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1-1

 疲れる生活を送っている者がいるなあ。

 そう感心した出来事であった。

 あれは春から夏にかけて、少し昼間の気温を暑く感じ始めた頃であっただろうか。

 風通しの良い場所を求めてやっと見つけた塀の上。大きくて立派な木が丁度よく日陰となり、寝転がるには最適な場所であった。

 人通りの多い市街地からは外れ、車の通りも少ない住宅地の中にある一角だ。

 そこから見えたのは、とあるひとつのアパートだ。周りの住宅と比べるとわかりやすいほどに白く、太陽の光が当たると清潔感に眩しく輝いていた。

 そのアパートの一室、一階の部屋に注目してみた。

 地味なクリーム入りのカーテンの向こうには、女性が一人で住んでいる。

 女子大生だろうか。朝早くに起きてはお弁当を作り、肩かけバッグにたくさんのノートやら本と一緒に詰めて、時間に追われるように出かけていく彼女を見かけたことある。

 慣れない手つきながらも、洗濯や掃除、毎日ご飯もちゃんと作って初めての一人暮らしをしっかりとこなしているようであった。

 ある日のことである。

 彼女が友だちを部屋に招いたことがあった。

 招いたのは三人の女の子。それも彼女とは違った雰囲気だ。露出度の高く、アクセサリーをちらつかせたイケイケの気の強そうな女の子たちだ。

 三人が三人、同じような服装で違いが分からない。髪色も同じ様に明るくて、髪型も同じ様に長くくねらせて、同じブランドのバッグ。正直、人混みに紛れた彼女達をみたら、見分けはつかないだろう。スタイルや身長、体型でやっと違いが分かるくらいだ。

  ナチュラルでシンプルな色合いの服を着ている彼女とは、対極の位置にあたるのではないだろうか。

「マコの家、初めて来たわあ」中でもとびきり化粧の濃い女の子がぐるりと部屋の中を見渡していた。

 この家の住人である女子大生はマコ、と言うらしい。

「そんなに家の中を見渡さないでいいよ。さっ、座って、座って」

 恥ずかしそうにしながらも、せっせと客人のために、お茶の準備を進めていく。

 そして、一人が言い始めた。

「シンプルだけど、可愛い部屋だよね」

 すると、

「ねっ! 可愛いよね」

「わかる~。可愛い」

 と、こだましていった。思わず私も振り返って確かめてしまったほどである。

「そんなことないよ」

 マコは照れを隠しながら手元の作業を進めていくが、それどころじゃないだろう、と私はまたしても振り返ってしまった。

 なんて中身のない会話なんだ、と驚く。

 ただ隣の人の言葉をなぞっていくだけの会話。「可愛い」という言葉を入れなければならない会話のルールでもあるかのようだ。おそらく、あとの二人が続けた「可愛い」にはなんの意味もこもってはいないだろう。

 その後も会話の様子を眺めつづけた。

 彼女達はファッション雑誌やヘアカタログを広げては、どれもこれも指差して、あれも可愛い、これも可愛い、だよね、そうだよね、と話を進めていくだけであった。

 その会話の中で、誰も異論を唱える者はいない。疑問もはてなも浮かんでいる者がいなかった。

 まるで絵踏を行っているかのようなやりとりだ。「可愛い」という感覚を共有していなければないような。そしてそれを確かめるためにやっているような行為に見えて仕方がなかった。

 マコの部屋を訪れた三人の女の子を見て改めて思う。

 ――個性がないなあ、と。


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