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霧の王  作者: zan
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06「門出」

 とりあえずだが、早朝の水汲みと裏庭の畑の雑草を間引くことが私に仕事として課せられた。

 5歳であるうちは、それで銅貨を何枚かくれるという。一週間に5枚程度だ。

 収入がゼロでなくなっただけ、大きな前進といえる。パワーロッドを買うための資金、銀貨20枚に向かって突き進むのみだ。


 そうするうちに、なぜか私に対するいじめはなくなった。クオードが何か言ってくれたのか。

 それともが毛布をかぶってじっとしていることが少なくなったので、いじめる暇もなくなったのか。

 よい兆候だ。やはりお子様方も5歳になればちょっとは落ち着いてくるのだろう。

 そう思っていた私は甘かったとしかいいようがない。


 畑の雑草を間引く作業は結構疲れる。まあこれで筋力が少しでもアップするなら儲けものだと思うしかない。

 パワーロッドは魔法力を吸収して打撃力に変えてくれるわけだが、当然元の筋力も攻撃力に加算される。

 それに、最初のうちは魔法力が低いはずなのでパワーロッド頼みで無双することはできない。少しでも筋力をあげておいたほうがいい。

 魔法力も人目のつかないところで霧を出したり小動物や虫の動きを鈍らせたりして鍛えているが、やはり筋力を挙げるのがスジだろう。

 そういうわけで、私は裏庭の畑にしゃがみこみ雑草を懸命に抜き取っていた。

 バッタやカマキリなどが目につくが、それらは人目を気にした後、弱体化の魔法をかけてそこいらに捨てている。残酷なようだが仕方が無い。

 霧の魔法は最も消費魔法力に対する効果が高いと認められるが、いちいち霧を出していると裏庭が常時濃霧に覆われることになってしまう。それはクオードを含めた孤児院の人に迷惑がかかるのでやめておきたい。

 夜間に霧がでるのはもう、そういう現象としてあきらめてもらいたいが。

 弱体化させている魔法は『脆弱の魔法』という防御力を大幅に下げるものだ。

 なかなか強力な魔法であり、生卵にかけてみると恐ろしいほど殻が脆くなってしまった。摘み上げることも難しいほどだった。

 何匹目かのバッタを発見した私はそれをつまみあげ、周囲を見回した。万が一にも、魔法を使っているところを見られるわけにはいかない。ばれてしまったら、ろくなことにならないのは目に見えている。

 魔法を使う前にいちいち周囲を見回す癖をつけてきた、その甲斐はあった。

 私の目は背後に近寄ってくる子供たちを見つけたのである。


 彼らは私をいじめている連中であり、キャッキャと甲高い声で笑い叫びながら私を蹴り転がしてははしゃぐのを日課としている有様だ。

 頑丈な体なので別にそれで具合が悪くなるだとか、どこか痛くなるだとかいうこともないのだが、時間をとられるのは鬱陶しい限りである。それが最近はぱったりなくなっていたので、私は安心していた。

 しかし今日はどういうわけなのか。わざわざこのようなところまでやってきて、何をしようというのか。

 まさか私をこんなところで蹴りまくるわけではないだろう。


「何か御用ですか」


 私は手の中のバッタを逃がして、立ち上がった。立ち上がったところで大して背丈が無いのが悲しい。

 大体想像はついているが、面倒くさい。


「お前なあ、そんなところで何してるんだ!」


 先頭に立っている男児が私を指差して叫んだ。何が言いたいのか私にはわからない。

 子供の心理など理解できはすまい。私は前世の記憶を引き継いでいるのだから。


「草むしりです。畑仕事のお手伝いをしていますが」

「ばかか、子供は畑に入っちゃいけないんだぞ!」


 そんなことを言われても、クオードさんから許可はもらっている。雑草を抜いて感謝されたことはあっても、怒られたことは今まで無い。

 単に、いちゃもんをつけているだけだと思われた。

 しかし、彼らは私を指差してなじる。総勢で、四名。


「畑に入った、悪い子ー」

「畑の草をむしってる悪い子ー」

「野菜を勝手に盗んでる悪い子ー」


 悪い子、悪い子と連呼して彼らは私を非難し続けた。

 かかわると面倒くさそうだが、邪魔だ。このままでは弱体化魔法の訓練もできない。

 仕方が無いので反論はしてみる。


「これは、お手伝いをしているのです。勝手にしていることではありません」


 言っても無駄だろうなと思いながらそう言ったら、本当に無駄だった。


「いいわけしてる悪い子ー」

「反省しない悪い子ー」


 付き合いきれないので、私は霧の魔法を使った。彼ら以外には近くに誰もいないことはわかっている。

 突然その場に出現した濃霧に、子供たちは驚いているようだ。


「何これっ?」

「前が見えない!」


 この霧の中なら、何をしても見えはしないだろう。私は畑から出て背後から彼らに接近して、向こう脛を蹴りつけてやった。

 足跡を残さないようにするのに気を遣った。


「痛いっ、痛い!」


 泣き喚く彼らを残して、私は畑に戻って黙々と作業を続けることにした。何も問題などあるはずがない。

 多少はスッキリした。いくらあまり痛くないとはいえ、蹴られ続けるのは割かしストレスがたまるものだ。

 第一、私はそんなに子供が好きではない。わがままなクソガキは特にそうだ。

 私が大人なら、彼らなんて叱り付けるだけでおしまいにできるのだが、5歳児の姿ではどうにもしようがない。


 ぐすぐす泣いている子供たちの泣き声が静かになるころ、私は霧の魔法を解除してやった。

 まだ痛がって立ち上がらない子供たちが見える。本当にしょうがない子供たちだ、と私は思う。

 このまま放置していると私のほうが叱られるだろう。仕方がないのでクオードを呼んでこよう。

 そう思って、私は孤児院の中に戻ってみた。クオードを探してみるが、いない。買い物にいってしまったのだろうか。

 クオードどころか大人の姿が見えないのである。どういうわけなのだろうか。

 表玄関に回ってみると、そのわけがわかった。


 誰かが連れて行かれている。ああ、それは今までメイドとして働きに出ていた15歳になる女の子。

 院長に手を引かれて、あのときの取引相手。お爺さんに引き渡されている。

 それを、孤児院で働く大人全員が見送っていた。


「クオード!」


 私はとりあえず叫んでみた。

 クオードもその場にいて、私の声に振り返ってくれる。その表情はかなり優しい感じだ。

 連れて行かれている女の子も含めて、全員がとても優しい微笑みを浮かべていた。


 私はそれを、異常な光景だと判断した。


「ああ、カリナ。どうかしましたか。私も今聞いたところなのですが、シュトーレにいい里親が見つかったそうです。

 カリナも祝福してあげてください。シュトーレの門出ですからね」


 シュトーレというのは連れて行かれている女の子の名前である。

 だが、私は知っている。彼女が向かう先が里親の下などではないということを。

 シュトーレはすでに15歳だ。そんなに大きな女の子を引き取るなんてことは、かなり珍しい。よこしまな目的がないのであれば、だ。

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