俺が異世界で活躍するまでのお話
ムシャクシャして書いた。今は反省してる。
*
地面を背にした俺の視界に映るのは、雲ひとつない空。そして真昼の太陽の逆光を浴びている男女二人。
「オイお前、大丈夫か!?」
そのうちの一人は、俺に声かけているトラックの運転手だ。
「だ、大……丈夫で……」
ダメだ、全然声が出せない。もう一人の方、トラックに轢かれそうになった幼馴染を助けるために身を乗り出した結果、このザマだ。運転手が早い段階でブレーキを踏んだので、かろうじて今の俺は息をしてるけれど体の状態は酷いことになっている。骨何本逝ったかな? もう先は長くないのかもしれない。でも幼馴染は無事だ。こんな時だってのに呆気に取られた顔してやがるけど……ともあれ、よかった。
俺、死ぬのかな。某小説投稿サイトで流行ってたテンプレ展開のごとく、『神様の手違いで死なせちゃいました、てへぺろ。お詫びにファンタジーの異世界に転生させてあげよう』なんてふざけたことになるのだろうか。そんなの嫌だ。俺は今までの人生に不満がなかったわけじゃないけど、何だかんだで充実してたはずだ。それなのに――
気がついたら白い天井、そしてカーテンのかかる窓が視界にあった。どうやらここは病院ではなく誰かの家の中だ。掛け布団の感触を確かめ実感した。俺は生きていると。なんだか嬉しかったのか安心できたのか、目頭が熱くなるのを感じた。でも体のあちこちが痛い、だからまだ自由に立ったり歩いたりできそうにない。というか、出血多量だったはずなのに傷一つ残ってないのはどういうことだ。
辺りの本棚や机、タンスを見渡すと、いかにも女の子っぽい部屋だ。もしかしたらだけど、ここは幼馴染の部屋か? だとしたらいつまでもここにいるわけにはいかない。これからどうしようか、そう考えていた時ドアノブの音がした。
「トウマ……」
入ってきたのは幼馴染だ。何やら気まずそうな顔をしている。そりゃそうだ、こいつがボーとして道路に突っ立ってたことが事故に繋がったのだからな。いくら車通りの少ない道だからって……。
「何か言うことは?」と俺は幼馴染と目を合わせた。
「ご、ごめん」
「うむ、よろしい。運転手さんにもきちんと詫びを入れたか?」
「え? あぁそうよ、いれたわ。それから、詳しい事情も話した」
「事情?」
この期におよんで言い訳でもしてきたのか。
「ちょっと、目をつぶりなさい?」
「何する気だ?」
「いいから」
もし、こんな時にキスなんてふざけたことでもしてきたら、俺はこいつのことを許せなくなるかもしれない。
「分かった」
とりあえず言われた通りにしよう。すると俺の額に手の感触が。
「そのまま閉じてなさいよ?」
まさか記憶操作とかそういう類のものでも使えたりするのか? なんだか今俺の頭の中から何かが掘り起こされているような気がした。そして。
「おい何だこれは……」
モノクロと化して浮かぶ景色、それが徐々に色がつき始める。ハイカラ世界というべきか、まるでそこは西洋と和風の入り混じったような街並みだった。道ゆく人々は和服姿、だけどところどころにSF映画にありそうな機械が点在しているというアンバランスさ。ここは一体どこなんだ?
