顔隠しのあたたかさ
一番最初に目に入ったのは白い布を顔にかけられている自分だった。
その次にお経が聞こえてきた。やがてこれは自分の葬式なのだと気づくのにそこまで時間はかからなかった。
自分はどうしたのだっけ、よく見る漫画や映画などではこういう場合自分が死んだ理由を思い出すのに手間取ったりするが、私の場合はそうではなかった。否、死んだ後のことだ。本当はこれが正しい場合であるのかもしれない。
私は、自殺したのだった。
どうやって自殺したのかもその経緯もよく覚えている、薬だ。
投身自殺は事後処理に相当お金がかかることはわかっていた。首つり自殺は死ぬまでが苦しいし、死んだ後死体から醜いものが垂れ落ちるというのも知っていた。
一番苦しくなくてかつ死んだ後家族や人にあまり迷惑をかけない死に方を選んだ。眠るように死ねる、薬だ。
実際あまり死んだという実感もない。多量の薬を飲みこんだ後、睡魔に襲われそのまま眠りについただけのつもりだから、もしかするとこれは夢なのかもしれない。
だからためしに頬をつねってみることにした。しかしなんということか、感覚がなかった。自分の手が自分の頬に本当に触れているのか、わからないのだ。
すると本当にこれは夢なのかもしれない。しかし夢からどう覚めればいいのかわからない。
しばらくぼうっとしているとお経がとまった。そこで私はようやく参列者たちの顔を見た。当たり前だが、知っている顔ばかりだった。
しかし知らない顔もいた。見たこともない男子生徒が暗い顔を俯けていた。あんな人、私のクラスにいただろうか。
お焼香…だったか、何の意味があるのかよくわからない儀式が目の前で繰り広げられていた。
まずは父さん、とても厳しそうな、悲しそうな、苦そうな、そんな顔をしていた。その次に母さん、泣きすぎたのか目が赤く腫れていた。その次も姉さん、兄さんと続いた。年齢順かな。姉さんや兄さんのあんな顔を見たのは、初めてかもしれない。
そのあとはわざわざ遠くから来てくれたのか従妹や叔父さんたちが続いた。そのあとも親戚の人だったらしいが、名前も知らない方たちばかりだった。
ようやく後ろでわざとらしく泣いているクラスメイトたちや先生の順番がまわってきたようだ。
担任の男はお焼香をつまんだ後ひどく頭を垂れた。なんとなく「すまない」と言っているのが聞こえた気がした。先生は悪くないよ、本当は、先生だって心のどこかで私を悪く思っていたでしょ。
そのあとのクラスメイトたちは、まぁひどいものだった。
薄々母さんたちも気づいているだろうが、まるで致し方なしに参列してきて、致し方なしにその行為を真似しているだけだった。中には欠伸している奴だっていた。わざわざ睡眠時間を削ってくれたのか、それはありがたい。
恨んでいるわけじゃない。確かに一時期殺してやりたいとも思ったことがあったがそんな感情すらも、抱くのは無駄だと悟った。
「まさか、自殺するなんて思わなかったの」
「ごめんなさい」
「腹減ったな」
「はやく終わらないかな」
「自殺とかめんどくせー」
四方から、そんな声が聞こえてくるようだった。あぁほら、やっぱりね。無理させてしまったようだ。
最近中学生がいじめられて自殺して、それを学校側も否定するものだから色々問題になっていたりしているのをニュースで見たことがある。
どちらかというならネットも見たりする人間だったので、加害者側の個人情報がたくさん流出しているのも見た。
詳しく見てみると加害者側の少年が少年なら、親も親、といった感じだった。しかし、私としては、きっとこの加害者の少年は、こんなになるなんて思ってはいなかったんだ。
いじめなんて、いじめている側も悪いし、いじめられる側も悪い。
この言葉には賛否両論あるが、私の答えは「場合による」だった。
卑怯な答えだと思われるだろうが実際のところその通りだと思う。
そして私の場合は、いじめられる側も悪い、に該当することだった。
しかも相手はクラスメイト全員だ。クラスの外にも中にも味方なんかいない。単純な話、私は元加害者なのだ。
前の学校で、クラスメイトを自殺に追い込んだ、ネットでいうところの『殺人犯』なのだ。
さすがにあの少年のように多くの個人情報は流れなかったが、家族全員の名前や挙句には私が名づけた犬の名前まで、転校先の学校くらいなんてのは簡単に流れ渡ってしまった。
一度流れてしまったものは止める術がなく、否定もできないままに私はそのクラスの中で、忌むべき存在となってしまった。
およそ全員のお焼香が終わったところで、そろそろこの葬式は終わりに差し掛かってきたらしい。
葬式という場ではあるが、どうやら久々に親戚全員集まったことだし、と親戚のみんなで食事の場が設けてあるらしい。
薄情だなとは思わなかったが、おいしそうに食事をしているのを見て、うらやましいとは思った。
クラスメイトたちは明日の授業や休日の遊ぶ予定について話しながら帰って行ったが担任は残った。ほかの先生方も残っていた。一部の先生については顔は知っているが名前は知らない。担当教科以外の先生はさっぱりだ、なるべく、関わらないようにしていたし。
◆◆◆
私の棺桶の周りは、もう暗くなって、誰一人として周りにはいなかった。
最後の一本だった線香も燃え尽きた。
今頃親戚たちで騒いでいるのか、大人の笑い声が遠くから聞こえた。
別に、何も思わなかった。
実に良いことだと思う、私なんかに負い目は感じず、むしろ私がいたということを忘れて家族たちには平和に暮らしてもらいたい。
「……ん?」
そこで、誰かが棺桶に近づいてきた。
暗くてよくわからなかったが、幽霊の特権なのかそれとも夢だからのご都合なのか、何故かずいと顔をよせれば普通に顔が見れた。
先ほどの葬式の時にいた、見覚えのない男子生徒だ。
私の死体が入った棺桶をただずっと見下ろしている。
知らない、どうも知らない、もしやネット上で葬式の情報も出回ってて、それで面白がってやって来たのだろうか。
「……ごめんね、止められなくて」
男子生徒は私が抜けた私を見下ろしながら、悲しそうに言葉を紡いだ。
止める? クラスメイトではなかっただろう? 何を止めるというんだ。
「貴方は僕を止めてくれたのに」
自殺の話だろうか、生憎そんな余裕はなかった。
自分のことで一杯一杯だったし、そこまで人間できちゃいない。
何故ならネット上ではクズと評される人間だぞ。
いや、ゴミクズだったか。
「貴方は僕に名前をくれたし、可愛がってくれて、僕の命を繋いでくれたのに」
そこで私は、あぁこれはやっぱり夢なんだ、と思った。
「あの時あなたに拾われて貴方に名前を与えられて、僕は初めて生きてる実感がしたんです。貴方に害を成す者全員を殺してやろうと思った。しかし僕の姿では、敵いっこなかった」
アイツが、人間の姿になっているなんて。
「だから僕は、人間の姿を奪うことにしました」
やめた方が良い。
いじめがいじめを生んで自殺が自殺を生むなら、奪う行為はさらに奪う行為を生むだろう。
「見ていてください、僕は貴方の仇をうちます」
あぁもうこんなことなら、あんな汚い犬拾わなきゃ良かった。