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後日談【残酷のナイフ】


 本編の後日ストーリーです。

 どうぞ……。



 かおり、元気? 僕は元気だ。

 この『沈黙世界』で僕は、相変わらず君の事を想う。

 時々、君が泣いているのを見る度……ここから飛び出してしまいそうになってしまうのも相変わらずだ。結局 僕は踏みとどまって、『ああよかった』って……笑うよ。

 かおり、好きだ。愛している。

 ここから声は発せられないけれど、いつか……僕が『刑期』を終えてかおりの元へ行った時。辛抱という時間を過ごした後に。

 僕は君を、離さない。

 待ってて かおり。すぐ行くから。すぐに。

 すぐに……。


 ……


 ……『掟』破りは罰3年。クリスに科せられた罰は幾重にも重なり、2人にとっては気の遠くなるほどの年月となっていた。

 クリスが、かおりを愛したばっかりに。

 皮肉とはこれを言うのであろうかと。

 母である『沈黙』の神は我が子クリスを残念に思う。


 そしてそんなクリスに母は、ある玩具を与えて遊戯をさせる事にした。

 母の心中、察すれない。

 ただクリスは手に玩具を、そして言葉を聞いた。母から教えられた一つのルール。



『それでかおりを刺すがいい。さすればお前の刑期を半分にしてやろう』



 クリスの手には、一本のナイフが。

 それはかつて……自らが所有していた事もあったナイフ。かおりの目の前で自らの胸に突き刺した事もあった小さなナイフ。

 名がある。


『残酷のナイフ』



 クリスは地上へ降り立つ。

 片手には……ナイフを持ち、向かうは……。



 都会の闇。

 光を求めた街。

 光をくれと、懇願しているようにも見える景色。

 いつだったか、クリスの中に『ジョーカー』がまだ居た頃、散々この景色を見渡した。ビルの照明、連なる店のネオン、道なりに続く街灯、車のテールランプの波、そして……。

 ……どこかで光る、執念を散らす眼光など。都会は24時間、休みを知らず朝を迎える。

 光が無ければ死んでいよう。

「かおり……」

 クリスの心は穏やかでは無い。

 自分の目下に広がる光の宝庫に、クリスは向かって重い息と言葉を吐きかける。高層ビルの屋上の手すりの上に突っ立っている彼の両の手は、彼の落ち着くべきコートのポケットの中へと滑り込む。

 目線は遠く地平線を見ているつもりでも。

 脳裏には想い人しか浮かばない。

(どうしたら……)

 片方のポケットから、大事に折りたたまれたナイフを取り出し見る。何故ナイフの刃は こんなに光るのだろうと。そんな事を考えながらも。


 それは クリス よく斬れるからだろ それがそいつの 存在だからな


「うるさいぞジョーカー」

 クリスは低い声で(たしな)めた。自分の中に居る者の戯言の相手をするなど、今の彼には余裕は無い。

(ククククク……)

 笑い声がする。鬱陶(うっとう)しい自分の声だ。「消えろ!」


 無駄だ 俺はいつも お前の隣に居る 背中合わせだ



 クリスは かおりの元へと向かう。

 ひっそりと佇むマンションの3階、ベランダへと立ち姿で現れる。

『サイレント』の方の彼はここで初めてかおりと会った。本当はクリスはもっとずっと昔から かおりを見ているし知っていたのだが、かおりの方に面識は無かった。


 やあ かおり。


 クリスはベランダのガラス戸を通り抜け、そんな挨拶を口だけで言った。声は発していない。

 かおりは寝ている。朝が来たら かおりは仕事で出勤だ。

 ベランダから戸をすり通り、そしてすぐ横でスヤスヤと寝息を立てている かおりを見た。

 頭を戸の側へ向けて。仰向けで、ちゃんと全身は布団の中に収めてキチンと。彼女の髪は、枕に沿って優しく流れている。

 睫毛(まつげ)は長く規則正しく、口唇は乾いてか艶が無い。頬は冷たく……

 冷たい、と感じるのは、クリスの片手が かおりの頬に触れているからだった。

(かおり……)

 何度 名前をこれまで呼んだだろうか。しかし かおりは気がつかない。

 想いばかりが馳せそうで。

 何度 自分を止めただろうか。

(……)

 クリスは、かおりの上に手をつく格好で覆い被さる形をとった。かおりは全く気がついてはいない。気がつかれてはならなかった。

 クリスの手にナイフの刃が光る。『残酷の』と付く 必要の無い名の付いた、ナイフの刃。

 クリスは彼女をこれから刺そうとするのだ。朝が来る前に かおりの目が覚める前に。


 刺せ ひと思いだ

 かおりが苦しまないように

 そうすれば お前の刑期が軽くなる


 クリスは ここに来る前の、沈黙の神との言い合いを思い出す。


 刺せば刑期が半分だと? 軽くなった所で かおりが居なければ意味が無いだろう


 クリスは そう叫んだ。無音の世界で叫んだ。

 しかし神は言い返す。『かおりが死ぬ事は無い』と。

 どういう事だと尚も叫ぶクリスに母は言って捨てる。


『 遊 戯 だ か ら だ 』。


 母の思惑、理解し難し。


 神である母が嘘をつく事は無いだろう。クリスはそう思った。ならば……

「ん……」

 クリスはハッとして瞬間のけぞり返る。かおりが寝言を。

 起きてはいないが、それだけでクリスの内心に波が立つ。

 ナイフを持つ手の力が弱る。

 それを叱るのは奴の声だった。


 やっちまえよ


 クリスの視線は かおりから逃げた。


 逃げるな


 下口唇を噛み苦痛の表情で かおりへと視線を戻す。

 かおりの無邪気過ぎる寝顔と吐息が、クリスをますます追い詰め追い込め窮地に立たす。

(だめだ 僕には出来ない)


 臆病め!


