろぉおお、何する気だお前!!」


冷笑で答えるファキ。

見る見る内に腕に集まる青い光は、やがてそのおぼろげな形を変えた。


【雪の紋章よ。彼の者を凍てつく水の結晶にて、押しつぶせ!】


紋章。人が奇跡を起こすための魔法機関を作動させたファキは集めた力を雪に変換する紋章術が使える。

ファキはこの雪を操る力を使って自分の頭上に巨大な雪だるまを作ったのだ。


【唸れ、大亜主水雫ダイアモンドダストぁおおお!!】


ファキの怒号と共に振り下ろされる両腕。

頭上で作られた雪だるまが腕に連動して倒れ込んでくる。

あ、ダメだ。これは当たる。


「うわあああああ!?」


ドンと巨大な雪だるまに押しつぶされるシオン。

雪の質量が容赦なくシオンの身体を押しつぶしていく。


「決まったぁあああ!?氷雪系で最も格好良い必殺技名と呼ばれる

ファキ様の紋章術!!」


「……大亜主水雫ダイアモンドダスト!!直撃だな」


シトとボーシェがファキの勝利を諸手を上げて称える。

紋章術をぶっぱなしたファキからは疲労が伺えたが

その表情には嗜虐的な笑みが浮かんでいた。


「これに懲りたらもうオレ様に偉そうな口利くんじゃねえぞ弱虫シオン!」


ペッとファキは唾を吐きながら言い捨てる。

取り巻き達もそうだそうだ、シオンの癖にナマイキだぞと囃し立てた。


「……もういいや。こんな弱虫放っておいてオレらだけで雪合戦しようぜ!」


ファキは取り巻き達を引き連れ、遊び場へと戻っていく。

残ったのは全身雪塗れになったシオンだけだった。


「くっそぉおお!くっそぉぅぅ……。

ぼくにも紋章が使えたら、あんな奴ぶっ飛ばしてやるのに」


ガシガシと雪の大地を殴りながら自分の紋章を見る。

いつも通り、シオンの紋章には何の輝きも宿ってなかった。


「お前、どうやったらぼくに力を貸してくれるんだよ」


恨み言を黒の紋章に投げつける。

一体いつになったらこの紋章はぼくの力になってくれるんだろう?

一体いつになったらぼくはファキ達を見返してやれるんだろう?


「帰ろう。服も濡れちゃったし」


シオンは雪を払いながら、持ってきておいた荷物を回収するとトボトボと

家に向かって歩き始めた。遠くからはファキ達が楽しく遊ぶ声が聞こえてくる。


「羨ましくなんかないぞ。羨ましくなんか……」


流れる涙を拭いながらシオンは歩き出す。

次こそは、次こそはと己を奮い立たせながら。


「引き返した方が早く帰れるけど、今日は森を迂回して帰ろう」


来た道を戻るとファキ達のいる場所を通らなければならない。

でも、シオンの自尊心がこの顔を誰かに見られることをよしとしなかった。

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