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01

 ウィロック伯爵のご自慢は賢く美しい奥方と、夫婦の良い所ばかりを受け継いだ六人の子供達である。

 長閑な昼下がり、手入れの行き届いた美しい庭で、一家はお茶の時間を楽しんでいた。


「ティア、私の分も食べていいよ。これ、好きだろう?」

「ティア、もう一杯お茶はどうだ?」

「ティア、口端にクリームがついているよ」


 三人の兄達は次々と末妹に話しかけ、甲斐甲斐しく世話を焼く。だが、当の本人は愛らしい顔を歪め、大きな大きな溜息をついた。


 もう小さな子供ではないのだから、いい加減にして欲しい――と、一言兄達に文句を言ってやろうと口を開いた彼女よりも先に声を発したのは、それまでずっと黙っていたもう一人の妹だった。


「兄さま方、いい加減にしてください。ティアが迷惑がっていますでしょう? 良い年をしてそんな事も判らないのですか? ハン、なんて無能なんでしょう。それでよく王宮勤めができますわね? 今すぐお役目を返上なさいませ。それがフォレスティン(このくに)のためですわ」


 バシッとテーブルを掌で打ち、その振動で紅茶のカップがカチャカチャと小さな音をたてる。きょうだいの中で一番母親に似ているであろう上の妹に睨まれ、三兄はひくりと頬を引き攣らせた。


【百合姫】【フォレスティンの真珠】と謳われているこの妹は、外では淑やかで深窓の姫君のようにおっとりと振舞ってはいるが、その実態は短気で男勝りな毒舌家だったりする。

 もちろんその事実を知っているのは、ここにいる家族や屋敷の使用人達の他に、十年前に他家へ嫁いだ長女とその夫だけだった。


「フィーリア……そうカッカするものではありませんよ。体に悪いわ。それにあなた達も、ティアを構うのは良いですが程々になさい。でないと本当に嫌われてしまいますよ」


 ひいっ――と小さな悲鳴をあげ体をぶるりと震わせると、三兄は互いに顔を見合わせる。皆、蒼白な顔をしており、そんな兄達の様子が可笑しかったのか、クリスティアはくすくすと笑い声をあげ、それがおさまるとコホリと咳払いを一つして彼らを見た。


「エルビアン兄さま、半分だけ兄さまのケーキをくださいな。レリウス兄さま、紅茶をもう一杯淹れていただけます? 実は喉がカラカラなんです。アレクシス兄さま、教えてくださってありがとうございます」


 口もとをナフキンで拭うと、クリスティアは兄達に向かってにっこりと微笑む。


「優しい兄さま達がいて、ティアはとーっても幸せです」


 この世の終わりのような顔をしていた三兄だったが、愛すべき末妹のこの言葉に沈んでいた気持ちは一気に浮上し、幸せいっぱいといった風にうっとりと微笑んだ。そんな息子達に伯爵夫妻はにこにこと笑みを浮かべ、そんな兄達にフィーリアは心底嫌そうな顔をした。


 長兄エルビアンは自分の皿の上のケーキをナイフで半分に切り、次兄レリウスは紅茶を淹れるためお湯を持ってくるよう侍女に言い、三兄アレクシスは新しいナフキンを彼女の膝の上に広げてやる。この兄達の中では、クリスティアはいつまで経っても年端もいかぬ小さな子供のままのようで……十七歳のお年頃な彼女にとって、それは頭の痛い事だった。けれども兄達の優しさを無下にする事もできず、早く妹離れをしてくれと、毎晩欠かさず就寝前に神に祈っていたりするのは……皆には内緒だ。


「あぁそうだ……ティア、五日後に皇太子殿下がお忍びで市場に行くのだけれど、その時ティアも一緒にどうかと仰っているんだけど、どうする?」


 にこりと笑うエルビアンに、まず最初に反応したのはクリスティアではなく、彼のすぐ下の弟レリウスだった。


「ちょっと待ってくれ兄上。騎士団の方に、その連絡は来ていない」


 王宮騎士団第三部隊の副隊長を務めている彼は、父親譲りの赤味がかった茶色の髪を乱雑に掻き上げると、皇太子の教育係である長兄を鋭く睨む。彼の部隊は主に、王都とその周辺の警備が仕事であった。


「あぁ、その事か。それなら侍従騎士だけで充分だからだよ、レス」


 要人警護は第二部隊の仕事であり、侍従騎士はこの第二部隊から選出される。皇太子付きの侍従騎士はレリウスも良く知る人物で、同じ時期に仕官学校で学んだ仲間だった。


「確かに殿下お一人なら、アイツだけで充分だろう。だが兄上。ティアを連れて行くというのなら話しは別だ。大切な妹を、他の奴になぞ任せられるか。俺も行く」


 だいたい、王都の警備をしている我々に、一言連絡があって良いようなものだが――と、レリウスはチクリと嫌味を言う。万が一何かあった場合、その責任はレリウス達にも及ぶのだ。


「そうですねぇ……私もレス兄上の意見に賛成です。あぁそうだ、私もご一緒しようかな? 新しく赴任されたソリアの大使に、王都の案内を頼まれているんですよ」


 やんわりと微笑んで、アレクシスは優美な手つきでカップを持ち上げた。


「アレク兄さま、ソリアとはどのような国なのですか?」

「ソリアは砂漠に面していて、一年中暑いと聞いています。日焼けした肌と癖の強い黒い髪……それに黒真珠のような瞳がソリア人の特徴で、馬ではなく駱駝の数の方が多いそうです」


 外交省に勤務するアレクシスは、他国の大使やその側近達と接する事が多く、色々な国の言葉や風習等を知っていた。それはクリスティアの興味を惹くには充分で、若葉色の瞳をキラキラと輝かせ、彼女はアレクシスの話を嬉しそうに聞いている。


「ダメだアレク。お前だけなら必要ないが、大使が一緒では護衛を多く付けなくてはならない。そうなると目立ってしまうじゃないか。殿下は“お忍び”で――と言っているだろう。大使の案内は後日にでもやってくれ。さて、どうするティア? 私は明日にでも殿下に報告しなくてはいけないから、この場で決めて欲しいのだか……」


 どうしようかと首を傾げて考えていると、バタバタと慌しい足音をさせて執事長と侍女頭がこちらへ駆けてきた。いつもは何があっても慌てず騒がずな二人のこの行動は、ウィロック家全員を驚かせた。


「どうしたんだいメイヤー? そんなに慌てて……転びでもしたら大怪我をするよ。もう年なのだから無理をしてはいけない」


 長年ウィロック家に仕えてくれている老執事に、伯爵はやんわりと釘を刺す。だがメイヤー老人には、そんな事はどうでも良かった。


「た、たたたた大変でございます旦那様。お、おも、表に、表に……」


 その後が続かず、メイヤーはパクパクと口を開閉するだけだったので、仕方なくメイヤー夫人が夫の後を引き継いだ。


「ラジュエル公爵家から、公爵様のご使者が参られました。控えの間にてお待ちいただいております」

「はあ~?」


 ラジュエル公爵――現フォレスティン皇国皇王の異母弟にして、最年少で皇王補佐の末席に座る事を許された青年である。

 彼を知らぬ者など、この国にはいない――と言って良いほど、マクシミリオ=ラジュエルという人物は有名であった。




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