「今あたし達の住む世界とは異なる世界。その中の国家の一つ、〈ヒノマル皇国〉」
ヒノマル? あぁ、日の丸ね。違世界の日本のことだな、きっと。
「異世界がどう関係あるって?」
嫌な予感がした。西洋風――というか近世の日本に近い?――のファンタジー世界に勇者として召喚され、魔王と戦えとか言われるパターンなんじゃないかって。
「今、その世界が危ないわけ。だからあたし達がそこを救うために――」
「……ちょっと待った」予感が的中して、目を開けた。「異世界が何らかの危機に瀕しているというのは分かった、だけどそこの世界の住人でない俺らが干渉してもいいのか?」
問題はそれだ。討伐依頼や軍事利用などのために関係ない世界の住人を勝手に巻き込むパターンが多い。よくよく考えてみれば理不尽なことじゃないか。さすがにこう言われちゃ、幼馴染も黙るしかないよな。
「だから俺は異世界に行けと言われても拒否する権利がある。今回のトラックで受けた怪我の程度じゃ比にならない苦痛があるだろうし。それとも本当はお前、事故が起きるきっかけとなった責任から逃れるために異世界へ行こうとしてるのか?」
俺が一番言いたかったのがそう、これ。現実世界は都合が悪いから夢のある異世界に逃げたいのは、確かに誰でも思うことかもしれないけど。
「――それは違うぜ小僧」
「え?」開いたままのドアからもう一人顔を出してきた人がいた。
「よぉ〜、小僧」
「あの時の運転手さん……!?」
「ん? 見舞いに来ちゃマズかったか?」
「いやいやそうじゃなくて!」とりあえずこの状況をどう解釈すればいいのやら。「仮にも人をはねたトラックを運転していた人が、何ケロッとした感じになってるんの……!?」
歳上のゴツイあんちゃん、もとい運転手相手にタメ口になっていた。
「まぁ〜、最初は焦ったさ。だけどお前さんもオレと『同じ』だと分かった時は凄〜く安心したんだなぁ〜、うん」
「は?」
意味が分からない。何を言っているんだコイツは。しゃべり方がだんだんチャラくなってきてることもあって腹が立つんだが。
「ま、要するにお前もオレも、それからそこのお嬢ちゃんも同じくあの世界出身だということさ」
口がポカーンとした。何この超展開。
「まだ信じられないようだな。じゃあ聞くが……お前さんはオレのトラックにハネられたにもかかわらず、なぜ無事でいられた?」
無事ってわけじゃないんだけどね。実際出血多量、体の骨何本かやられたはずだし、今でもあちこち痛む箇所がある。……ん?
「普通だったら即死、あるいは意識不明の重体となるところだった。だが今のお前さんの体はどうだ?」
「言われてみれば」
さっきも自分の体を見たけどなぜか事故に遭う前の状態に戻っているようだった。
「そうだ、お前さんの中にある潜在能力の封印が徐々に解けているところだ。その前兆として〈身体の再生能力〉が現れている」
「じゃあ病院に運ばれなかったのは」
「あ? 他の人間に知られて一大事にされたくなかったんだよ……」
「病院の人なら見送りで『お大事に〜』って言ってくれるんだよなあ」
その瞬間、幼馴染から「馬っ鹿じゃないの」と頭をはたかれた。体に響く。
整理しよう。えぇーと、つまり俺達は実は今いる現実世界の住人ではなく、しかも何かに覚醒しつつあると。確かにファンタジー世界にありそうな展開だ。幼馴染から脳内に景色を映し込まれたこともあって、もうこいつらの話を疑う要素はないかもしれない。
「ところで」同時に嫌なことも浮かぶ。「あんたらって実はグルだったりする?」
幼馴染と運転手がそろって、えっ? と声を上げた。
「いや、だってさ、俺に異世界のことを信じさせるためわざと事故を起こさせたように……え?」
二人の表情は一転した。曇ったというべきか。
「オレぁ、そんな回りくどいやり方はしねぇよ。トラック事故を起こすとか……学歴社会のこの世界でようやく手にした俺の仕事が無くなっちまうだろうが」
「トウマ……あんたを信じ込ませるためにやるなら、もっと簡単な方法があるよ? 誰にも目撃されないよう家に呼び出して包丁でめった刺しにするとか」
ごめんなさい、前言撤回します。
「分かった、もう分かった……とりあえず話の内容は信じるよ」
でも。
「それで異世界に行って俺にどうしろというんだ? そもそも異世界出身の俺らがどうやって今の戸籍を?」
次から次へと出てくる疑問。やれやれと運転手は呆れている様子だ。幼馴染は再び俺に目を閉じるように言った。額に手の感触があるということは間違いなく景色を見せることだろう。
「あたしはね、トウマにその世界を救ってほしいの」
「……やっぱりそうなるの?」
俺の脳内に流れる景色は先ほど見た街だった。しかしどこからか赤い光が街を覆い、人々が逃げまどっている状況に変わる。あちらこちらに炎が立ち、看板や大型スクリーンが落ち、時計塔は折れ、レンガが崩れていった。
「なんてことだ……」
「この被害はまだ国全体の中の、ほんの一部にすぎないんだから」
炎の中から影が浮かぶ。時間が立つごとに横幅が広がっていった。
「こいつらは何だ?」
炎から姿を現したのは、中世ヨーロッパの騎士が着用していそうな全身重装甲の鎧をしている集団だ。
「ヒノマル皇国と戦争をしていた相手国の軍隊、その残党」
兜の下は、どう見ても人間ではなかった。
「じゃあ壮大なファンタジー物語みたいに国家間の大規模な戦争に介入する、ということはないんだな? 残党を狩れと。でも、それならそこの世界の人に任せればいいんじゃ……」
「現地人じゃ完全撲滅は無理よ。倒しても倒しても蘇ってくるから」
それ、何てゾンビ?
