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第9話【ピエロ消失】

 かおりの叫びと感情がこの『沈黙』世界に流れ込む。

 かおりは叫んだ。音が存在しないと分かりつつも構わずひたすら感情を叫んだ。


 私の横へと倒れていくクリスの体。スローモーションのように。

 助からない。

 こんなに奥深くナイフを突き刺してしまっては。

 クリス、目を開けて。

 クリスは目を開けない。

 だが、微かに口元が ほころんでいた。

 道化なの――いい加減にして!


 私がどれだけ泣き叫んでも。こんなにあなたは近くに居るのに。

 私の声は届かないのね。これが『沈黙』の世界なのね。

 辛かったでしょう。苦しかったのでしょう。

 罪を犯してまで。



 殴るように かおりの言葉は並べられた。

 誰にも、伝わらないまま――。



 ……



 かおりが目を覚ますと、自分の家の部屋に居た。

 マンションの一室。暗く、電気は点いていない。かおりは部屋の鏡の前で、膝を抱えるように倒れていた。ムクリと起き上がって状況を把握しようと努める。

 さっきのは夢? クリスへの想いが見せた幻想? とかおりは考える。なぜなら倒れていたはずのクリスの姿など何処にも無いからだった。


 確かめるすべは無いと思われたが、あった。

 鏡に、クリスが映っている。鏡の前には居ない者の姿が。

 やがて鏡に映っている者は、中からそれが普通のように かおりの元へとやって来た。


 全く無傷のクリス。服はいつものと変わらぬ、紐靴、ピーコート、ニット帽。指先をカットした手袋をポケットに突っ込んで。颯爽さっそうと登場した。

「クリス……!」

 かおりは、喜びの表情を浮かべ立ち上がり、両腕でクリスの両腕をそれぞれとった。存在を、温度を確認するかの如くクリスの頬や手の平に触る。クリスは笑っていなかった。

「死んだんじゃなかったのね! ……生きているのね。ああ良かった。ああ……」

 両手でクリスの片手を握りしめた。かおりの膝は今にも安堵で崩れてしまいそうだった。

 しかしクリスは笑わない。その事に気がつく前に。

 クリスの口から残酷な言葉が吐かれた。



「死んだのは、君を愛していた方のクリス」



「え……」


 かおりは笑顔のまま、クリスを見つめた。

 無邪気に笑うかおりの耳には容易には届かない、酷な言葉を。

「“僕”は、『沈黙』の世界の住人、クリス。……やっと一人になれた」

 ここでやっと かおりの笑みはくなる。そしてかおりは受けた言葉を一つずつ、解読し始めた。

 そして理解する……いや、していない。

「何それ……」

 意味が分からない、かおり。

「もう君を愛した“僕”も“俺”も存在しない。身が軽くなって清々(せいせい)する」

 笑う。

 ジョーカーのようなニヤニヤ笑いとは違うが、サイレントのような微笑みとも違う。全く別の、そう……。

 清々(すがすが)しい、笑い。さっぱりした表情の。

 これはかおりが知っている2人の、どちらのクリスでも無い。全く異なる、新しいクリス。


 クリス・マークス。


「そんな……嘘よ!」

 かおりはクリスの体を揺さぶった。かおりを見下ろすクリスの笑顔は。

 かおりは悟る。自分の知らないクリスがここに残ったのだと。


 脳裏によぎるは道化師。サーカスのピエロ。

 白塗りの顔で鼻を赤く丸く描き、口は大きく見せる為に こちらも赤く化粧する。服は青や白といった縞の模様の服で、被っている黒いハットなんかを手に取りながら、中からハトを飛ばしながらと足で華麗にステップを踏む。

