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05

「まあ殿下、そんなに急いでどちらへ行かれますの?」


 そう問いかける宮女を無視し、フォレスティン皇国皇太子コンラットは目的の場所――父王の部屋――を目指し、隅々まで磨き上げられた廊下を駆けるように歩いていた。その表情は酷く険しく、眉根が極限まで寄せられ、榛色の瞳は怒りよって激しく燃えていた。


 普段何があっても、慌てず騒がずで穏やかなコンラットが、ここまで怒るにはもちろんそれ相応の理由がある。

 教育係であるエルビアンの末妹と、己が叔父であるマクシミリオの婚約が調ったからだ。

 しかも結婚を申し込んでから僅か三日という異例の早さで……それにはマクシミリオの異母兄であり、コンラットの実父であるこの国の主が深く係わっていた。皇王がウィロック伯に、自分もマクシミリオとクリスティアの結婚を心から望んでいるという旨を書いた書簡を送ったのだ。


「遣り方が汚い……。くそっ、だから叔父上は嫌いだ。それに父上も父上だ! なんだってあんな事を……」


 誰だって自分が大切にしてきたものを横取りされては怒るのも当然で……しかもそれを知っているくせに、相手が断れないような事をした父王を、コンラットは糾弾せずにはいられなかった。




❈❈❈❈❈❈




「どういう事ですか父上!!」


 勢いよくテーブルを叩き、コンラットはのんびりとお茶を飲んでいる父王を睨んだ。


「どう……とは、何の事だね? コンラット」

「しらばっくれないで下さい。叔父上のことですよ!」

「叔父……とは、どの叔父かね?」


 フォレスティン皇王ジェイラスには、母の違う弟が数人いる。それ故“叔父”とだけ言われても、それが何番目の弟を指すのか判らない。


 この狸親父が!――と、コンラットは奥歯をギリッと噛み、腹立たしい叔父の名前を言った。


「マクシミリオ叔父上の事です。あの人以外、誰がいるというのですか!!」

「おお……」


 そうだったのか――と、ゆっくりと頷く父王に、コンラットの血管が二~三本切れそうになった。


「で、そのマクシムが、どうかしたのかね?」

「どうかですってっ? それを父上が言うのですか? ならば言いましょう。父上は僕の気持ちを知っているくせに……どうしてあんな事(・・・・)をしたのですか?」

「ん?」


 首を傾げる父王に、今度こそ彼の血管がぶちりと切れた。


「どうして叔父上とティアの結婚を望んでいるなんて書簡を、ウィロック伯に書いたのかと訊いているんですっ!!」


 バンバンとテーブルを激しく連打する息子に、父王は困ったように口端を上げると、恥ずかしそうに頬を染めて理由を話した。


「兄上お願い――て、マクシムに頼まれたのだよ」

「はあ?」

「余はのぉコンラット。弱いのだ……アレのお願いに」

「はい?」


 おもいっきり顔を顰める息子に、父王は内緒話をするように声を落とす。


「これはここだけの話だぞ。良いか、そなたの母に言うてはならんぞコンラット。実は……マクシムの亡き母君はな、余の初恋の姫なのだ。本当はの、余の側妃になるはずだったのだよ。それなのに……彼女を見た父上がその美しさに心奪われ、娘ほど年が離れているというのに、無理矢理自分の側妃にしてしまったのだ」

「……」

「マクシムは母君にそっくりでな……それ故、あの顔でお願いをされては、余はどうする事もできぬのだ」


 解っておくれ――と、ジェイラスは微苦笑した。


 マクシミリオの母アシュリーは体が弱く、風邪をひいては何日も寝込む事があった。彼を産んで二年目の冬にアシュリーは風邪をこじらせ、そのまま神の元へと召されてしまったのだ。

 庇護者である母親を失ったマクシミリオは、本来ならば母の実家に送られるところを、当時はまだ皇太子だったジェイラスが父王に頼んで、自分の小宮に引き取る事を許してもらった。

 ジェイラスにとってマクシミリオは、初恋の姫君の忘れ形見であり、異母弟であり、息子のような存在であるのだ。


「父上の言い分は良く解りました……が、僕の気持ちはどうなるのです? 僕がティアを好きなのを父上だって知っているはずだ。それなのに……それなのに……あなたは実の息子よりも、異母弟の方が大事なのですね」

「い、いやそうではなくて……。コンラットや、余は、父はな……」

「もう結構です。僕は僕の遣り方でティアを奪い返します。ええ、ええ、父上の手など借りずとも、あの腹黒キンキラ男から絶対にティアを救い出してみせますから!!」


 鼻息荒く宣言したコンラットは、「父上は僕の敵です」と捨て台詞を残し、父王の部屋から出ていった。どすどすと踵を踏み鳴らしながら小宮に戻った彼を出迎えたのは、教育係でありクリスティアの長兄であるエルビアンだ。真冬の月とまで謳われる、その冴え渡るような美貌はどこへやら……今日はどんよりと雲っていて、目の下には濃い隈ができていた。


「酷い顔だなエルビアン」

「はぁ……申し訳ありません殿下」

「ティアはもう行ってしまったんだろう?」

「はい……」


 世間体を考え、二人は婚約した事になってはいるが、結婚そのものは保留という状態だ。例のゲームの結果次第で、結婚するかしないかが決まる。今朝、ゲームに勝つ気満々といった様子で、クリスティアは公爵邸へと行ってしまった。フィーリアが自分も一緒に付いていくと大暴れし、その際レリウスの頬に引っ掻き傷を、アレクシスの脛に青アザを二つほど作ったのは想定内だ。


「三ヶ月……か。そんなに期間があったら、いくら最初はその気が無くたって、情が湧いて離れ難くなるんじゃないのかな?」


 ぷうっと頬を膨らませたコンラットは「やはり叔父上は汚い」と、己が叔父を憎らしげに罵る。そんな彼にエルビアンは弱々しく口端を上げ、これからやるべきことをボソボソと話し始めた。




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