第一話
〜第一話〜
「ダメだ……飯……」
俺は今、とてつもない空腹に襲われていた。家出中につき食料が極端に少ないのである。家に帰ったら食料はあるのだが、実家には絶対に帰れない理由があった。
「大丈夫ですか?」
「誰だアンタ……俺に話しかけるなっ!」
怒鳴っても空腹が回復する事は無く、むしろエネルギーの消費にしかならず、俺の空腹感が増加するだけであった。その証拠にまた腹がグーっと音を立てたのだ。
「おなかが減ってるんですか……? 可哀想……これくらいしかありませんが……よろしければどうぞ」
あぁ……とうとう俺にも天使の迎えが来たのか……とか思いながら俺は少女が差し出した食料を一気に食べつくした。少女の俺を呆然と見る視線で、全て食ったのはマズかったかな……とか思ったが食べた物は仕方が無いか……
「フフフ……その食べ方、私の知り合いにそっくり……」
「知り合い……? あ、もしかして……その知り合いに上げる物だったとかだったりする?」
「良いんです……これでアナタが助かりましたし、どうせ今日も見つからないでしょうから……」
今日も見つからないって事は……探し人でもいるのだろうか。家出とか何かなのだろうか。
「えっと……失踪した人でも探してるのか?」
「4年前に行方をくらましてしまったんです。その……大切な人なんです。失いたく無い……」
「そっか……大切な人……か。良いなぁ自分の事をそこまで大切に思ってもらえるなんて……きっと、そのアンタの探し人は幸せ物だな……」
「もし、もしで良いんです。見かけたら教えてくれませんか? 私もいっつも周辺をウロウロしてますので」
「んー……俺みたいな一般人が探してもたいした力にはなれないぞ? 何なら警察に連絡してやろうか。知り合いの警官が一人だけいるんだが……」
「だ、ダメです。警察はダメです……警察なんか呼んだら迷惑かけちゃうから」
「迷惑なもんか……そんな仕事をするのが警察だろ?」
「えっと……警察じゃなくて、失踪してるお兄ちゃんに迷惑がかかるって話なんですけど……」
どうやら訳アリみたいの様だからあまり俺が関わって良い問題じゃ無いと理解は出来た。
「まぁ会いてぇなら警察が一番なんだが、アンタが嫌なら別に良いや。ちなみにアンタの名前は何て言うんだぁ? 俺は名倉透弥って言うんだ。それと食料ありがとうな」
俺が振り向くと少女は完全に硬直した様に固まっていた。
「どうしたんだ……?」
「い、いえ……何でもないんです。聞いた事のある名前だったもので……でも、きっと違うと思います……こんな簡単に会えるはずは無いですもんね……私は名倉夕紀……夕紀って呼んで下さい……」
「夕紀……だと? お前が夕紀だってのか?」
「え? な、何か……?」
「俺の妹が名倉夕紀って言うんだが……」
「お兄ちゃん……なの?」
「くそっ」
「やっと見つけた……」
俺はダッシュで逃げる体勢に入ったのだが、その前に夕紀が俺の背中に手を回して抱き付いてきた。
「捕まえた……もう絶対に離さないっ……夕紀がこの4年間どれだけ心配したと思ってるの? いっつもいっつも夕紀に内緒で勝手に行動して……」
「わ、判ったから取り合えず離れろよ……な?」
「ダメ……お兄ちゃんを放したらまたどこかへ行っちゃうもん……だから絶対に離さない……話したらダメだもん」
俺の読みは完全に読まれており、夕紀は俺を離そうとはしなかった。
「判った……何がして欲しいんだ?」
「もう、二度と夕紀に内緒で勝手な行動しないってのと、お家に帰って来る事」
「判った……判ったから取り合えず離れろ……な?」
「判った……」
夕紀がやっと俺を解放してくれた。体の自由を取り戻した俺は、夕紀と一緒に実家に向かう事にした。俺は一体何をしているんだ……自由が欲しくて家を飛び出したはずなのに……俺の心は夕紀に傾いてるってのか……? ま、逃げても無駄だしなぁ……今日は今までで一番ブラックデーだな。
家に帰っても結局誰もいなかった。
「はぁ……父さんも母さんはまた仕事か……?」
「仕方無いよ……大変なお仕事だもん……」
「でも、一人じゃ寂しく無いか? 夜も怖いだろ?」
「う、うん……でもお仕事の邪魔は出来ないよ」
「仕方ねぇな……俺がいてやるよ……」
「え?」
「俺が父さんと母さんのいない間にお前の側にいてやるって言ってるんだ。ただし、父さんの許可が出たらだ……」
「本当に? 約束したよっ」
夕紀は可愛い笑顔で喜びながら自分の部屋に戻って行った。さて、俺も自分の部屋で少し休むかな……
俺は自分の部屋で少しだけ休むはずだったのに、夕方くらいまで寝てしまっていた。
「ん〜……ここは……あぁ、帰って来たんだっけ……ん、何だ?」
俺の隣には夕紀が眠っていた。俺が寝た時はいなかったよな……確信犯だな。
「ったく反則だな……こんな可愛い寝顔見てたら出て行けなんて言えないじゃ無いか……」
俺は何の為に家を出たんだ……自由の為じゃなかったのか……自由……それより大事な物が俺にはある様に思い始めた……
俺は一階に下りて何かを飲もうと思ったのだが、一階にはすでに父さんと母さんが帰って来ていた。
「おかえり……帰ってたんだ?」
「透弥っ!?」
「なんと……」
「ただいま……」
「いつ帰って来てたのぉ?言ってくれたらすぐにでも歓迎したのに」
「良いよ……母さんも父さんも仕事で疲れてるだろぅ? 夕紀から全部聞いてるから。俺は別に一人でも良いけど……夕紀が一人ぼっちになるってのは少し可哀想なんだ。少しは夕紀と一緒にいてやれる時間も作ってやって欲しい」
「ふん……一人ぼっちにさせたのはお前のクセに良く言うわ……どうせまた出て行くんだろぅ?」
「お父さん、せっかく透弥が帰って来たと言うのに何て事をっ!」
「良いんだ……ほら、出て行けよ……その態度では家出して大切な物をまだ見つけていないんだろぅ?」
「どう言う意味?」
「判ってるんじゃ……お前が家出した理由も……何もかも……」
「判ってたんだ? じゃあさ……もう少しだけ……ここにいたいんだけど?」
「好きにせぇ……」
いつかは家を出るつもりだった。それは今もずっと続いてる思い。でも、もう少しだけ……もう少しだけアイツの側にいてやりたい。せめてアイツを守る男が現れるまでは……
〜続く〜