33「やり直された結末」
魔力が枯渇した、のかもしれない。
今一時にこそ全てを傾けなければと思った結果、本当に全ての魔力をパワーロッドに吸い取られたのだろうか。あるいは限度を越えたその魔力の浪費が、私に精神ダメージを与えたのかもしれない。
もはや知るすべはない。ともあれ私の意識は闇に落ちた。
次に私の意識が浮上したのは、おそらくとてつもなく長い時間が経過してからだ。なんとなくそういう感じがする。
ぼんやりとしたところに、漂う私の思考はあまりまとまらない。
目を開いたつもりだが、視界は真っ暗で何も見えない有様。どうにもならない。
やはりそれも魔力の使いすぎが原因なのだろうか。やりすぎた、あまりにも使いすぎた。ゆえに、私は誰に魔力を吸い取られる手間をもとらず、自分自身に精神ダメージをかけてしまって力尽きたのだろう。
魔力の使いすぎで、倒れるなんて。
そうだ、思い出されるのは『エギナ』のエンディングだ。魔法使いは。私が操作していた魔法使いは。
「魔法使いはなあ。魔王を倒したのはいいけど、魔力を使いすぎて力尽きる。
トゥルーエンドだとそのまま終了で、誰も彼女に感謝しない。無常観が出ていていいかもね。
グッドエンドだと残った痕跡からプレイヤーがやったということが世に知れて吟遊詩人が歌を歌ってくれる、と」
そんな末路をたどるように、私自身が設定した。間違いなく私がそう設定したのだ。
まさしく、そのとおりの結末となったことは疑いようもなかった。
メイドは恐らくそのまま始まりの村に戻っただろうし、魔王という存在も人々に浸透していないはずだからカリナ・カサハラが英雄扱いされるということもないはずだ。誰も彼女に感謝しない、というところまでピタリと一致である。
これが偶然のことなのか、それとも『設定』だと汲み取った世界がこうなるように仕向けていたのか。そこまではわからないし、知る由もない。
すべては終わったことなのだ。どうにもならないだろう。
私はこのふわふわとした意識を保ったまま、苦しみ続けるのだろうか。
それともこれから何か裁きを受けて天国か地獄に送られるのだろうか。これから先の見通しは立たない。
少なくとも、どこか異世界に転生させられるなんて末路はあまり歓迎していない。これ以上私に何をさせようというのか、と。
それなら、あなたが歓迎する末路とは、どんなものなのですか。
誰かにそんな問いを投げられたような気がした。
異世界への転生を歓迎しないのなら、望む末路もあろうというわけか。
そもそも、天国も地獄も私はまだ受け入れがたい。現世への未練がタラタラなのであるから。
そうだ、最も望むのはやり直すことだ。『エギナ』の設定をありったけ。
考えてみれば、戦士は結婚エンドであり、盗賊も免罪されて旅にでて、僧侶まで立身出世か子供たちに愛されるかだ。他のキャラクターはハッピーエンドであるにもかかわらず、魔法使い一人だけが死ぬ運命を決定付けられている。
誰一人サークルの中に疑問をとなえるものはなかったが、今思えば明らかに不自然。そして売れるためのゲームとしてはまずい。
エンディングで儚く死んでいく女キャラは絶対に人気が出るからそうしろ、などという理屈を誰かがこねていたような気もするが。
だがそのような設定をされた魔法使いからしたらたまったものではないだろう。ゲームの中とはいえ、勝手に己の末路を決定付けられて。それでなくとも、『エギナ』での魔法使いは楽な職業とはいえない。パワーロッドを入手しなかった場合は中盤以降も常に魔力の不足に悩まされる。マジックドレインの活用法を覚えれば多少ラクにはなるが、それでも潤沢に魔法を使えるとは言い難い。
そんな苦労をこえて魔王と対峙しても、ラクには勝たせてくれない。苦戦となる。必死に逃げ回りながら魔力の回復を待ち、なけなしの魔法を放って敵の体力を削る。そうした戦いになる。
それを乗り越えた先がデッドエンド。
『エギナ』での魔法使いはカリナ・カサハラの容貌と同じ、気の強いサドっ気を感じさせるような女性だ。
彼女がどういう気持ちで力尽きたのかはわからない。14歳という若さで魔王を倒したことを誇り、名誉に感じながら逝ったのか。あるいは孤児院にいる兄弟たちのことを考え、帰りたいと願いながらも果たされなかったのか。
だが少なくとも、私は満足して逝けはしなかったぞ!
