雨音より君の音
「なぁーんかなぁ〜。」
「ん?何か言った?」
「なんでもねえよおお。」
「そ?」
金曜日の放課後、誰もいない図書室で美帆と健太は向かい合って座っていた。
何でもないと言う健太の言葉に、美帆は上げてた顔を本へ移した。
「なーんか、なぁ〜……。」
宙を見上げ独り言を言う健太をちらっと見やりすぐに本を読み直す。何がなーんかなぁ、よ。美帆はもう一度聞くのも面倒くさいのでシカトすることに決めた。
「…はぁ〜。」
「…何よ?何でもないんだったら気になるからため息やめてよね?」
4度目のため息のあとついに美帆が顔を上げた。
「だってさ〜、なあ美帆、俺たちっ…」
ザーーーーッ、
健太の言葉を遮るように、突然雨が降り出した。
「え、雨??やだ私傘持ってないよ、水井、早めに帰ろう」
美帆はそう言って健太の言葉を待たずに立ち上がった。
おいおい俺のため息の原因はもういいわけね?少し不貞腐れた健太は、美帆が本を鞄に入れている間に窓のそばまで行った。
「ねぇ水井、早く帰ろうよ!水井傘ある?駅まで入れてよお願い。」
ブレザーを羽織りながら美帆が近づいてくる。
「きゃっ」
美帆は健太にいきなり引き寄せられた。思わず目をつむったが、引き寄せられた場所が健太の胸だということはなんとなくわかった。
「な…何すんのよ!危ないでしょ!」
素早く健太から距離を取り、赤くなる顔を隠すように俯いて怒る美帆に、お前歩くの遅ぇんだもん、とシラっと健太は答えた。なに赤くなってんの?バカみたいじゃない。美帆は冷静ぶりながら水井のアホタレ、と健太の肩あたりを軽く叩いた。
「なぁあのさ、美帆。」
いきなり少し硬くなった健太の声音に驚きながら美帆は何?と答えた
『そろそろ名前で呼んでよ。』
美帆の言う通りに速く帰らなかったせいか、ひどくなった雨で健太の声はたぶんかき消されただろう。
付き合うようになって半年。手を繋ぐのもキスも、周りの友達と比べると遅い方だったとは思う。高校2年生にして、彼氏とキスするまで5か月かかった。仲のいい彩香なんて付き合ったその日にしたというのに、花苗なんて付き合って3日でしていたというのに。
そんな奥手な2人、名前なんて、と思うかもしれない、しかし健太にとって友人カップルが名前で呼び合っているのを見てずっと、少しだけ、ほんのちょっとだけ、憧れていた。
まぁ雨のせいで2度も健太は言葉を遮られ、仕方ないか、と落胆しながらも、帰るか。そう言って自分の荷物を取りに行った。
『……けんた。』
絶対に雨の音にかき消された、ああ恥ずかしい、今のなし。恥ずかしがりな美帆は、ずっと呼んでみたくて、でも恥ずかしくて健太を名前で呼べなかった。しかも呼べたと思ったのに雨にかき消された。
美帆がうつむいて顔の赤さを一生懸命引かせようとしたとき、健太が大股で美帆の方へ戻ってきた。
「もう一回、言って?」
健太も美帆も、真っ赤な顔をして笑い合った。
だいすきな人の言葉は、聞き取れちゃうんです。一生懸命なの、私の耳。俺の耳。
end




