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 今、思い返してみれば、その日が境だったのかもしれない。マコの様子が変わりだしたのは。

 まず、あの三人の女の子たちが、マコの部屋を訪れることが多くなった。お菓子をつまみながら、ファッション雑誌やらを眺めては、

 ――これ可愛いね。だよね。

 ――あれも可愛い。そうだよね。

 その繰り返しが続いていくだけ。

 しかし、少し変わったこともある。

「マコさぁ……」とびきり化粧の濃い女の子が口を開くと、

「カーテン、もっと明るい色の方が可愛くない?」

 と、マコの部屋のカーテンを広げて話を振った。

 ついに、雑誌の中身以外まで共感を求め始めたか。

 するとやはり例の如く、

「あっ、それ、ウチも思った」

「そうだよねぇ、アタシももっと良いのがあるかも、って思ってた」

 と不思議な共感が広がっていく。

「そ、そうかな……」

 さすがにマコは自分の部屋のことのためか、相手の気分を害さないように笑顔を浮かべてはいるが、若干引きつっている口元を隠せない。

「この色だと地味すぎるから可愛くないって!」

「そうだよ! 折角の一人暮しなんだから、可愛い部屋にしていかないと」

 ここぞ、とばかりに言いたいことを言い始めた三人。

 失礼な奴らだな。初めてマコの部屋に来た時は、「可愛い」を連呼していたくせに。手の平を返したかのようにダメ出しが始まった。

 ああしたほうがいい、こうしたほうがいい。この家の主であるマコをよそにして三人で会議が盛り上がっていく。マコも必死に輪の中に入ろうとしているが、話の内容についていけないのか、内容の理解が追いつかないのか、なかなか口を挟むことすらできないでいた。タイミングを見計らっても、もはや三人のリズムと、マコのリズムとが全く異なるようであった。

 

 


 本格的な夏を前に梅雨の時期に入ろうかという頃。私は暑さと湿っぽさから逃れるためにあの塀を訪れることにした。

 別の要件があって、最近はめっきりこの木陰の塀にも訪れなくなってしまったので、ふとここが思い立ったのである。

 さて、マコの様子はどうだろうか。塀に飛び乗り、アパートを見渡す。

 しかし、マコの部屋がどうしても見当たらない。

 あれ? どこだっけ?

 真っ白なアパートの壁色を邪魔しないような、無地でクリーム色のカーテンがどの部屋を覗いても見当たらない。

 ただ、ひと部屋だけ。ひと部屋だけかなり様子の違った部屋があるのがいやに目を惹いた。そのひと部屋だけが、この前とは様子が違いすぎるのだ。

 外から眺めるに、ショッキングピンクが太陽光を弾いて眩しく、強い光が目に入って疲れる。人も植物も動物も虫も、全てを遠ざけさせるような異様な雰囲気を醸し出していた。

 一体、落ち着くことができる部屋なのか? 

 顔を背け、引きながら、人間は不思議な生き物だな、と改めて思っていると、その部屋のカーテンが開かれた。

 見えたのは、髪の毛を金に染め、派手に厚く化粧をした女の子だ。肩まで肌を露出したう服装に、お尻が見えそうなほど前にショートなパンツ。眩しい光に、目を細めていた。

 部屋が部屋なら、住人も住人か。

 何の気もなしに目を逸らそうとした時だった。

 ――どこかで見たことのある面影だ。

 振り返ってよく見返してみる。部屋の中は随分と蛍光色が強い。その中で女の子は寝ぼけ眼を擦りながら、朝食の準備をせっせと進めていく。

 手際のいい料理。慣れた手つき。朝食を作る間に、お弁当の準備もすっかり終えていた。

 そしていつのまにか回してあっただろう洗濯機から洗濯ものを取りだすと、外に出て次から次へと華麗に干し終えていく。

「今日もいい天気だなあ……」

 雲ひとつない青空に向かって大きく伸びをした。

 どこかで聞いたことのある声だ。

 前のめりになって女の子の顔をよくよく覗いてみる。

 ――マコじゃないかっ!?

 思わず塀から落ちそうになるほど前足を踏み外してしまった。

 マコじゃないか! 

 外見はがらり、と雰囲気が変わってしまって、地味な面影は見る影もない。

 別人と言っても過言ではない。しかし、しっかりと丁寧な生活を送っているところはマコで変わりはない。

 なんだかそこは少し安心した。

 しかし、どうしてこんなにも変わってしまったのだろうか。女の心は猫の眼、ということわざがあるが、全く彼女に似合っていないライフスタイルだ。いや、まあ、たまに覗いているだけの私が彼女の何を知っているんだ、という話にもなるが。

 それでも、彼女の激的な変化に私は目が止まってしまった。

 マコは部屋に戻ると、化粧台の前に立つ。まだ足りないのか? と思うくらい化粧を重ねる。厚く重ねていく。

 しかし、重ねれば重ねていくほど、顔の原型は失っていき、マコはマコでなくなっていくのだ。

 瞼が重たそうなほど長く垂れたまつ毛。どこが黒目か分からない大きな黒い目の輪郭。血色がよすぎる桜色の頬。

 はあ……。

 鏡と向かい合っては溜め息を吐き、また化粧を重ねる。そいて重ねてはまた鏡と向かい合って、さらに深いため息を吐いて項垂れて、を繰り返している。

 一体何をやっているんだか。気に入らないなら最初からやり直せばいいのに。修正に次ぐ修正を重ねていっても、マコの中で、気にいる、しっくりくる化粧にはならないようだ。

 そうだよな。可愛く化粧が決まらなかったら、女の子は一日ブルーな気持ちだろうな。それほど化粧は大事だ、と見た。

 時間が迫ってきたのだろうか。鏡に無理やりな笑顔を浮かべて最終確認をすると、玄関へと向かっていった。

 なにやら話し声が聞こえる。

「迎えに来たよー」

「おはよっ。もうすぐ準備できるから、行くよ」うって変わって甲高い元気そうな声になったマコの声。

「ああ、じゃあ、待ってんね」

 玄関の先から聞こえてくるのは気だるく、メリハリのない声。姿は見えないが、この声の感じは耳に憶えがあった。

 おそらく、この前マコの家に訪れていたあの化粧の濃いギャル娘だろう。

 そういえば、マコの化粧、雰囲気、部屋の模様。どことなくだが、あのギャル娘のテイストが覗いている。

 もはや部屋が侵略されていると言えるのではないだろうか。

 まずは小物から、というように徐々に徐々に、マコの部屋を侵していったのだろう。それはマコには気付かれないように、静かに、だ。

 塀の前の一本の道。女の子二人が歩いて行く。

「それでさぁ、この前会った男がさぁ――」

「うん、うん」

 ダルそうに話すギャル娘の、それでもマシンガントークは止まらない。マコはそれを熱心に聞いているような顔だけれど目は遠く、ただ頷いていた。

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