カリナ・カサハラとしては、この結末には大いに不満がある。ターナが! メイドが! 私は始まりの村に戻らなくてはならなかったのに。
絶対、魔王を倒したくらいで死んでいいようなところではないのだ。『エギナ』はそこで全て終わってスタッフロールになるから別にその後のことはどうでもよかったが、この世界は違う。
既に『エギナ』とは切り離された新しい世界なんだ。誰もが『エギナ』にかかわることをやめたから、独立してしまった世界を魔王が統合して創ったっていう世界。
なら、この世界が存続するっていうのなら、カリナ・カサハラがあんなところで死んでいいはずがない。
メイド一人にあの世界でおこるすべての事を任せようっていうのはあんまりなんだ。追加パッチの設定が生きていたってことは、それで追加されるボスやエキストラステージにいる脅威がいつ、人間たちを襲うかわからないってことなのだから。
この世界はやり直されるべきだった。
今度は失敗しないから、もう一度。かなえられるはずのないチャンスを、私は望むのだ。
メイドやターナが苦労をしないために。
まどろみからふと覚めるように、私は自然に目を開いた。
机に突っ伏した状態で寝入ってしまったようだ。目の前にはキーボードとモニターがある。
足元にはたくさんの酒瓶が転がっていた。かなりの深酒をした後だということが知れた。
「う……」
モニターの端に表示された時刻を確かめようと目を凝らしたが、それよりも驚いたことがある。モニターの中だ。『エギナ』のテストプレーモード。魔法使いのエンディングテロップが表示されていた。
いつの間に。誰が。
いや、そんなことはどうでもいい。
私は食い入るように、画面を見つめていた。
『魔王は倒された。
君は苦闘の末に彼を討ち果たした。
だが、長時間の戦いによる過大な魔力の放出は君の体を蝕んでいた……』
テロップが消えていくと、目を閉じた魔法使いの一枚絵が表示される。
若い命を散らして平和を勝ち取った、美しい表情。だが血色は悪く、死に至っていることは間違いない。
あれほどの苦労をした末の、これが結末。
デッド・エンド。確かにここには、情熱を燃やし尽くした若者の、命を散らしたゆえの美しさがあるのかもしれない。だが、これは。これはあまりにも。
残された者たちが。
魔法使いを慕う者たちもいただろう。牢獄で助けた少女も、きっと彼女に恩を感じていただろう。
そうしたものたちを全て取り残して、一人だけで逝ってしまうなどとは。
またこうした結末を魔法使いが積極的に選び取ったなどとは到底思えない。戦士が、盗賊が、僧侶が生きて勝利をつかみとって凱旋したというのに。どうして彼女だけが報われないというのだろうか。
私は流れていくスタッフロールを見届けながら、そんな思いに心を貫かれていた。
魔王は言った。
創り出した者たちがそれにかかわることをやめたとき、世界は独立を果たすのだと。であるならすでに、あの世界は一個の世界としてこの世界とは切り離されているのだろう。
つまりは、ムダかもしれない。こんなことはムダかもしれない。
しかし、それでも。それでも捨て置けはしない。せめて、夢の中だけでも。
私は、エディタを開いて魔法使いのエンディングから幾つかセンテンスを削除し、幾つかのセンテンスを追加した。
表示される一枚絵は変わらないから、できる限りの訂正。それが、私にできること。
作業終了。状況を保存すると再び睡魔に襲われ、私はそのまま意識を失ってしまった。その直前、何か血の味を舌の奥に感じながら。
命を散らすには、あの魔法使いはまだ若かった。せめて助かっていて欲しいと、そう私は思ったのだ。
「……カリナ、目を覚ましてください。カリナ」
何か右手がヌルヌルとした温かいものに触れている。
私は目を開いて、自分の右手を見た。赤い。ドキリとするほど、血に染まっていた。
一体なんだ、どうしてこんなことになっている。
私は倒れこんでいて、それを支えるように近くにメイドが座り込んでいる。
誰の血なのか。答えはすぐに出た。
メイドだ。メイドの腕にダガーが突き刺さっていた。そこから流れ出た血が、私の右手についていたのだ。右手だけではないかもしれないが。
「いったい、何をしているんですか」
