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黒の三日月  作者: 由乃ケイ
一章 桜が眠り、時は動く
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01

 二×××年、春。

 あれから四年が過ぎ、私はあの時のお兄ちゃんと同じ十七歳になっていた。(正しくは秋になるまではまだ十六歳のままだけども)

 本当に人っていうものは凄いと思う。あんなに大切な人と永遠に会えなくなり、正に悲しみのどん底に突き落とされたかのような気分だったのに。何時の間にかお兄ちゃんがいない世界に慣れてしまい、どん底から這い上がる事が出来ていたから。

 お兄ちゃんからすればそれは良い事なのかもしれない。でも完全に忘れる事なんて絶対には出来ない。だから毎日“和室にいるお兄ちゃん”の部屋に行って挨拶をしてから、学校に行く。それが私の日課。

 今日もまた同じようにお兄ちゃんに挨拶を済ませて、家を飛び出していく。

 春の風は他のどの季節よりも気持ち良くて、大好きだ。何処までも続く雲一つ見当たらない青い空。何か良い事が起きそうな気がする。今日から新学期も始まるしね。


「おはよう! 紗千。また同じクラスだと良いね!」


 歩く私の後ろから青い自転車で走ってくるのは友達の優衣ゆい。茶髪のショートヘアが良く似合う、運動神経の良くて明るい子。高校に入って最初に出来た友達だと思う。


「おはよ。また一緒だったら運命かもね。何だかドキドキしちゃうなあ……」


 自転車から降りた優衣は歩く私と同じペースで一緒に歩き出した。担任は誰が良いとか誰が嫌とか。そんなことばかりを話していたから、あっという間に学校まで着いてしまった。自転車を置きに行った優衣とすぐに合流してから、お楽しみのクラス発表。

 昇降口には沢山の人が群がっていて。自分の名前を探すのが大変でたまらない。漸く名前を探しやすい位置になり、名前を探し出す。そして七組の欄の中に私の名前があった。


“二年七組 岩代紗千”。出席番号は三番。


 あ行の名字だから何時も前の方。一方の優衣はと言うと、やっぱり同じクラスだったようだ。だから彼女の名前を見つけた時は本当に嬉しかった。他にも仲の良い子達数人とも同じクラスで。

 担任がまた去年と一緒なのは納得がいかなかったけれど、仲の良い友達と同じクラスだという事の方が嬉しい。

 早速教室へ入って、窓際の前から三番目の席に腰掛ける。ポカポカと太陽の日差しが当たって、眠ってしまいそうだ。眠ってしまったら起きるのが大変だからと、優衣とかとお喋りをして過ごした。

 それから体育館へ集合しろというアナウンスが流れて、言われるがまま体育館へ。始業式は校長先生の話が長くて嫌だけれど、いよいよ新しいスタートを切ったのだなと思い、興奮した。……多分そんなのは私だけだと思うけど。

 始業式が終わり、その帰り道。優衣や他の友達とお喋りをする。そこでは私はとある事実を初めて知った。


「ねえ、知っていた? 何だかうちのクラスに転校生が来るみたいだよ?」


 楽しそうに聞こえる“転校生”という言葉に私は勿論食いついた。転校生が来てワクワクしないだなんて有り得ない。噂によるとその転校生は男の子で、日本と何処かの国のハーフらしい。

 ハーフが全て美形だと思い込んではいけないけれど、ハーフという言葉に思わず美少年を想像してしまうのは何故だろう。


「格好良いなら狙っちゃおうかな」


 冗談交じりで私はポツリとそう呟く。その呟きに優衣達は便乗してくる。自分も狙おう、自分も狙おうって感じで。そんな楽しいお喋りの時間はあっという間に過ぎ去る。

 そして教室に戻ってすぐに担任である大瀬おおせ先生が入ってきた。歳は三十代半ば。背が高くすらっとしていて、どんな事でも受け止めてくれる良い先生なんだけど、たまに熱くなりすぎるから出来れば担任にはなって欲しくなかった。

 そんな先生の後ろにはその噂の転校生の姿があった。その彼の姿を見た時に、皆のテンションが上がるのとは真逆に私は一気に興奮が冷めてしまう。まるで一瞬時が止まったかのようで。

 四年前にお兄ちゃんが死んだ時の事が色鮮やかに蘇る。色の白い肌、黒いショートの髪。違うのは瞳の色だけ。金色ではなく青い色。それ以外はあの時お兄ちゃんを殺した男の子に瓜二つの顔だ。今目の前にいるのはあの時の人なの?