 ステッキを振り、空中で回して魔法をかけるかのように狙いを定めて。そして見事に失敗する。

 ああやっちまったねとまた踊る。観客に笑われて。また笑われて。

 でもそれは普通のピエロ。陽気な皆のピエロ。


 だが『黒の』道化は笑いながら人を騙し、手にはナイフを持つのだ。


「さよなら かおり。邪魔者を消してくれて感謝する」


 私は。

 私は、『彼』の全てを受け入れただけ。それだけ、それだけよ。

 なのに何故消えるの。おかしいわ……。


 かおりの、クリスの腕を掴む手が緩む。クリスは まだ笑い続けている。楽しげに。……楽しげに。

 これは何の為の笑顔なのか。かおりは一生懸命考える。考えて……。



 道化は 人を 騙すのだ。



「待って」

 かおりはクリスを真剣に見つめた。掴んだ手は絶対に離さない。

「何。もう君に用は無いけど」

 乾いた笑いへといつの間にか変わっていたクリスだったが、かおりにはどうでもよかった。どころか、余計に掴んでいる手に力が入る、かおり。

 かおりは真正面からクリスに。

 ニヤッと……ジョーカーの真似をしてみせ笑った。

 クリスの笑いが少し動揺を見せ引っ込む。真剣にかおりを見返した。

 かおりは言った。

「途中で『ジョーカー』なのか『サイレント』なのか、分からなくなってしまったわ。2人とも、笑いながら私を騙すのが上手なのね」

 かおりがそう言った時。

 クリスは黙って、そして……。


 ……諦めたように目を伏せた。少し口元の端を吊り上げ微笑んで。

 降参だと、両腕を上げ手の平を広げて態度で表明した。

「参ったな。せっかくお別れしようと決めたのに。僕が『沈黙』世界に閉じ込められている間は」

 そんな事を言った。

 かおりは本当の笑顔を作る。大きな目でクリスを。

「もう騙されないわ。あなたは本当のクリス。私が好きな『ジョーカー』と『サイレント』が居る……たった一人の、あなた」


 つまりは、偽り。クリスの決死の嘘。

 だが かおりを騙せなかった。


「強くなったね かおり。男にフラレた時は、あんなに泣いてたっていうのにさ」

 クリスがクス、と笑いながら妙な事を。かおりの片方の眉が上がる。「何の事?」

「大泣きしてただろ あの晩だけは」

 言われて、かおりは過去をさかのぼる。

 キョトンとしたまま動かないかおりを、面白そうに見ているクリス。かおりには意味が分からなかった……最初は。

 くっくっくと腹を抱えて笑い、口元付近で遊ばせていた片方の手で、クリスはかおりの目元を触る。

 目尻を拭った。その動作が。

 かおりの不思議な記憶を思い起こす。……


 一年ほど前だ。かおりは付き合っていた彼にフラレた。

 突然の別れに、かおりは泣く日を過ごす。しばらくそれは続いた。

 鳴らないオルゴールだけを残し、彼に まつわる全ての物は処分する。見たくも無いからだ、辛すぎて。

 そんな夜が毎日続いてしまう……もう限界だ、ご飯もろくに喉を通らなくてと。

 一番、涙が激しく止まらず眠りと現実の狭間を行き交いしていた夜の事だ。



 誰かが、かおりの涙を拭いた。



 かおりは知らない。ただ。

 起きた朝は……いつもと違うような気がしていた。

 思えば、目尻に拭かれた涙の跡。

 気のせいで済ましてしまった かおり。記憶の引き出しの、奥の奥の……そのまた奥まで。

 出てくる事は、無かっただろう。


「何て……」

 馬鹿なの、と言いたかったが止めた かおり。情けない、といった顔になった。八の字になった眉を見てクリスも同じ眉になって笑ってしまう。

 こんな事で3年も。……2人は笑うしか無かった。

「かおりの察する通り、僕は『サイレント』でもあるし『ジョーカー』でもある。僕は元々一人。僕という者は やはり一人なんだ。僕の中の一部分である僕は残念ながら死んでしまったけれど……それでも僕は残る。かおりを愛しているし、かおりを殺したいとまで思っている。殺さないけど」


「次、いつ会える?」

 かおりは今度は首を傾げてクリスに笑いかけた。クリスは そんなかおりを見てまた抱きしめたいと衝動に駆られてしまう。

 でもすぐにグッと我慢した。もう子供では無い。

 クリスは沈黙の神に聞かれないようにと、口の形だけでこう告げた。


『 ま た 知 ら せ る 』


 そしてかおりのオデコにキスを。それが約束の証。

 クリスは鏡の中へ。



 窓からは朝の光が差し込めている。段々と朝が夜を追い出し さあ出番だと自らをさらけ出して。

 新しい日常がやって来る。



 ピエロは、沈黙へと消失した(かえっていった)




《END》





【あとがき】

 ついに終わってしまいました。思い入れが強い為ちょっと淋しいですが、何処かで区切りをつけなければという事で。

 こんな作者が何かに走った小説に最後までお付き合いを頂き、ありがとうございました。残虐殺人が好きというわけではないので誤解されぬよう(皆ハッピーが好きなはずだ)。

 話を作るキッカケはある運命的な動画に出会った事に始まります。元歌は80年代、英洋楽の Talk Talk というバンドの歌【 Such A Shame 】。サイコロ哲学の人生自己改革歌なんですが、You Tubeで作者、虜になり1日100回くらいPCの負担を無視してエンドレスで聴いて観ていました。バンド自体はクオリティーの高い凄いバンドなのに日本じゃ知名度が低くて。すんごいガックリです。あんなジャンル融合・哲学・超越した稀有な価値バンド、広めてやりたい(涙)。男なのに天使みたいな透明感のある歌声に癒されています。ああ不思議世界。


 さておき。次の第10話は詩、その次のは本編とは関係ないですが本編の前に立てた設定の別話短編。さらにその次のは本編の後日ストーリーとなっています。書きまくったね〜。

 一応、本作は10話完結扱いとさせて下さい。後のは おまけです。

 そして実は「道化師消失」は、【ピエロしょうしつ】と読んで下さいね。ここだけの話 (ややこしい)。


 長々と駄文でしたが。ありがとうございました。



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