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第6話【殺人鬼】

 最初に『黒いピエロ』と名をつけられてから数年か。裏で『ジョーカー』とも言われた事のある殺人者は、まだ捕まってはいないのか。さてはすでに捕まっているというのか……そしてまた別の、新たな殺人者が生まれているのだよという隠されたカラクリなのか。

 殺人は繰り返される。都会の街で、人々に忘れられる前にと殺戮は続く。

 人の恐れが都市の伝説を生み出したように、彼は何によって生み出されたというのか。

 何処か暗い所から、歯を見せてニヤリと横に吊り上げられた口元の。名前をもらった殺人者は笑いながらこう漏らす。


 人 の 闇 。 沈 黙 か ら ボ ク は 生 ま れ た 。


 ……


 今日も何処かで 彼は忙しい。



「……でさぁ。アイツってば、最後にこう言うわけ」

「何なに。なんて」

「『ぼーいずびー、あんびしゃす!』」

「意味わかんねえええ!!」

 ゲラゲラと、場は盛り上がっていた。

 居酒屋で今日は同僚達で集まって飲み会だった。3手に別れてお座敷を貸し切り、同時に乾杯の音頭をうたって酒を皆、飲み始めた。牛スジ、イカゲソ、軟骨、鶏唐揚げ、エビチリ、キムチ、……ラーメンなど、つまみが各テーブルの上に狭しと並んでいく。空になれば皿をどけ追加注文を。話が途切ればビールを相手のコップについでいく。

 盛り上がりは最高潮を迎えていた。

 かおりは、隅っこで飲めないビールを少しずつ減らしていく。手で持っていないとつがれてしまうと知りながら。

「かおりィ、あんたも大変だねぇ」

 同僚の牧野がほろ酔い感じでかおりの顔を じいと見る。手に持つコップの中のビールの減りは早い。「何がさ」

「新田くんだよ。あんた、結構一緒に居たじゃない。目ぇかけてもらっててさ。あたし、うらやますぃー」

 目が虚ろだ。

「うん……犯人、捕まらないかな、早く。私、怖い」

「ねえー。あ、これおいしい」

 かおりの目の前のササミチーズカツをつまみ、かおりにも勧めた。

「昨日はどっかの廃ビルで変死体が見つかったみたいだよぉ。噂で聞いたけどはりつけにされてたんだって。意味あんのぉ、ソレ〜わけわかんなーい」

「そうだ……ね」

 磔だろうが逆さづりだろうが、かおりにはそんな事はどうでもよかった。『黒いピエロ』。その名をできるものなら変えてほしいと、かおりは願っている。


 まさか……今までの凶行は、全部――。


 ジョーカーの気持ちの悪い笑顔が蘇ってくる。彼は、クリスの片割れ。もっと頻繁に襲いかかってくるのかと思っていたら、それは無い。だから余計に不気味だともとれる。

 次に会うのはいつなのか……それはクリス――サイレントの方にも、だ。

 クリスと楽しく夜を過ごしてから少し経つ。かおりは息詰まって苦しくなると、『沈黙』で検索され飛び込んできたあのエレポップ風の曲を歌い踊る、動画の男を観るのだ。

 彼はクリスでは無い。また、曲も実は『沈黙』では無かった。

 曲の名は和訳して『変化』。自己を変えようという前向きで明るい歌だった。なので、このボーカルの男は笑う『演技』をしているのだなと、かおりは納得していった。

『沈黙』というワードは英歌詞を和訳した所から検索に引っかかったのだろう。検索は、不思議だ。本人の意図しないものまで引っ張り出す……。


 かおりの頭の中から引っ張り出された、『ピエロ』。

 ボーカルの彼の背景が暗闇で無かったなら、表に出る事も無かった。

 もっと言うなら、この曲が無かったなら。

 さらに言えば、オルゴールを気にせず捨ててしまっていたなら。


 不思議ね。まるで、すべてのものがクリス、あなたへと辿り着くように導かれていたみたいだったわ。

『運命』だったら、もっと素敵ね……。


「かおりィ、何二ヤケてんのおぉ。その幸せ、分けてえー」

 牧野がかおりに抱きついた。酒臭い息がかおりを襲う。「もうぅっ……」

(幸せ? 私が?)

 恋をしているから?

