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(別話短編)【それでも道化師は笑う】

 暗闇の中で ひとり。

『ピエロ』『道化師』と名をもらった彼は、今日もお客を喜ばせる為に働く。

 笑わなければいけない。笑い続けなければいけない。それが彼に課せられた『任務』。

 一体誰から? ――母なる天から。


 気がつけば そこに居た。存在していた。気がつく前は、どんな姿形をしていたのか……どれだけ月日を重ねて年老いていこうとも、彼には分からなかった。

 ふと、心を。関心を向けると、彼は『居た』のだ。この……



 静寂とも沈黙とも言える無言の空間に。



 ただ自分は。

 白のカッターシャツの上に青のデニム地の前開きシャツ、首には手編み風のオレンジ色のマフラーを暖かそうに巻き、濃茶の だぶついたズボンの裾を長めの革製紐ブーツの中へ入れて。指先をカットした黒の綿の手袋を。それから全身を包み込むように緑を含んだ色のロングコートを……着せられていただけだった。

 頭にはコートとよく似た色のニット帽を被っている。その中には彼の赤錆色の髪が きちんと整い しまわれている。

 服は そうで……顔が。

 厚めの化粧を(ほどこ)されている。 ピエロの顔だ。白く塗られた顔全面の下地の上に、落書きみたいな顔を描かれて。

 弓の形のような眉に、目尻に沿って描く黒い短めのライン。目の上からは縦のラインも描かれている。

 赤く丸い鼻。赤く こめかみにまで届くほど開いたように見せかけた大口。

 そして、わざとらしい涙の形を片目元から垂れ下がるように、描かれている。

 何にしても『されて』いるにすぎない。

 何故なら彼は人形……いや、『道化師』だから。


“お前は ここで お客の相手をしてあげればいいのだ”

 天から声がする。彼の母。

「お客の相手を?」

 彼の男らしい純白な声が、何処の範囲までが空間なのかが定かでは無い辺り中に響く。

“そうだ”

「何故?」

“それが お前の生まれてきた意味”

「そうなのか」

“そうだ”

「僕は ここで、誰かが来るのをずっと待つ……」


 彼は天に言い(くる)められている事に気がついていない。できようか。

 彼は笑顔で頷く。自己納得したらしい。おかしな事だらけであるのに疑問にも思わずに。


 段差があった。コツリと、暗い中で床に硬さを感じた。彼は座る。

 膝を抱え込むように、姿勢をとった。頭を中へ埋めて、「ずっと待つ……」と声を下へと吐き出す。「ずっと……」繰り返し繰り返し呟いた。

 まるで呪文のように。

 そしてそれを自分へ向けているかように。ニコニコとずっと笑っている。



 ……静かだ。



 ……



 ……コツ……コツ……


 ヒールの靴音が近づいてくる。彼の方に。

 彼は音のする正面をジッと見ていた。明らかに自分に近づいてくる音と共に、彼の心臓の音も段々と大きく鳴っていく。

 一体誰だ。

“お客だ”

 彼の頭上に響く母の声。「お客……」

 彼は立ち上がった。

 自分はピエロ。お客の前では笑わなければ。それが仕事で、僕の使命なんだと。

“さあ行け”

 後ろから背中を押された感覚がした。彼は段差を蹴り、前へと歩を少し進める。顔は もちろん、笑ったままだ。


 やがて遠く暗闇から彼の視界の届く範囲へと、誰かが やって来る。

 甲高い靴音をさせながら。そしてそれは その人は。

 無論、女性。彼より少し低いと言えど背が高く、背筋が きちんと伸びて自らの存在を(まこと)しやかに見せている。

 薄い水色のキャミワンピースは体のラインに ぴったりと合っている。彼女の あまり無い肉と細そうな骨は充分過ぎるほど見る者を惹きつけ、美というものを考えさせられてしまうだろう。

 立ち姿は、真に美しい。

 彼女は彼の前で立ち止まった。「こんにちは」

 澄む声。彼は一瞬だけ言葉というものを忘れ置き去る。「……」

 心の臓は高鳴り、ドクドクと体中に駆ける血液が熱くなるのを感じた。

「あなたは……だあれ? ピエロさん? ……私は、かおり。家で寝ていただけなのに、こんな所に来ちゃった。きっと夢、これは夢なのね? ピエロさん」

 あどけなく笑いかけ、首をクリッと傾げた、かおりという女性。姿、見ためは大人の女性でも、心は子供のような振る舞いだ。彼の鼓動が ますます加速する。「……」

 かおりは気にする風も無く、キョロキョロと好奇いっぱいに目線を走らせる。

「ね、何か やってみせて」

 パンと、胸前で手を一叩きした。

 大きな黒い瞳で、彼を見る。

「歌うよ」

 彼は言った。

「うた?」

「僕が知ってる、前向きな歌」

 彼は歌い始めた。



 恥ずかしい事だけど 逃げたっていいと思う

 所詮 「上っ面の人生」なんだから

 変わったっていいんだ

 我慢しすぎて 倒れる前に

 労わるように 僕に言って欲しい

 きっと僕には わからない

 このまま 一緒に

 居続けて いいものかどうかなんて

 恥ずかしい事だね


 こんな 恥ずかしい はなし


 ……


 ピエロの彼は ただ歌う。どうせ化粧をされているんだ、たとえ泣いてたって笑っていると思ってくれると、彼は そのつもりで――歌だけを……精一杯に気持ちを込めて歌った。

