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第4話【密会】

 新田が殺害された――


 最後の接触者だと、かおりは警察から事情聴取を受けた。もちろん、かおりには犯人の事など知る由も無い。何を聞かれようとも、自分の知っている限りを素直に答えていくだけだった。

 警察の男の一人は、かおりの返答を自分の手帳にメモする。書きながらチラ、チラ、と。かおりの機嫌を窺っていた。

 もう一人の男はテーブルに両肘を置き両腕は組んで、隣で懸命にメモをしているさまを見守っていた。

 2人とも30代で、前半と後半コンビといった風に見えた。

 かおりは自室のリビングに2人をテーブルにつかせ、買い置きしていたダージリンティーをカップに淹れて勧めた。「はあ、どうも」

 紅茶よりコーヒーの方がよかったかしら、と かおりは思ったが、長居は されたくないからと紅茶を選んだ。案の定、2人ともばつが悪そうに紅茶を飲んでいる。紅茶を優雅に飲む事など、得意そうでは無かった。


「あの……新田さんですが。……どんな殺され方をされてたんでしょう?」

 かおりは新田が殺された、とだけしか知らない。そして新田という人物が他人に恨みを買うような人物だとは到底思えなかったのだ。まだ今でさえも、信じられずにいる。

「聞かない方がいいんでないですか……ってな具合です」

 カップの中を空にし、適当に答える。おかげで かおりは どんなひどい有様だったんだろうかと、勝手に想像するしか無い。

「では そろそろ」「『黒いピエロ』には くれぐれも注意して下さいね。まぁ、夜道とか」

 刑事2人が立ち上がりながら、かおりに言った。

「黒い……」

 かおりは少し別の事を思う。動画の事だ。事件とは関係無い。

「ま、犯行が全て同一かどうかも分かんないんですけどね。全く誰が黒いピエロだなんて呼び始めたんだろう。芸術家か。奴らは何でも美化したがる」

 メモしていない方の刑事は よく文句を言う。話さなくても別によい事を。

「怖い……」

 かおりは組んでいた両手にハア、と息を吹きかけた。

 もう外は暗い。だいぶ暖かくなったとはいえど、時々騙されたように突然冷え込む事もあり、防寒着などには就寝の時など注意がまだ必要だった。

「や。夜分に失礼しましたね。もう一度言いますけど、黒いピエロには十分気をつけて下さいね。奴は何処でも、どんな相手でも斬り刻みまくりますから。別名ジョーカーなんて呼ばれる事もネットであったみたいですけどね。フザケタ者、って意味で。それにはこちらも同感ですが」

「はあ……」

「こら高橋。しゃべり過ぎだ。それでは綾野さん。ご協力ありがとうございました。また何か思い出した事がありましたら、すぐに連絡を。何しろ類似の手口の犯行が続きますので、一人の時などには細心の ご注意を」

「はい……」

 不安そうに玄関まで刑事2人を送り届けるかおり。帰った後、かおりはさっき高橋と呼ばれた刑事の言葉に反応していた。ずっと頭の中に巣くっている。

「『ジョーカー』……」

 クリスの片割れの方も、『ジョーカー』……『フザケタ者』。

 かおりは、気になるワードの中に この言葉も入れた。


 刑事達が飲み終わったカップを片付けた後、かおりも自分に熱い紅茶を淹れた。それを運び、パソコンを開く。

 かおりが今飲んでいるのはジョルジだ。深い橙色。甘味がかおりの口いっぱいに広がる。夜なのでカフェインを気にしたが、どうせしばらく眠れそうにないしいいか今夜は、と。恐らく無残だった新田の最期を思い、かおりは苦しく心を痛めていた。