 かおりは赤くなっている自分の顔を叩いた。



 クリス、会 い た い 。



 飲み会が終わり、かおり達一行は居酒屋を出る。

 まだ酔いの覚めていない者は覚めている者の車や、店の送迎を頼んでその車に乗り、それぞれ帰って行く。中には固まって集団で歩いて帰ろうという声も。かおりはその集団の中に紛れる事にした。2次会へ、という集団もいたが、明日も仕事だからと丁重に断る様子も見られた。

 帰路。

 繁華街を出て、大きな橋の架かる道路の歩道を2・3人ずつ横並びになって歩く。夜は深い。もう深夜に食いこんでいた時間だった。だいぶ暖かくなってそろそろ春なのかと思わせておきながら、まだ夜は肌寒い。コートを脱ぐのはまだまだ先のような気配がした。

 かおりは今日、白いシャツブラウスの上に薄いコートを着ている。マフラーを迷っていたのだが、して来なかった。してきた方がよかったかな、と思いながら真上の空を眺めて首元の寂しさを誤魔化す。

 空には星が無い。月は、雲に隠れてしまって。

 だからか、今夜は辺りが暗い。

「ねーかおりィ。あんた好きな人いるぅ?」

 隣で一緒に並んで歩いていた牧野が聞いた。「うん……」

 素直に頷くかおりに反応したのは、もう隣に居た河田だ。「ええええ〜! 誰ぇっ!? 新田くんじゃ無かったんだ!?」

 突然の喚声に、前列も後列も便乗して大きな声でまくし立てた。「かおりに好きな人が!?」「おとなしそーに見えて、誰を狙ってんのさー」「吐け吐け!」「ガーン、何だかちょっとショックだなあ。いいな〜って思ってたのに〜」……

 一部の男にそんな事を言われて、顔が赤く恥ずかしくなる かおり。言った事をすごく後悔した。

「か、会社の人じゃないから……めったに会えないし」

 小さく、場を収めようとする。「そうなの〜? 遠距離?」牧野はかおりの顔を窺う。

「うん……」

 悲しげな表情を。それを察してか、同僚達は今度は一気に応援モードに入った。

「そうかあー辛いねえ、遠距離は」「でもその方が燃えない? 会った時」「会う前に浮気されんじゃーん」「頑張れかおり! 電話してる? 待ってちゃダメだよきっと!」……

 電話も何も……とかおりは心の中で呟きながら、励ましてくれている同僚達のおかげで少しずつ元気が出てきた。

 次元の壁を越えて彼に会う事は た易く無い。もし鏡に呼びかけても、沈黙の神の監視下にあるクリスは出ては――。

 思えば思うほど、心は苦しくなるばかり。きっとクリスも。

「男の立場から意見を言うと。一途では いて欲しい。それがしつこい、ってんなら、最初から思い切って別れ話を持ちかけるけどなあ。待たせんのも悪いじゃん」

 かおりをいいなと言った男・前島が振り返りながらかおりに言った。

「……」

 かおりは大事な事を思い出した。クリスとの約束。『沈黙の神の目を盗んで……』。

 君に知らせるよ、と。そして口づけを。


 ……待ってていいの? ……クリス。


「前島、言うね〜。ちょっと見直したけど」河田が あはは、と笑う。

「俺はね、ちょっとショック受けてんの。ホントに綾野さん狙ってたし」

 そんな前島の脇腹を横から小突く隣の島坂。

「ま、2人とも元気だせや〜。なるようになるさかい」

 関西出身の島坂は ぎゃっはっはっはと高らかに笑った。


 かおりは、同僚達の言葉一つ一つに感謝して胸の内がいっぱいになった。いつの間にか顔にほころびが生まれる。期待感がかおりを元気にしていった。


「それじゃ、私こっちだから……」

 家まで数十メートルといった地点で。かおりは4・5人の帰路の集団から別れを告げた。

「家まで行くよ、もう少しでしょ」「いい。大丈夫だよ、ホントすぐだから」

 かおりは手を振って皆から離れた。

「バイバイ、また明日ね! おやすみ」

「おやすみ、かおり」

「おやすみ〜」……

 かおりは明るかった。同僚達に元気をもらい、夜道なんて怖くなくなった。かおりは急ぎ足でマンションの並ぶ歩道を歩く。車は一台も通らない。人も歩いていない。だが全然怖さを感じなかった。


 公園前にさしかかる。

 ここを過ぎればもうすぐに、かおりの住むマンションの入り口が姿を現す。かおりは車両止めのされた公園の前を通りすぎようとしていた。

 公園内には遊具や砂場などは無い。何年も前から危険なのでと、始めはあった滑り台やブランコなどは撤去されてしまっていた。あるのは隅の方に並んである、ベンチと鉄棒のみ。あとはだだっ広い土と砂の地面一面だった。

 こんな深夜に誰も居るはずが無い。かおりはそう思い込んで公園内を通りすがら見た。すると。


 入り口から奥へ、突き当たる所に。

 何か変な物が。……置かれている?