 奴の(ののし)る声はクリスの涙腺を刺激する。しかし涙は流さない。

(僕には出来ない僕には僕には僕には!)

 声を出してはならない。かおりに気がつかれてしまう。出してはならない音。

 クリスは……



 ならば引っ込んでいろ 俺が代わりにやってやる


 突如として体の主導権を奪われた。すなわち、ナイフを持つ手に力が入る。

 かおりに狙いを定め、大きくそれは振りかざされる。狙うは心臓、支配されたクリスの目は 鋭く光り、かおりに容赦無く先に視線を貫いた。

 少し口元をニヤつかせて。



 やめ ろ お お お お ッ !!



 ザシュッ……!!


 ……


 ……


 血液が飛ぶ。飛沫は範囲狭く、辺りに散った。

 かおりは悲鳴を上げる事も無く……微かに開いた口からは血が一筋道に流れ出て、瞬間少し体がのけぞった。


 かお り ……


 刺し込まれたのは心の臓とは逆の側。定め確かだったはずの狙いは()れた。

 逸らされた……。

「かおり!」

 今度は声を発したクリス。血まみれの手から血まみれのナイフがスルリと滑り落ち音も無く床のマットの上へと落ちた。

 役目を終えたもう一人の『彼』がクリスから別れ、姿を現す。

『ジョーカー』……再び彼から分離した、もう一人のクリス。彼は、まだベッドの上で(またが)って かおりに呼びかけている『サイレント』の彼に、一瞥を食らわした。

 フンと鼻を鳴らし、ベランダから見える外の街並みを睨む。

「帰るぞサイレント。かおりは死なない。心臓狙いをお前に邪魔されたしな」

 ガラスには映らない自分の影を疎ましく思いながら、両手を前で広げて見せた。

 綺麗な両手をし、彼に笑みはこぼれなかった。



 かおりは死んではいない。神の言った通りに。

 これは遊戯だ。ゲームなのだ。



 クリス を 救う 為の 。




「ん……」

 開け放したままのカーテン。ベランダの戸から差し込む朝日に、かおりは眩しさを感じて目を覚ました。「ふわぁ〜」

 上半身を起こし腕を天井に伸ばして思い切り体の中へと空気を送り込む。ついでに大あくびを披露した後、ムニャムニャと。口の中を潤わせ、まだ半開きだった寝ぼけ眼をゆっくりと開ける。そして……。

「あれ?」

 自分が着ていたパジャマの胸元に、割と大きめな穴が開いている事に気がついた。

「……?」

 身に覚えの無い穴。穴が開いているだけで、特別変わった所は無い。かおりは首を傾げながらも、「ま、いっか」とベッドから離れた。

 奇妙な事が もう一つ。

「あれ……」


 消してあるはずの机の上のパソコンの電源が ついている。


 かおりは不思議に思って画面を開く。

 しかし何も変わった画面では無く、通常のデスクトップ画面だった。

(おかしいなぁ……消せて無かったんだ……?)

 疑問符が消えないままでも、かおりは深く考えるつもりも無かった。

 これから朝の支度だ。まずは紅茶でも飲もう。そう考えてパソコンを消す前に。

 ついでだからとメールチェックを試みた。

 ……一通、受信する。

「え? 誰からだろう?」

 差出人は不明で、それには短く こう書かれていた。



 20××年 4月1日に 会いに行く




《END》




※……ここまでで話は終わりです。後は……おまけ。





 お邪魔するよ。俺は『ジョーカー』の方のクリスだ。馬鹿な相方のせいで、また現実に ご登場だ。やってらんねえ、せっかくクリスの中で おとなしくしてるつもりだったのによ。

 これも全部『サイレント』のせいだ。情けねえ奴だね、ホント。こいつも自分だと思うと寒気がしてくらぁ……。


 何でここに来たかってか? 別に、あんまり意味は ねえかもしんねえけどよ。誤解されると困るんで、一言 言っておく。


 俺は『サイレント』が でえっきれえ(大嫌い)だ。それだけ。


 かおりの奴も何であんな甘ちゃんなのがいいのかねえ。

 俺のが よっぽどよくないか? なあ? かおり。

 前の俺が消される前、俺は『サイレント』の奴に会いたがって苦しんでいた かおりを見ている。見て思ったね、かおりも片割れの方も滅茶苦茶にしてやりてえってよ。だからこっちの世界に連れて来たってのに。

 かおりの奴、俺の肩に手を回しやがった。


 面白くねえ。


 俺はクリスの影の存在で充分。光なんざ望まない。

 そんなもんは奴に渡しとけ。俺は沈黙の中のが居心地がいい。

 かおりを殺すのは俺の役目だ。すっこんでろよ甘ちゃんクリス。

 4月1日? さあねえ。

 俺もお前も我慢できるか保障は無いね。


 とっとと消えちまえ何処へでも行ってよ。


 俺は沈黙世界で生き続ける。




 じゃあな。

 沈黙の神の甘ったれ親馬鹿にも感謝しな。




《……END》





【あとがき】

 最後に余計なものまで。

 作者、終わりたくないばかりに食い下がってますね。しつこい 笑。

 でもまあ、本当に終わりです。さようなら〜涙……。


※自ブログでイラスト描きました。まあこんな感じで。

 http://ayumanjyuu.blog116.fc2.com/blog-entry-66.html


 ここまでのご読了、ありがとうございました。




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