 パソコンをたちあげてみたものの。あまりキーボードを打つ気分でも無かった。まだあまり慣れてもおらず。使う目的も調べ物かサイト閲覧ぐらいだ。「はあ……」

 何度ため息をついても、晴れない気分がかおりを苦しめる。何でもいいから何か検索してみようかと思った時、手が勝手に『ジョ・ー・カ・ー』と……。

 ……打っておいて、すぐまた消した。

 並ぶ『ジョーカー』の字の配列なんて見たくない。検索結果で同じ言葉が並ぶなんてゾッとする。かおりはそう気がついてブンブンと頭を振った。

「しっかりしよう。落ち込んでばかりだわ」

 せっかく紅茶を淹れてしまったけれど、メールチェックだけしてもう寝よう。そう思ってかおりはパソコンのメールボックスを開いた。


 一通、受信しましたと通知した画面。

 誰だろう? と早速開けてみた かおりは、身が固まった。


『 か お り。 』



 ……。

 それのみ。

「クリス!」

 かおりは叫んだ。

 部屋中に声は響き渡る。ガタ、とかおりはイスから体を立ち崩した。

(どっちのクリス……? ジョーカー……? それとも……)

 これだけではわからない。かおりはドキドキと高鳴る心臓を手で押さえた。もしジョーカーだったら、怖い。だけど……。

 脳裏に、動画のボーカルと、車のサイドミラーに映った彼の姿が重なってかおりの心臓をますます締めつける。あの裏の無い笑顔なら、かおりは安心して受け入れる事ができる……と。

 そして自分もクリスに会ってみたいと。


 クリスは私に会いたがっている。会いたくて苦しんでいる。

 でも私はクリスの事を何も知らない。知らないの……。


 かおりはキーボードの前に座りなおし、字を打ち始めた。

 カチカチカ……。

 かおりもシンプルに、気持ちだけを。


『 ク リ ス に 会 い た い 』


 そして改行して、


『 ど う や っ た ら 会 え る の   罪 を 増 や さ ず に …… 』


 ……打った後、両手を固く握り込めた。馬鹿な事を聞いているような気がした。

 罪を増やさず私と会う方法? そんなものがあれば とっくにクリスは実行しているんじゃないのかと。それができないからこんなに苦しんでいるのだと。

「クリス……!」


 あなたを好きになる為に、あなたの事をもっと知りたいの。


 かおりはキーボードを前へ前へと押しやり、デスクの上で頭を伏せて。涙目を隠した。そしていつの間にやら うたた寝をしてしまっていた。

 画面では、かおりの打った文章がそのまま残っている。字の続きを求めて、カーソルがピコピコと点滅している。……


 ……


 カタ……カチ、カチカチ、カ……


 静かにひとりでに。キーボードは何者かの『意志』によって、字が打たれた。姿は何処にも無い。

 かおりはスウスウと、寝息を立てて眠っていた。



 深夜に。かおりはハッとして身を起こした。少し寒気がする。うたた寝をしてしまって体を冷やしてしまったようだと、自分のうっかりさに呆れた。

 そして画面を凝視する。しばらくボウッと画面に見入った。

 何かが書き込まれている。


『沈黙の神に見つからなければ いい』


「……」


(クリスだ……)

 すぐに分かる。確かめるまでも無い。

 クリスの書き込みは後、沈黙世界の掟について触れていた。

 かおりは一読した上で、震える手で自分の元へと再びキーボードを引き寄せ続きを打ち出す。

 打ち込んだ後、かおりは しばらく考えた。沈黙の神は、もし かおりとクリスが接触したと分かれば、クリスに3年の罰を与える。クリスは罰を受けてしまう。

 普通は、沈黙世界で生まれた子供は15歳になると自立して、こちらの世界へ来る事になるらしい。

 普通なら、だ。

 クリスは4度、掟に逆らった。すなわち、“こちらの世界と関わってはいけない”に、触れたのだ。

 かおりを助けた、そのせいで。15歳にプラス……クリスが27歳にならないと、かおりの居る世界に来られない。あと6年だと、神は言っていた。


 あと6年……会う事を我慢すれば。そして。

 沈黙の神の目を盗んで会えば罰は科せられずに、済む。


 そうクリスは教えてくれた。でも目を盗んでって、どうやって?