 暗くてはっきりとは分からなかった。かおりは好奇にかられる。「……」

 しばらく入り口で立ち止まって考えていたが、こんな所でジッとしているよりは、と。

 かおりの足は公園内へと進んで行った。ちょっとぐらいなら、見てくるくらいなら……と。ほんの、軽い気持ちだった。

 しかし踏み入れ近づくうち、かおりはやがて『それ』が何であるかを理解し……驚愕した。

「……!」

 吐きそうになる衝動がかおりを襲う。目を背けた。


 死体だ。


 ……小さい体。恐らく子供の。「……!!」

 仰向けに、頭は横を、下半身は逆にねじらせていた格好を。そして胸に集中し数え切れないほどの細く長い傷が、クロスを描くように斬り刻まれている。暗くて赤には見えないが、死体の傷を中心に辺りに飛び散って……。

 かおりは声にならない声を上げた。ゆっくりと見、ガタガタと肩を震わせた後。落ち着いてと自分に言い聞かせた。

 やがて警察に、と。縮こまっている体をクルリと、入り口へ向けた。

 しかし かおりの行動は妨げられる。

 全く気配には気がつかなかった、かおり。背後に忍び寄った者の存在になど。

 かおりは何かにブチ当たる。それは自分より背の高い人間だった。

 ドスンと、後ろに倒れるかおり。……



「 見 た ん だ ね 」



 高揚を含む声。遊ぼうよとでも言いたげな声色だった。かおりは、この声を知らない。「……」

 相手を見上げた。知らない、ウェーブがかった髪の長い、日本人の男。かおりを見下ろしている……片腕だけがビッチョリと衣服ごと、何かで濡れていた。


 血だ。


 かおりはその腕の先をゆっくりと目で追った。手に握られている物がある、それは。

 凝った造形をした……アーミーナイフ。

 腕の一部のように、血に濡れている。「いやあああ!」

 かおりは初めてこの時にやっと、声に出して叫ぶ事ができた。

「うるさいね……」

 男は ふふ、と笑ってかおりの腕を引っ張りあげた。綺麗な方の手で。そして強引に男はかおりを連れて、死体から少し離れた。隅の方へ。かおりはガシャンと、フェンスに身を打ちつけられた。

 背中に ぶつけられた程度の痛みが走る。

 一瞬クラッとした視界を我慢し、正面を見直した。前には もちろん男が……立っている。

「女性と子供は出歩いてはいけないよ、こんな夜中に。でないと た易く……こうしてボクに遊ばれてしまう」

 まだ10代くらいの男だった。かおりには全てが分かった。


 こいつが……こいつが、『黒いピエロ』!


 新田も、この男に。磔にされた女性も、向こうで死んでいる子供も、他……ニュースで見た、多数。

 全て こいつが。

 ……殺人鬼!

 ガチガチと奥歯が鳴りながらも、かおりは声を。

「た、助けて……」

 男の目が妖しく光る。色白だからか、歪ませた顔が物の怪のように。目線は常にかおりを。ウェーブ髪をかき上げる。

「たすけて……クリス!」

 悲鳴のような叫びを。男はそれを心地よい演奏のように。「ひゃひゃひゃひゃひゃ」

 漏れる笑い声が狂っている。


 たすけ て …… !


 ……


 ……


 ザ。

 土を蹴る音が近づいた。しかし2人ともが気がついたのは、殺人鬼の男の首を何者かが後ろから掴んだ時だった。

「ぐふっ……」

 ゲップのような男の声が胃から吐き出される。ナイフを持ったまま、掴まれた手をほどこうと懸命にもがいた。すると背後に居る男は、かおりに言っているのかいないのか誰に向かって言っているのか、低い声で言った。

「これでまた3年延びたか。どうせ加算されるんだったら、こんな奴一匹殺しちまうか」

 ウェーブ髪男の体が首を掴んだ手で持ち上がる。凄く強い力だとかおりは息を呑み目を離せないでいた。軽々と腕一本で持ち上げられた男の体……バタバタと、足をくうでバタつかせる。

 もがく男。暗がりで首に浮き出た血管が見える。目玉が飛び出そうなほど見開いていた。

 かおりは恐怖で息さえつけない。

 ……



 やがて男は静かになった。……


 ダランと力無く、重力のなすがままの状態へと変化したウェーブ髪の男。ボトリと先に地面に、握り締められていたナイフが落ちた。後を追うように、男の体も掴んでいた手から解放され地面に沈んだ。

 フェンスにすがる格好のかおりは、まだカチカチと鳴る奥歯で「ひっ……」と小さく叫んだ。ドサリと地面の上へ放られた男の体は、這いつくばる滑稽なむくろへと化けた。


 沈黙する。


 かおりを助けた男は、馬鹿を見下す目つきと笑いを表していた。フン、と鼻までも鳴らして。彼は……。

「ジョー……カー……」

 かおりは やっとまともに声を発する。彼の名を呼んだ。

「久しぶりだな、かおり。会いたかったよ」

 目はかおりへと。笑いは変わらない。

「私を助けてくれたなんて……意外だった。『黒いピエロ』が あなたじゃなかった事も……」

「人を殺したのは初めてだ。俺は」

 ネクタイを少し緩めながら、俯き加減で彼は言った。

「どういう事?」

 かおりはジョーカーの言葉を聞き逃さなかった。殺人は今回が初めて?

「俺は初めてだ。もう一人の『サイレント』の方は、昔に子供を殺した」




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