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第7話【子供】

 あなたは何かを勘違いしているんじゃないだろうか。

 あなたじゃない方のクリスが昔、子供を殺した? ……馬鹿な事を。


 かおりはジョーカー……彼の言う事を信じなかった。

「まだ思い出せてないんだな。早く思い出してやれよ、奴が哀れすぎる」

 ジョーカーは両手をコートのポケットに突っ込んで、地面の小石を蹴った。目は地面ばかりを見ている。いつものような皮肉な笑い方をしてはいなかった。何処か、寂しげな笑いを。

「思い出せって、何を……?」

 フェンスに背中を合わせ手で よじのぼりながら足を立たせた。言いながら、必死で過去へ記憶を探る。奴ってサイレントの事よね、と思考を張り巡らしながらの過去への迷走。

 なかなかそれは、姿を現さない。

 かおりの視線の先は、ジョーカーの向こうへと移っていった。向こうでは子供の死体が転がったままで、先ほどついた印象と何も変わりは無かった。

 子供。

 子供の、死体。


 突如、記憶の奥底からキーワード『子供』『死体』とともに。かおりからある思い出が引っ張り出されてきた。……



 あれはいつの事だったのだろう。かおりは、はっきりと何歳頃だったのか、覚えていない。小学生の中学年くらいだったと思う。

 実家の近所の、マンションが建ち並ぶ所。かおりを含む数人の子供達は学校から帰った後、よく遊び場にしていたマンションがあった。一緒に居た子供のうちの一人がそこに住んでいたからだった。


 その日も何処かで待ち合わせて、マンションの敷地内で遊ぶ。『かくれんぼ』をしようか、と誰かが言い出し皆 賛成した。

 ジャンケンでオニを決め、かおり達はそれぞれ隠れ場所を求めて散る。かおりと、仲の一番良かった友達で名前をアイコといった子供と。2人はマンションの階段を一緒に上がって行った。