 かおりが書き込むと今度はすぐに。キーボードの音を立てて書き込みが自動的にされた。かおりは始め びっくりして盤を見ていたが、やがて音が静かになると怖々視線を画面へ上げる。


『簡単な事だ 僕は気がついたよ

 沈黙が無い所へ 行けばいいんだ』



 かおりは早速、すぐにクリスをダンス・バーに誘った。繁華街の一角にあるバーで、かおりは一度だけ友人に連れて来られた事があった。ココなら夜通しお祭り騒ぎができる。

 かおりは結婚式以来 着て行った事の無い、青のシンプルスレンダーロングドレスに身を包み、首元には3連ホワイトパールのチョーカー、合わせて耳にパールのピアスをつけて。白レースビーズのサテンロンググローブをはめ、15センチも かかとの高いヒールを履いた。

 上から白いファー付きのロングコートを着て、ブラックスパンコールのクラッチバックを手にぶらさげている。

 慣れない格好をして、緊張している かおり。記憶を辿り、クリスと待ち合わせたバーへと足が進む。バーの入り口は地下にある。レトロな煉瓦造りの壁を伝い、階段を下りていく。

 粗い木造りでできた入り口のドアを開けると、暖かい熱を持った空気がかおりに流れ込んできた。

 そして……。


「かおり」


 開けてすぐの暗がりの通路で。

 一人の男が寄りかかっていた壁から離れ、かおりを呼んだ。


「クリス……」


 あまり変わらない格好。

 渋めの薄緑色のシャツに同色に近いネクタイ、上に青いデニム地の前開きシャツを重ね着、首元にゆとりをもたせて巻いた新緑色の手編み風マフラーを。黒の紐靴、茶色のズボンを履き、そして暖色ピーコートを着ていた。

 頭には前と同じ深い緑のニット帽。手も同じく指先カットのものをはめていた。どうやらクセなのか、彼はいつも両手はコートのポケットに入れている。

「他に服を持ってなくて」

 照れ笑い。

 かおりも少し笑った。「そんなの、気にしない。しないわ」……履き慣れない靴で、クリスの元へ。

 2人、寄り添い。そして ひとまず通路の突き当たりを曲がり店内へと歩く。


 ギュワアアンッ……! 轟音のような音が震動で襲う。


 入った店内は熱気と活気と音楽で盛り上がっている。客は皆、身軽で軽装だった。

 カウンターが長く奥まで伸び、中央に設置されていた床のツルツルした丸いステージの上では何十もの派手な服装の人間が、腰を振り腕を振り回し、音やリズムに合わせて踊る。個々のメチャメチャな個性的パフォーマンス。ラッパー風の男の集団が居て、場を占領しエントリーやパワームーブといったブレイクダンスを披露していたりする。

 屋内も暗いが、通って来た道からずっと暗めで、色のついた照明は明るく観客達の気分を沸かせる脇役をかって出るように動きまわっている。

 かおりはコートを脱いだ。そしてボーイに案内され2人はステージからはほど遠い4人掛けのソファ席についた。

 腰を落ち着けると、クリスがかおりの方をジッと見ていた事に気がつく。「何?」

「ごめん!」

 クリスは焦ってかおりから視線を逸らした。いぶかしがるかおり。「教えて。どうしたの?」

 身を乗り出す風にして、隣に居るクリスを正面から見ようとした。クリスは恥ずかしそうに、ゆっくりかおりの顔を見て はにかみながら笑った。

「かおり、綺麗だ」

「……」

 聞いたかおりも、照れてしまってクリスを見ていられなくなってしまった。


 通りがかったボーイに、カクテルを注文する。

「お酒、飲んだ事 無いけど」

「私もあんまり。紅茶ばっかりで」

 メニューを見てズラリと並ぶ、マティーニやウォッカといったカタカナ語を見て。2人は同じ物を同時に指さした。


 フルーツカクテル。


 ……


「ぷ……」

 腹を抱えて噴き出す2人。「そんな西洋人みたいな身なりなのに……」かおりが、さらに笑う。

「僕、沈黙世界人だよ」

 弱った顔で肩をすくめた。「そうよね」かおりの笑いは止まらない。


 やがてクリスは かおりの手をとった。

「クリス?」

 冷たいクリスの手。かおりには意外だった。

「かおり……僕、嬉しくて。こっちに来た時から……どうしていいのか、わからない」

 下を見ている。とても自信無さげに、膝の上のかおりの手に触れていた。口元は微かに、力無く、……笑って。

 かおりは。


「踊ればいいんだわ」


 立ち上がった。

 クリスの手を引っ張る、かおり。「行こう!」




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