忍び寄る夢の影
夢ってなんだろう?
先生に将来何になりたいか。
そう言われるのはどんな場所どんな時代でも変わらない。
なんで大人は子供の将来について聞くの?
季節が既に冬期へと入り、肌寒い日が続くとある晩のことだ。
ぼくは母様に聞いたことがある。
母様は暖炉に火をくべながら、趣味の手編みをしているところだった。
「大人になるとね、いろんなことがあるの。日々を過ごすにつれて降り積もる雪みたいに
大切なことや、譲れないことが増えていく。でもね、時間だけは儚く溶けていくの」
母様は編み棒を机に置くと、窓の外に視線を向けた。
今日は一段と冷える一日で、外から吹き付ける風がかたかたと窓を揺らしている。
「子供のころは雪が積もったら何をしたかしら?
お友達と雪玉をぶつけあったり、雪だるまを家の外に作ったりしたわ。
でも大人になるとそんな楽しいことはなくなって、雪かきの準備に追われる。
重い雪をかき出して、ふと横で寒さに負けず風にも負けず元気に遊びまわる子供を見て
私たち大人はこう思うの、ああこの子は将来どんな大人になるんだろってね」
窓の外を見つめながら明日は積もりそうねと母様はつぶやいた。
「ねえ、シオンには夢ってあるかしら?
将来、どんな大人になりたい?」
母様はベッドに入り込んでいるぼくを見てそう言った。
「んー、母様みたいな優しい人になりたい!」
「ダメよ、シオン。気持ちは嬉しいけど、あなたは男の子なんだから強くならなくちゃ」
「ぼく、強い人って苦手。強い人はいつもぼくを馬鹿にするから。お前は紋章も使えないおちこぼれだって」
もう10を数える年になったというのに自分は未だ魔法が使えない。
紋章。人が奇跡を行使するための魔法機関。
無力で脆弱だった人間が襲い掛かる強靭な敵に対するため、いにしえの賢者マーリンが生み出した秘術。
人体の一部分に寄生し、人が人を超越するために必要な英雄の資格。
幸か不幸か。その紋章がぼくの右手にも顕れた。
「はぁ、使えないくらいならないほうがマシだったのに」
念じれば紋章は黒い輝きを見せてくれるが、何か起こる気配はない。
先生は発動してるから、何か意味があるはずだって言ってくれるけど
ぼくはぼくの魔法を一度も見たことがない。
目に見えないならないのと同じ、紋章を持ってる癖に役に立たないクズと
同い年の子供達からは馬鹿にされても、何も言い返せない自分。
ぼくにはこの黒い紋章がなにかの呪いなんじゃないかとさえ思っていた。
「……今はまだ魔法が使えなくても。
いつかシオンにも必ず紋章が開花するときがくるわ。
そのときになったら、どうだ?僕の魔法はすごいだろ!って言い返してやるのよ」
力強く励ましてくれる母様を心配させまいと、ぼくはわざとらしく笑顔を作って見せた。
「うん!ぼく、頑張るよ。頑張って魔法が使えるようになる!そしたら、お友達もいっぱいできちゃうかもだよね?
お友達が出来たら、家に遊びに誘ってもいい?」
「もちろんよ。その時はお母さんが腕によりをかけておいしい料理食べさせてあげるんだから」
「わぁー。それならみんなきっと喜ぶよ。母様の料理はほっぺが落ちるぐらいおいしいからね!」
いつか訪れるかもしれない日を想像して胸が高鳴る。
母様とぼくとぼくの友達が仲良く食卓を囲む風景を幻視して頬が緩んだ。
友達かぁ、いいなあ友達。ぼくにも一緒に遊んでくれる友達できるかな?
自分の紋章も満足に扱えないこんなぼくだけど。
いや、絶対に大丈夫。紋章さえ扱えるようになれば友達だって作れるはずさ……たぶん。
「さぁ、もうベッドに入ってしっかり寝なさい。
夜更かしすると大きくなれないわよ?」
「はーい」
さきほどまで読んでいた『賢者の遺物』と書かれたタイトルの本を棚へ戻す。
こんなご時世だからか、面白い英雄譚は枚挙にいとまがない。
ちなみにこの本は賢者マーリンが初代勇者アーサーに自身の最高傑作である勇者の紋章を
授けるまでの伝説を描いた物語だった。
いいなあ勇者。格好良いし、ぼくも将来の夢。勇者になるって言えば良かったかな?
いそいそとベッドに潜り込むとふと思い出した。
「そういえば母様、将来の夢っていえばなんだけどさ」
「あら?なにかしら」
「最近変な夢を見るの。なんか人の形をした黒い塊みたいなのがぼくの上に浮いてて
それがもうすぐだよって耳元で囁くの。なんか怖い夢なんだ」
近頃何の前触れもなく夢に登場するようになった黒い影。
それが何なのか。もうすぐ何が起こるのか。
夢に過ぎないはずのそれに確かな恐怖を感じていた。
「ふふっ、怖くて夜中にトイレに行けなくなったらママを起こしてもいいのよ?」
「ば、馬鹿にしないでよ!トイレぐらい一人でいけるもん。母様の馬鹿、もう寝るからね!」
「大丈夫よシオン。その夢が何かはわからないけど、でも何があってもママは貴方を守るわ。だって、私はあなたのお母さんですもの」
母様は布団がしっかりぼくにかかっていることを確認すると、編み物とランプを抱えて部屋から出ていく。
「おやすみなさーい」
「いい夢が見れるといいわね?」
そうして扉が閉まり、灯りが消えた部屋は真っ暗になった。
静寂に包まれた部屋でぼくはうつらうつらと睡魔に夢の世界へと誘われる。
『もうすぐダ、もうすぐ長かった夜は明けル。目覚めハ近い、ソノ時が来れば』
夢の世界ではやっぱり黒い影が浮いていた。何がそれほど不満なのか?飢えと渇きに苦しむ獣のような唸り声を上げ続ける。
『貴様のすべてを喰らってヤル!』
やっぱり今日見た夢も怖いままだった。