「そこであんたの潜在能力が必要となってくるの」
「何で、俺なんだ?」
異世界に救世主として呼ばれた奴なら誰でも思うことだろう、知りたいことだろう。なぜ自分なのかという理由付けが。
「それはあなたが本来ヒノマル皇国の皇位を継ぐ人間だから」
「…………マジ?」
「うん、マジ。その血を引く者は代々、ずば抜けた魔力を持っているの。今回の身体再生能力だって――」
「待て待て待て!?」幼馴染のやつ、さらりと言いやがって。「なんか話がだんだんトンデモナイ方向に向かっているぞ!?」
「う〜ん? あたしはありのままの事実を話しただけだし……」
次から次へと……もう何からツッコミ入れればいいんだか分からない。
「フッ、お前さんよぉ〜、そもそも事故から『自己再生』した時点でとんでもねぇことだろ」
こいつは俺を煽りたいのか。
「とりあえず受け止めておくよ。それにしても、そんな凄い血統持ちがなぜファンタジーでもないこの世界で暮らしていたんだ……?」
「あんたの命が狙われたからよ」
そうきたか。それで安全なこの世界で暮らさせたのか。
「天皇家を根絶やしにしようとした敵軍が真っ先に狙ったのがトウマ。敵軍はまだ並行世界を越える力はなかったから、メイドにあなたを任せてしばらくはこの世界に留まらせていたの。ヒノマル皇国にいた時の記憶を封印して、ね」
じゃあ、園児の頃や小学校入学の頃の記憶が無いのも、それが影響だったのか。やっぱりとは思っていたけど、俺を育てたお袋は本当の親じゃないわけだな。ところでラノベやエロゲ主人公の母親みたく不自然に若いんだが、俺を引き取った時の年齢はいくつだったんだろう……。
「でも戦争は激化していて、とてもあんたを迎え入れられる状態じゃなかった」
そうして帰還を先延ばしにして今に至るわけですね、分かります。
「敵軍の狙いは資源確保のためにヒノマル皇国を制圧し、並行世界にも浸出すること。でも戦争はヒノマル皇国の勝利に終わったはずだったの」
「じゃあ残党共は何を……」
不死身の能力を持っているだけで十分脅威的だけど、戦争を制したほどの国なら襲撃の都度、撃退し続ければいいんじゃ……。
「生き残りの兵を束ねる指導者がいるのよ。そいつは怪しげな魔術を武器にしてて、ヒノマル軍は全く歯が立たなかったの」
まあ魔術抜きの白兵戦なら勝てたということか。
「亡き敵将を継いだその魔術師が並行世界の浸出を謀った――」
話の途中で割り込むように運転手は「その力はこの世界にも干渉し始めている」と続けた。
「――もう十年くらい前になるか、お前さんくらいの歳に兵に志願して前線で戦った。だが敵軍の力が増して形成が不利だった。だから兵長がオレ含む若い連中を逃がすために一人で戦った。オレは恐怖のあまり必死に逃げた。もう二度とあんな恐ろしい奴らと戦いたくないと」
「じゃあこの世界にいたのは……」
「命からがら逃げている時突然、辺り一帯の景色が歪み始めた。最初は蜃気楼かと思ったよ。気がついたらこの世界に飛ばされていた」
この後警察に尋問され施設で暮らすことになったんだぜーと、なぜか苦労自慢してるような感じだった。
「オレは施設暮らしの後、手に入った戸籍で完全にこの世界の一員になれたと思っていた。だが」
「この世界に干渉した魔術師の力であたしらは殺されるところだったの」
「もし事故を起こしところを他の誰かに見られたらオレは社会的に抹殺されるところだったぜ……」
何かこの会話だけを聞くと、まるで自分は悪くないと主張する犯罪者の言い訳みたいだが、真剣に話している場面なのでそうツッコむのはやめておこう。
「あたし達は元はあの世界の住人だったから、影響を受けやすいのかも」
「じゃあ俺に何もなかったのは……」
すると二人は声を合わせて、天皇家だから、と答えた。その言葉に重みが感じられないのはなぜだろう。
「とりあえず事態を放っておけば異世界だけでなくこの世界も危ない、と?」
そう、と二人は声を合わせた。やれやれだ。
「運転手さんがこっちの世界で暮らしていた経緯はだいたい分かった。じゃあ、一方でお前は何者? やけに事情に詳しいし……不思議な力に関しては言うまでもないか」
「分かった、ちょっと話せば長くなるけど――」
果たしてどんな答えが返ってくるのか。半分は好奇心、もう半分は不安だ。
幼馴染はいつ頃だったか俺のいた小学校に転校してきた。内気そうだったのに、なんか俺の前だと強気になる。意地悪もされたしイタズラもされた。だから俺はこいつのことが大嫌いだった。
まさか中学も高校も一緒になるとは思わなかった。付き合いが長くなるうちに『嫌い』と思うこともなくなり、徐々に女の子っぽい可愛らしさが増してきて、一緒に登校したり休み時間絡んだり、たまに遊んだりするのが楽しみになってきた。もちろん時々言動に腹が立つこともある。
