09「メイドさん」
村長の屋敷に飛び込んだ私は、霧に包まれたそこをまっすぐに歩いた。誰も私を見つけることができない。
霧の魔法で作られた濃霧は、私の気配を完全に断っているのである。
大きな三階建ての屋敷の正面扉に手をかける。当然ながら鍵がかかっているが、テレキネスで錠前を開かせる。がちりと音がして、解錠された。
私は悠々と屋敷の中に入った。本当に彼らは悪党であるのか、確かめなければならないのだ。
シュトーレの気配が確かにここからするような気がした。
はっきりとした根拠はなくとも、私はここを家捜しするつもりでいる。
証拠物件を求めて歩き回るうちに、私は書斎らしき部屋を探り当てた。ここには何かがありそうだ。
書き物をするための机が置いてある。私はそこに座ると、付属の引き出しを開けて、中を引っ張り出した。
帳簿の類が乱雑に詰めこまれていた。
開いてみて、それを私は元の場所に戻す。これはおそらく、表帳簿だ。
絶対に、二重帳簿になっているはずである。裏帳簿がどこかにある。
あまりにも金の流れがきれい過ぎるのだ。
私は書斎の中をしらみつぶしに探すことにしたが、案外あっけなくそれは発見された。
埃をかぶった百科事典の棚の中に、表紙だけ入れ替えた帳簿が混じっていた。
隠したつもりなのかもしれないが、そこだけ手垢がついていればまるわかりである。
「おお、見事だ」
私はその裏帳簿を開いてため息を漏らした。見事すぎるからだ。
まさしくもって、欲の皮の突っ張った人間とはこのことである。すばらしいまでの欲望まっしぐらな金の使い方。
賭博、女、娯楽に。湯水のようなつぎ込み方だ。
そして、村長の息子は孤児院に金を寄付しているかわりに恐ろしいことをしている。女の捨て子を引き取っては孤児院に投げつけているのだ。そして、育った女の子を我が物にしている。
孤児院を自分の欲望のはけ口を育てる施設として利用しているといえよう。
見事、としかいえない。
私はその裏帳簿を持ち出した。霧に守られて、私の姿は誰にも見られてはいない。
翌日、私はずっとその帳簿を抱いて眠り続ける。
朝の水汲みと草むしりはそれでも行ったが、それ以外は一時も裏帳簿を肌身離さなかった。
トイレの中で裏帳簿を確認する。
シュトーレが引き取られた日、そこには『1』と記されていた。おそらくは1人の女の子が手に入ったという意味なのだろう。
そして、今日の日付で『1、ヤフマーへ移送』と書かれている。
ヤフマーという単語に聞き覚えはないので、おそらくは固有名詞だろう。
クオードが知っているかもしれない。
「カリナ、ヤフマーというのはこのあたりを荒らしている盗賊の首領です。
大変な暴れ者で、村長も手を焼いているのです。彼らのことは、できるだけ口にしないほうがいいと思います」
恐ろしいことになってきた。
どれだけ、始まりの村の村長はクズなのだろうか。
もっとも、そのおかげで私は罪悪感のかけらもなく力を振るうことができるのだが。
その日のうちに私はすぐさま、村長の屋敷に戻った。
昼間から屋敷周辺だけ濃霧に覆われている。勿論私の仕業だ。
屋敷ごと破壊魔法で消し飛ばすこともできるが、シュトーレの居場所がわからないのでそれは避けることにした。
小さな破壊魔法で、内壁を少しずつ壊していく。脆弱の魔法を強めにかければ、それだけで自壊していくのでそれを使った。
当然ながら使用人たちとも遭遇するが、こちらの姿を見る前に背後から催眠魔法を使って眠ってもらう。
まさか襲撃者が5歳児であるとは夢にも思うまい。
シュトーレはもうヤフマーに引き渡された後か。そうだとしたらヤフマーの本拠を探す必要があり、シュトーレの救出はさらに遅れることになってしまう。
その間、シュトーレが辱められるのは明白である。
そうでないことを祈るしかない。
一通り部屋を回ったが、シュトーレは発見できない。使用人として体裁を整えているのではないかという予想は、はずれたようだ。
どこかに隠し部屋でもあって、監禁している可能性もある。
「なんだこりゃ、お前がやったのか!」
と、背後から声が聞こえてきた。思案に暮れていて、気付くのが遅れたようだ。
振り返ってみると、いかにもドラ息子という感じの男が立っていた。歳は三十路を過ぎた頃だろう。一人のメイドを連れている。
「む、お気をつけ下さいウィナン様。こやつ、ただものではありません。恐らくは魔法使いかと」
メイドがそんなことを言い放ち、即座に構えを取った。どうやら、このメイドもただのメイドではないようだ。相当な戦闘訓練を受けているものと判断された。
ウィナンと呼ばれた三十路男は、高級そうな服を着ているから、恐らくは村長の息子だろう。始まりの村の元凶の一人だ。
とはいえ、ウィナンを殺すのはやめたほうがいいかもしれない。孤児院にどういう影響があるかしれない。
私はぼろきれのような毛布をマント代わりにしているが、顔を見られた。面倒だが、後でウィナンには記憶消去の魔法をかける必要があるだろう。
「お前がそういうのならそうだろうな。よし、そいつを片付けろ。
そういわれて見れば子供のようだが、とんでない目をしてやがる。二、三人殺してそうなやばい目つきだぜ」
そのとおりである。魔法使いである私の外見は非常に悪い。美人といえるかもしれないが、その目はとても冷たいのである。
計算高く非情で孤高、血を好む冷厳な魔女というイメージでイラストを発注したので当然だ。
子供時代であっても、その目つきの悪さは際立っている。
しかし、私は結構気に入っている。気の強い女キャラが、私は大好きだったのだ。
「ほう、そこのメイドは中々腕がたつようだな。だが私の敵ではない。降参しろ、殺すぞ」
できるだけ低い声をつくって、私は冷静に告げてやった。
当然だがメイドを殺すつもりはない。情報源になることを期待するからだ。
「命令であれば、それをまげて降参することはできません。いきます」
メイドは床を蹴って、恐るべき勢いで私に飛びかかってきた。スカートの中から抜いたのか、ナイフを握っている。
当然それを私に突き刺そうとするのだが、障壁魔法がそれを阻む。
私は簡単な風の魔法を使って、メイドを吹き飛ばす。彼女は天井に激しく頭をぶつけてから床に落ちて、動かなくなった。やりすぎたかもしれない。
「ひぃっ!?」
それを見たウィナンが恐れをなしたのか、反転して逃げ出そうとする。私は即座に追いついて、彼の背中に蹴りを見舞った。
彼はぶざまに床にへばりついて、じたばたともがく。
「おお、お前、霧の王だなっ。お、俺の屋敷に何をしに来た。何が目的なんだ」
わけのわからぬことを、彼はうわごとのように言う。




