全ての始まり
二×××年、四月。忘れもしない、大きな月が不気味だと感じるくらいに黄色く輝いていた日の事。
機械の音とお医者さんの怒鳴る声が響き渡る白い部屋で、大好きなお兄ちゃんがこの世を去って行った。
死因は交通事故によるもの。お兄ちゃんは事故に遭ってからずっと意識不明の状態が続いていた。ずっと目が覚める事を信じて願い続けていたのに、その願いは誰にも届く事はなく。……違う。届いていたんだと思う。だけどそれは間違った相手に、だった。
お兄ちゃんの容体は急変し、騒がしくなる病室。お母さんの泣き叫ぶ声。不安そうにする私の肩に手を乗せるお父さん。その手は珍しく震えている。私はふっとお兄ちゃんの眠るベッドを見つめた。
そして私は信じられない物を目撃することとなる。
お兄ちゃんの姿が誰かに遮られてしまった。それは上から下まで全てを黒に染めた、恐らく男の子。その手には同じように黒い鎌。キラリと怪しく光るそれはためらう事もなく、お兄ちゃんに目掛けて振りかざされようとしている。
「やめて! お願いだから連れて行かないで!」
私が願った想いとは正反対の行為。何故それが起きているのか分からない。でもそんな中でもたった1つだけ分かる事があった。
「紗千? いきなりどうしたって言うんだ」
お父さんの手を振り払ってお兄ちゃんの元へ近付こうとしたのに、お父さんは私のその腕をとっさに握る。何故そんな事をするの? 早くしないとお兄ちゃんは……。
「放して! お兄ちゃんがあの子に連れて行かれちゃうの!」
「あの子? 一体誰の事を言っているんだ? 少し落ち着きなさい……玲なら助かる。……必ずな」
そのお父さんの言葉はまるでお父さん自身に言い聞かせているようにも聞こえた。どうやらお父さんには、ううん。誰一人あの男の子に見向きもしないから、私にしか見えていないみたいだ。
それでも私はお父さんの腕を振り払おうとした。でも私の力はお父さんに勝るなんて事は有り得なくて。ただただ私はこう叫ぶだけ。
「お兄ちゃんを連れて行かないで! 大好きなの。まだまだ一緒にいたいの!」
と。男の子は私の言葉がまるで聞こえていないようで、その鎌はお兄ちゃんの身体を一瞬にして貫いた。音を立てる事もなく。数秒後、私は思わず閉じてしまった目を開ける。血は流れていない。ただその代わりに……。
お兄ちゃんの死を知らせる心停止の高い音だけが虚しく響いた。
瞬間、私はその場にくず折れる。頭の中がグチャグチャしていて、お父さんやお母さんが何をしているのかさえも分からなかった。
その時、一瞬だけあの男の子が私の方を振り向いた。黒の髪に映える色白の肌。そしてこの世のものとは有り得ないくらいの金色の瞳。
それらを持った男の子は、窓も開いていないのにふわりと風が舞った瞬間に消えていった。私はお兄ちゃんの無事を願ったのに、やって来たのは不幸。
神様なんていないと思った。いたらお兄ちゃんをちゃんと助けていると思うから。そう感じると同時に私はお兄ちゃんを殺したともいえるあの男の子を憎く感じるようになった。
あの子が来なければお兄ちゃんはもっと生きる事が出来たと思う。もっと傍にいる事だって出来た。その気持ちは何時しかあの男の子へ復讐をしようという気持ちへと変わる。
名前も知らぬ金色の瞳をもつあの男の子へ同じ苦しみを必ず与えよう。そう誓った。