そんな幼馴染が俺にファンタジー世界のことを語った挙句、なんと『実は天皇家に仕える巫女の家系』だというから驚いた。俺の家系が天皇家という事実ほどのインパクトはなかったけれども。
とにもかくにも幼馴染は巫女としてこの俺のことを見守る使命があるらしく、俺がこの世界に来てしばらくしてから送り込まれたという。それでこの世界にいる間は魔力をパイプにあの世界と通信を取っていたとか。
さて。ここまでの話を簡潔にまとめると、あっちの世界が危ない。こっちの世界も危ない。
敵である魔術師は一国の兵じゃ歯が立たない。
そいつの持つ強力な術式に対抗できるのは今のところ皇族の血を引く者だけ。
俺が実はその一員。
幼馴染は実はそれに仕える巫女。
おまけに運転手は元兵士。
「ここまでは何とか理解したよ。……ただ」腑に落ちない点もある。「お前ら、仮にも皇族である俺に対してそんな態度を取っていいと思ってるのか……!?」
「もちろん」と笑顔で応える幼馴染。
「この世界にそんなルールはねぇしな」と続く運転手。
「別に俺はふんぞり返りたいわけじゃないけどさ……あっちの世界じゃ天皇制なんだろ? これから行くのにそれは――」
「大丈夫」幼馴染は自信満々に即答した。「あんたの親父に仲良くしてくれと頼まれてたの。もしあんたが馬鹿やらかしたら遠慮なく懲らしめてオーケーだってさ」
「そうなの……」
まぁ俺がトラブル起こす度に幼馴染とお袋――の代わりになった使用人――から容赦なく関節技食らってたな。それにしても俺の父親って相当偉い立場にある人のはずだけど……幼馴染は一体どんな目で見てやがるんだ。
「それで、今でもあの世界の、その天皇家やその関係者と連絡を取り続けているのか?」
そう聞くと幼馴染は一瞬表情を曇らせた。
「先週で途絶えた」
「え?」もしかして件の魔術師が絡んでいたりするのか?
「どうしてかは分からないけれど……こうしてあたし達も世界線越しに命を狙われていたことは分かったわ」
勇者が魔王討伐の旅に出るファンタジー物語ほどのスケールはなくても、相手が相手だから一筋縄じゃいかないところか。
「だから何かあればあたしがあんたを守らなくちゃならないの。それは昔から変わらない。あんたは時々記憶が抜けたりするから。昔から忘れ物することが多かったでしょ?」
「ああ確かに」
「あれは恐らく八割か九割方、記憶操作された弊害なの」
「少なからず俺自身のだらしなさもあったんだな……」
「教科書貸してあげたり、写し損ねたノートを見せてあげたり、テスト前のヤマを張るコツを教えてあげたのは誰? 数人相手に喧嘩で負けそうになったあんたに助太刀して見事形成逆転したのは誰のおかげ? あたしだよね?」
「はい、その通りでございます」
いつのまにか俺が畏まり、幼馴染がふんぞり返る立場になっていた。
「でも勘違いしないでね? これはヒノマル皇国の将来のためであって、別にあんた個人に肩入れしようというわけじゃないの」
まぁいつもトゲのある言動があるけれども、何だかんだで俺のことを大切に思ってくれているんだな。
「まぁ個人よりも国を思う、それって巫女としては立派だと思うよ?」でも幼馴染が嘘や建前が昔から下手なのは知っている。「それよりこれからあの世界に行くんなら、俺、今まで母親として接してくれたあの人にも話さないと」
育ての親にこれからどういう顔を合わせたらいいんだろう、そう考えていた時インターフォンの鳴る音が聴こえた。
「ちょっと待っててね」
部屋のドアの先に向かう幼馴染。階段を降りる音が過ぎると運転手は寄りかかっていた壁から離れ、近くの椅子に座った。
「さっきの話を聞いてお前さんはどう思う?」
「最初は信じられなかったけれど頭の中に映像のようなものを見せられたり、それからだんだんとんでもない方向に進んでいって……何というか、もはや疑うことも馬鹿馬鹿しくなってきたよ」
「フッ、そうかい」
そして俺の血統のこと。もしかしたらお袋となったあの人が俺を呼び出して『お前に大事な話がある』という下りから始まり、『実はお前は私の息子ではない』と激白されヒノマル皇国に帰ることるはずだったんだろう。もう知っちゃったけど。
「トウマ……!」
幼馴染と一緒に部屋に来たのがもう一人。この声は、もしや。
「えっ、お袋!? 何でここに!?」
「あ〜、あたしが呼んだの。事故にあったわけだし、あんたが気絶してる間、軽く事情を説明しといた」
まさかこで話が進められるのか!? 冗談じゃない、まだ心の準備というものが整ってないというのに。
「トウマ、無事でよかった……さすが、ゴキブリと肩を並べる生命力! それでこそ天皇家の血筋!」
「おいっ!?」
今、ナチュラルに俺の家系を馬鹿にしたよね? 使用人としてそれはどうなの? そもそもあの世界の天皇家の威厳は……?