 そんな私の気持ちなんて誰も分からない。クラスの皆が達が目を輝かせている中で、私だけが目を輝かせていなかったに違いないだろう。黒板には“夜見柊”と、彼の名前が大瀬先生の手によって書かれていった。


「今日からこのクラスの仲間になる夜見よみひいらぎ君だ」

「……よろしくお願いします」


 少し面倒そうに頭を下げて挨拶をした彼は、そのまま1番後ろの空いている席へ座って行った。クラスほぼ全員の視線が彼に向けられる。確かに美少年と言えば美少年。

 私もあの時の男の子とそっくりでなければ、他の子達と同じように熱い視線を送っていたかもしれない。でも私が送った視線はそれとは全く違う、睨むような視線だった。


 ホームルームが終わり、放課後。クラスの人達はその夜見君の元に殺到する。私だってあの子達とは理由は違うけれど、彼の元へ押しかけたい気持ちはある。でも今はそうする事も叶わない。大丈夫。

 今すぐじゃなくても必ず押しかけて、二人きりになれる時間はやってくる。沢山の人達に囲まれた夜見君をチラッと見れば、やや迷惑そうな顔をしている。やっぱり押し掛けられるのは嫌だよね。転校生って一瞬だけのアイドルのようだ。

 “ご愁傷様”と心の中で呟いて教室を去ろうとすれば、優衣が自分も一緒にと私と一緒に教室を出た。優衣曰く“今の紗千は放っておけないくらいに難しい顔をしている”から、私を一人にする事は出来ないそうだ。


「夜見君……だっけ。紗千の苦手なタイプだったの?」


 二人並んで廊下を歩きながら、突然優衣はそんな質問をしてくる。優衣は気になった事はすぐに聞くタイプだから、私はもうそんな事には慣れていた。


「まあ……ね。顔が大嫌いな人に似ていたの」

「紗千が難しい顔をしていた理由はそれだったんだね」


 すると優衣は私を励ますかのように肩をポンッと叩き、こう言った。


「そんな事もあるよ。人生はそう上手くは出来ないようになっているんだから。ね? 気にしない気にしない」


 と。そうだよ。全て上手くいくような人生だったら退屈だ。でもだからと言って、あの時お兄ちゃんとの永遠の別れをするなんて。あんなに早くなくたって良いのに。

 まだまだ勉強だって見てもらいたかったのに。いっぱい甘えたかったのに。そんな事を考えていたら、何だか急に泣きたい気持ちになって来た。でもそれを必死になって堪えようとしても堪える事なんて上手く出来ない。

 今喋ってしまえば私は確実に大泣きをする。優衣の前では泣きたくない。


「紗千?」


 そんな私を不安そうに見つめてくる優衣。大丈夫だよって言いたいのに、そういう事も出来ない。優衣にはかなり失礼な態度を取っているんじゃないかって思う。それなのに。優衣は怒って良いのに、黙って私の隣を歩いてくれている。

 そんな長い静寂が分かれ道となる駅の近くまで続き、私は漸く言葉を口にする事が出来た。


「優衣、ごめんね。大嫌いな人との出会いを思い出しちゃったから、ちょっと辛くなって……」

「良いよ、それくらい。気にしないで」


 正しく言えば、大嫌いな人の出会いも勿論そうだけど、死んでしまったお兄ちゃんとの思い出までもが蘇り、もうこの世界でお兄ちゃんに会えない事を改めて思い知らされたのもある。

 優衣は私にお兄ちゃんがいて、もうこの世界にいない事を知っていても、その大嫌いな人に命を奪われた事までは知らない。

 ……というよりかは言った所で信じてくれないだろうしね。例えそれが大事な友達であっても。

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