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霧の王  作者: zan
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05「金銭問題」

 5歳になったある日、私はとんでもないところを見てしまった。

 身なりのえらく立派なお爺さんが、孤児院の院長と話をしているところだった。

 幸いにも二人はこちらに気付いていないようであるが、そのうちにお爺さんが院長に金を渡した。金貨で数十枚という破格の大金だ。

 金貨一枚が何円くらいの価値、という設定を『エギナ』につけた覚えはないが、クオードが日々の買い物で使うお金が精々銀貨二枚程度であることを考えると、とんでもない額だということはわかる。

 確か、銀貨が百枚で金貨一枚の価値だったはずだからだ。


「確か、カリナとかいう女児がおりましたね。他にも数名、幼い女児がみえる。彼女らは10年も経てば商品となります。かならずお納め下さい」

「もちろんです。あのような子らには引き取り手もありますまい。あったとしても先約があると断っておきます」


 お爺さんと院長は笑いあって、握手をしている。

 私はその場から慌てて逃げ出した。気付かれてはいないはずだ。


 要するに、私や孤児院の女児は商品にされるらしい。売られるのだ。

 十年後の引取りを約束しておいて、対価は今支払われたわけだ。

 もしくは、継続的に支援をする代わりに、引き取り手のない子供をもらっているということだろう。いずれにしても、人身売買だ。


 『エギナ』の世界においても人身売買は違法である。

 奴隷なら話は別になるが、私は奴隷になった覚えがない。れっきとした犯罪行為だろう。


 一応魔法使いの旅立ちは14歳のときなのだが、10年後では私は15歳。しかし10年きっかりで売られるとは限らない。

 むしろ、急いで欲しくなったから早めに納品してくれなどということになる可能性の方が高い。

 さっさとこの孤児院から離れたほうがよいことは間違いなさそうだ。

 しかし私が抜けたところで、他の女児が穴埋めにされることは明白であり、彼女達の運命も変わることがないだろう。

 正義を気取るつもりなら、問題を根本から処理しなければならない。

 つまり、この孤児院の院長を告訴して人身売買の事実を白日の下に晒すのだ。あの身なりの良いお爺さんがどれほど地位のある人物かはわからないが、そこがネックだろう。

 べらぼうに地位の高い人物である場合、もみ消される可能性が高くなる。

 そうなったら私は逮捕されるだろう。追われる身となることは間違いない。迂闊なことはできない。


「クオード、孤児院の家計って苦しいのかな」

「なんですかカリナ、藪から棒に」


 いつものようにクオードにくっついて買い物にでかけた際に、私は訊ねてみることにした。

 実のところ、他の事でも私は困っているのだ。何しろ孤児院にいては金銭を得る手段がない。

 始まりの村に売っているパワーロッドは店売りではあるが、実のところ貴重品扱いであり、ゲーム全体を通して一本しか手に入らない。

 つまり、誰かに買われたら終わりなのである。

 旅立ちの日を迎えるときまで、少なくとも私が14歳になるまでは売れないと思われるのだが、それ以降はどうなるか不明だ。

 この世界がゲームではない以上、誰かが買わないとも限らない。その値は銀貨20枚。

 旅立ったばかりの魔法使いは初期資金として銀貨50枚を持っているので、余裕で買える。

 基本的に『エギナ』での通貨は銀貨である。


 だが、今の私には銀貨どころか銅貨にさえ手が届かない。5歳児なのだから仕方ないといえるかもしれないが、ともかく焦る。

 パワーロッドを逃してしまったら、普通の杖で頑張るしかない。その場合は攻撃魔法を鍛えなおすハメになる。

 勿論、終盤にはパワーロッドよりも強力な隠しアイテムがないことはない。しかしそこまで我慢するのはあまりにも厳しい。

 なんとかお金を得る手立てを考える必要がある。


「孤児院の収入はそれなりに安定していますし、それほど苦労しているという話はありませんよ」

「収入ってどんな収入?」

「畑の野菜を売ったり、隣町に荷物を運んだりしてお金を得ています。それと、領主様からの援助も少なからずあります。カリナが心配するほどのことはありませんよ」

「クオード、だったら頼みがあるの」

「なんですか」

「私、家のことできるだけお手伝いするから、お小遣いが欲しいの」


 私に今考えられるだけの作戦はこれしかなかった。 

 しかし、クオードは唸った後、院長に相談してみますとしか言わなかった。当然だろう。

 勝手に一人だけに小遣いを与えてしまっては、問題になるからだ。

 だめだったら村の中で仕事を探したいので、外出させて欲しいと申し出てみる。これも院長へ相談事項になるだろう。

 クオードは困った顔をしながら、私の手を握る手に少しだけ力を込めた。


「カリナ、一体何が欲しいんですか? お金を溜めてどうするんです?」

「秘密だよ」

「そうですか。もしどうしても欲しいものがあったら相談してください。決して、一人で悩まないで下さいね」


 本気で、心から彼はそう言っているようだ。私を案じているのだ。

 クオードは子供好きで、優しい。

 孤児院自体を告訴するようなことになったとしても、彼だけはなんとか守りたいと私は思うようになっていた。

 私を本気で案じてくれている、孤児院の中でも数少ない良識のある人物なのだから。


 彼には人身売買の件を話しておくべきだろうか。

 しかし、まだ時間はある。いや、ないかもしれない。

 今年で15歳になる女の子がいたはずだ。彼女は私へのいじめになど参加していない。孤児院の中の仕事を手伝いながら、どこかの屋敷へメイドとして働きに出ている。

 ひょっとすると明日にも、彼女が買われていってしまうかもしれないのだ。

 問題は、クオードに相談して何とかなりそうな問題ではないこと。

 そして、クオードが本当に信頼できる人物であるかどうかというところだ。

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