「あ、そうそう。トウマに言わなきゃいけないことがあるのよ。それは――」
「いや、もう分かってるから」
「トウマが人の話を最後まで聞かないなんて……あぁ、親の顔が見てみたい」
おい、鏡見ろ。俺をここまで育てたのは皇族じゃなくてあんただよ。
「どうせ『実はお前は私の息子ではない』とでも言いたいんでしょ?」
天皇家の血筋という単語が先に出しちゃってたし、サプライズも何もないけどね。
「違います、そんなことより大事なことです!」
あれか、『血筋が違うだけで親子の絆は切れない』という臭い台詞を言いたいのか?
「……じゃあ何だよ」
「今からあなたをあの世界に転送することにしました」
「はい?」
「今からあなたをあの世界に転送することにしました。大事なことなので二回言いました」
それを聞いて冷や汗が流れた。
「ちょっと待ってくれ、俺はまだ体が……」
「まずヒノマル皇国の病院に飛ばします。大丈夫、予約は取ったから。ヒノマルの医療技術はこの世界の比じゃないことは保証するから」
「身の回りの準備とかどうすんだよ」
「学校とバイト先にはすでに長期休暇を取るように連絡しといたから」
「えぇー!?」
「着替えというか装備品は向こう側が支給してくれるわ。拠点となる借家も襲撃された時のために複数手配しといたから」
おい、得意げにウインクするな。
「さすがにいきなりはキツイんだけど」
「何を言ってるの、もう魔術師の力の影響が現れ始めたじゃない。グズグズする時間はないのよ?」
お袋がそう言うと幼馴染が俺の肩に手を置いた。
「あんたさあ……世界の危機が迫りつつあるこの状況で一体、いつ、行くの?」
すると俺のもう片方の肩にも続けて手が置かれた。その主は運転手。
「……今でしょ?」
いつぞやの流行語にもなったあのネタを、まさかここで使われるとは思わなかった。
こうして俺達は、ここヒノマル皇国を回ることになった。
その経緯は、育ての親の手から発せられた光に包まれ気がついたら……のパターンで病院のベッドの上から始まり、いつのまにか後を付けてきた幼馴染と運転手の二人がいて、地図やメモに書かれた借家の内の一つに向かった。
皇居のあった街――ヨーロッパ世界でいう城下町といったところか――は壊滅状態であり、皇族は行方不明。他に力のある人間は復興作業に人員を割かれているとか。
いつ敵国の残党に襲われるか分からないので、自分の潜在能力がうまく引き出せないうちは、安全面を考えて川付近のエリアを選ばせてもらった。映像で見たバケモノ達を相手にするんだ、ピンチになったら川の流れで逃げよう。
支給された衣服や装備品、通貨を拠点で整理しつつ三人で今後の方針を話し合った。そしてまずは情報集めが必要だということで、明日は街の図書館に向かうことになった。さすがに今日はたくさん歩いたので体力的にキツイ。あんまりゆっくりしていられないのも分かるが焦るのもよくない。とりあえず入浴を済まし就寝する前に一言。
――俺達の戦いはこれからだ。
それじゃあ、おやすみなさい。
主人公「俺達はようやく歩み始めたばかりだからな。この果てしなく長い苦行の道をよぉ」