 明るい歌声。伴奏も何も無く、声のみの。

 彼は かおりに。かおりの為に、歌った。……


 かおりは……。

 彼の歌が終わると、また可愛らしく首を傾げて問いた。

「逃げる事が前向きなの?」

 彼の目が かおりを捉える。「そうだよ。頑張り過ぎると疲れてしまうから」

「ふうん……」

「時々、自分を労わってあげようと言っているんだ。それは……きっとサボっていると思われてしまうかもしれないけど」

「休んでいるんだね。お仕事」

「とは、限らないかもしれないけどね」

「ふうん……じゃあ あなたも」

「え?」

「無理してない? 私には そう見えた」

「……」


 突然、かおりは鋭く彼を言葉で突く。彼は驚き……沈黙を。

「ピエロなのに。変ね……あなたはピエロじゃ無い。きっと違う。ここは、あなたが居る所じゃない」

 変な事を言いだす かおり。

「何で そんな事が わかる。僕はピエロ……そう言われた。君を喜ばせるのが仕事。僕の事は いいんだよ、かおり。僕は君が笑ってくれれば それで」

「あなたは泣く事を許されていないのね。だからだわ、こんな悲しい歌、私は聞いた事が無い」


 どうしてだ。僕の話は君に届いていないのか、かおり。

 ゆかいな顔だ。ずっと笑いかけているのに。明るい歌を僕は歌ったはずだ。何故 君は笑わない。何故……


「行こう。私と一緒に、現実の世界へ。こんな暗い所にいないでさ」

「……」

 かおりが彼の前で『さあ』と、手を伸ばし誘う。彼は呆然として見るだけにとどまった。

 その誘いを拒否したのは彼では無く、『天』の方だった。


“お前はピエロだ! 笑え! 逃げる事など 許 さ な い ”


 厳かな声が響く。かおりにも力で知らしめるが如く。彼は一歩、身を退いた。

 しかし かおりが強引に彼の手をとる。そして引っ張って自分に近づけた。

「化粧なんかいらない。あなたの本当の笑顔が見たい。苦しそうに笑ったふりをしないで。そんなの無駄、無駄、無駄あ!」

 かおりが彼の体を包む。彼にとっては初めての事だ。言葉も、行動も。

 彼は己の事が分からなくなる。分かる事は……。



 あたたかい……かおり……。



 気がつけば、暗闇だった世界。

 何も、考える必要の無い空間に僕は居た。どうして僕がここに存在しているかなんて。だって僕はピエロ。僕がここに居る理由は……。


 彼はかおりに抱かれるがまま、目を閉じ、口を閉じ……心を閉ざす。

“邪魔な娘だ。消えるがいい”

 天は怒り狂い、かおりに頭痛を食らわせた。「きゃあっ……!」

 苦痛に歪む かおりに、ハッとした彼は今度は かおりを抱きかかえた。「やめろ!」

 叫び、天に吠えた。

「僕は何処へも行かない。ずっとここに居る。だから かおりには何もするな!」

 すると天は“分かればいい”と、力を引っ込めた。

 かおりはフラフラと、片手で頭を押さえながら立つ。彼の肩に つかまりながらも。

「ひどいわ……」

 泣きながら。

「ありがとう……僕のために、こんな……」

 ピエロは泣かない。代わりに……笑いかけた。「嬉しかった」



 かおりは帰る。現実へと。名残惜しみながら、彼に手を振って。

 また来るから、夢を見るからね、と。言い残した。


「さてと……最初だったから、上手く笑えなかったかな……」

 かおりが去った後、段差に座り 肘を、折り曲げた脚の膝の上について ため息をついた。

 次の お客を待ち続ける。次を……


 ……


 彼は気がついてはいない。

 彼が どう頑張って他人に笑いかけた所で。人は決して喜ばない。

 所詮 作られた笑いだと知れば、誰も楽しんではくれない。

 かおりが教えてくれた。ここはあなたの居るべき所じゃないと。ピエロは――。



 笑う事を休めない。




≪END≫





【あとがき】

 これはこれで独立して短編小説扱いにするか悩みましたが、かおりが出てきてしまったので この中に放り込みました。彼はクリスの前のクリスかどうかは分かりませんが。いっそピエールでいいんじゃない。適当。

 次話は本編の方の後日談ですね。11よりも12の方が数字が好きという理由から書いた12話目です。何じゃそらら〜。


 読了ありがとうございました。



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