 ある程度上の階まで上った後、2人は階段の下段に仲良く並んで座り、おしゃべりをし始めた。他愛も無い話。昨日観たテレビや、2人が好きなアイドル少年の事などの……。

 すると話題は変わり、それぞれが学校で好きな男子について、話し始めた。

 かおりから正直に言う。かおりには同じクラスに好きな男の子が居た。

 一番の親友であったアイコに、恥ずかしさを通り越して打ち明ける事に決めたのだ。おとなしい かおりの、精一杯の親友への告白だった。誰にも言った事は無かった。


 すると、実は私もその男の子の事が……と、アイコも胸の内をさらした。打ち明けた。


 かおりは、ショックだった。一番好きな友達が、一番好きな男の子を好きだったなんて。

 三角関係だ。子供ながら。

 かおりの心は複雑に揺れる。どっちも選べない……けれど。

 活発で勝気なアイコには、勝てない気がしていた。かおりには。

 アイコに悪気は無い。むしろアイコは、かおりを気づかった。「私達 友達だけど、ライバルだね。負けないよ!」

 そんな笑顔を振りまく。かおりもニコッと笑ったが、ますます自信は無くなった。


 ……やがて……。


 かくれんぼのオニが、近づいてきた気がした。

 下の階から、足音と会話が聞こえる。オニの子の声がした。先に捕まった子と、階段を上がって来ようとしているのだ。

 かおり達は来た! とお互い顔を見合わせ、上へと逃げる事にした。まずはアイコが、後ろから かおりが。

 階段を駆け上がる。

 息も切れる。

 かおりの方が遅かった。先に行くアイコ。かおりを置いて。


 かおりがハアハアと苦しそうにしながら、階段の途中で足が止まると。突然、かおりの頭上から悲鳴が聞こえた。「きゃあ!」と……。


 え、とかおりが顔を上げ階段の一番段上を見た瞬間だった。


 ドサッ。……ゴロゴロゴロ……ピタリ。


 かおりの横に『降って』きて、その勢い止まらず階段下まで転がり落ちていった。

 人間が。


 それは、アイコだった。

「……!」

 かおりは即座に悲鳴を上げる。とてもよく辺りに響いた。

 かおりの目下では、変わり果てたアイコの姿が目に映っていた。ぐにゃりと、寝相の悪い人形のように異質な格好で。

 かおりは悲鳴を上げた後に場に屈み込み、アイコから目を離そうと前を向く。

 そうして何者かの気配に気がついた。


 タタタ……


 小さな小さな、足音。アイコが落ちてきた、階段を上りきった所から。

 かおりは見た。

 サッと……何者かの影が走り去るのを。

 恐らくあれは……


 ……子供。



「クリスが……友達を階段から突き飛ばした……の?」

 かおりは ぼうっと、前を見ていた。前にはジョーカーが かおりを上目づかいに見ている。しかし かおりはジョーカーを見てはいなかった。何処か……違う一点を見ている。

 信じられなかった。かおりには。

 やっと……やっと思い出せた記憶。クリスがかおりを助けたという、過去の一部。

 それが。

 そんな残酷な事実だったとは、かおりにはとても信じる事ができなかった。

「嘘、嘘よ。あの優しいクリスが、サイレントが。そんな事、するはずが無い!」

 首を振ってまで否定しようとする かおりに、ジョーカーはニヤッといつも通りに笑いかける。本調子を取り戻したのか、さも楽しげに。

「信じる信じないは好きにすればいい。だが事実だ。俺というジョーカーが生まれクリスから分かれたのはもっとずっと後の事。子供を突き飛ばしたのは俺じゃ無い。それはハッキリさせておこうか」

「……」

 本当に?

 ……かおりの頭の中は混乱する。口元で組んだ両手はブルブルと震えていた。視線は、行き先を見失って落ち着かない。何処を見ていいのか分からなくなっていた。

「どうして……」

 涙声になった かおりに、容赦無く浴びせるジョーカーの嘲笑の声。

「ふっ……君の恋を応援したかっただけだろうよ。かおりがあんまり可愛い顔して悲しむから、つい手が出ちまったんだろうぜ。なあ奥手のかおり」

「……」

 あんまりだとかおりは怒った。……でもすぐにそれは引っ込む。どう感情を表した所で過去が変えられるわけでは無く、ジョーカーにからかわれるだけだと諦めた。

「まだ俺ら……クリスは、子供だった」

 何処か、ジョーカーは遠くを見るように言う。

「子供だったからといって罪が許されるわけでも、罰がなくなるわけでも無い。3年は3年だ……逆を言えば、人を一人殺しておいて3年で済むという事だ。俺らの世界じゃあな」


 沈黙世界。


 一体、どんな世界。


「沈黙世界は、辛い……?」

 かおりは聞いた。今まで考えた事など無かった。ジョーカーはフン、と鼻を鳴らす。

「もう慣れた。おたく達の神経じゃ耐えかねるだろうよ」

「……」

「怖い? かおり」

 面白そうに かおりの顔を覗き込む。かおりは嫌そうに顔を逃がす。あんたなんか嫌いよ、見たくもないわと。クリスが知られたくない過去を思い出してしまったのも こいつのせいだと、かおりはジョーカーを憎らしく思った。

「クリスは……?」

 かおりはジョーカーを見もせずに問いた。

「サイレント……クリスは何処? 居ないの……?」

 全身の震えが止まらない。かおりはクリスを信じていた。例え殺人という罪を犯してしまったとしても――。

「クリス……会いたい……会わせて……」

 涙が一滴、……地面へ落ちる。

 それが機に、かおりの体はジョーカーの力強い手で引き寄せられ、スッポリとその大きな体の中にうずめられてしまった。「……!」

 びっくりしてジョーカーの体温を感じるかおり。同時に、『力』も感じた。突然で戸惑い、全身がカッと熱くなる。

 かおりのすぐ頭上でジョーカーは……相変わらず皮肉めいた声を。

「出会った時に言っただろう? ……君は、


 僕 の もの だと」


(“僕”……?)

 かおりは奇妙な感覚に襲われた気分だった。“俺”では無い、“僕”だと……。

 それではクリスは?

 力強く抱きしめられ逃げられない かおりは叫んだ。

「あなた、どっちの『クリス』なの!? 離して!」懸命に訴えた。

 あなたも子供なんだわ――かおりはジタバタと、ジョーカーの腕の中であがく。必死の抵抗を試みた。


 するとその時。

「うわあああ! 人が死んでる!」

 ジョーカーの背中の向こうで、別の悲鳴が上がった。その声がした方向は、子供の死体があった場所。どうやら死体を見つけた通行人らしい。


 しまった!


 逃げなくちゃ。捕まってしまう。または怪しまれて。

 このままでは。

「……仕方無い」

 ジョーカーは、かおりの身をいったん引き離すと……。「……?」

 空気に混じるように消えた。


 かおりとともに。




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