「あなたが目を覚まさないからですよ」
彼女はこともなげに言い、ダガーを引き抜いた。なれた手つきで止血する。
その抜いたダガーは、ドレインダガーだ。何をしていた。本当に、彼女は一体何を狙ってそんなことをした。
「そのダガーは刺したものの体力を奪う効果があるのでしょう。あなたに握らせて、私を刺しました。
少しは効力があったのではないですか」
なるほど確かに。体力には問題ない。疲労もそれほどではないようだ。すぐに動けるだろう。
だが、メイドは。ドレインダガーの傷自体はさほどではないにしても、奪われた体力はどうなっている。すぐに補填できるものではない。
「ご心配には及びませんよ。私はメイドですから」
止血を終えたメイドはハンカチを湿らせ、私の手などについた血を拭った。
私は、上体をゆっくりと起こした。どうやら魔王の城の、地下だ。私が魔力コアを打ち砕いた現場。あのまま私はどうやら気絶しっぱなしだったようだ。
その間にとても重大な夢をみたような気がするのだが、いまいち内容はよく思い出せない。
だが魔法使いは魔王を倒した後も、特に報われることはなかったはずだ。それだけはハッキリしている。英雄としてもてはやされることはないらしい。
これ以上目立つことも、ターナにかまう時間が減ることも苦になるので別にそのあたりはどうでもいいと思えたが。
「さて、村に帰りましょうカリナ。魔竜が送ってくれるそうですよ」
「そうですね。帰りましょう」
私を探してここまできてくれたメイドは、疲れを感じさせずに歩いていく。
まだ疲労の残る私はその後を追って歩いた。来るときにはパワーロッドで強引に道を切りひらいたが、その武器も砕けてしまった以上、階段を使わざるを得ない。
地上へ出ると、強い日差しが私の目に入った。思わず目を細める。
私のつくった霧はすっかり晴れていて、陽光が魔王の城の残骸を照らす。
「魔竜が待っています、カリナ。こっちです」
「ええ。しかしどうやってあの魔竜と会話をしたのですか。まさか、言葉が通じたと?」
そんな設定をした覚えはないのだが。
「いえ、しかしながらおよそ動物のことならわかります。主人の飼われる動物のお世話をするのもメイドの務めでしょう」
「そういうものなのですか?」
「ええ、そういうものです霧の王」
どうにも腑に落ちないが、メイドが言い張るのでは仕方ない。納得せざるを得なかった。
そうした具合で、私とメイドは魔竜に乗った。彼にも翼はあるので、ゆっくりとなら飛べる。私たちは彼の背に揺られながら、景色を楽しむ程度の余裕を持つことができたのだった。
「あの鉄橋は修復に時間がかかりそうですね」
「まあ、魔王の城に行く者はそうそういないですから、修復の話自体が持ち上がらないとは思いますが」
そんな他愛のない会話をしながら、竜は始まりの村へ行く。
「しかし、これでやっと全部終わりです。
霧の王もしばらくはターナと遊んで暮らして、色恋のひとつもたしなみたいところですが」
私は魔王を倒したことで安心していた。人生の大目標が達成されたのであるから、当然である。
しばらくは争いごとはゴメンである。マジックドレインやドレインダガーがあるとはいえ、パワーロッドは失ってしまった。レベル4000であろうとも、戦いを避けたいと思うのは仕方ないだろう。
だが、メイドはそれに驚いたような顔をする。
「おやカリナ。あなたともあろう人が魔王を倒したからといって、世の中の悪が根絶されたような言い方をしますね。
南の帝国が北側の領地を狙って軍備増強しているのを知らないとはいわませんよ。
それに、太古の悪霊を召喚しようと王都の地下組織が蠢動していることはすでに耳に入っているはずです。
彼らを退治出来るのは霧の王しかいないと思います。お休みなど、しばらく与えられません」
「うっ」
私は呻いた。
今メイドが口にした新たなる脅威は全て、追加パッチで予定されていたシナリオだ。
確かに、そうだ。メイドがいる以上、追加パッチのシナリオも世界に統合されている可能性があった。
「ゆっくりできないのですか」
「できません」
メイドは私の懇願をばっさり切って捨てる。私はがっくりと項垂れた。
しかし、これでいいという気持ちが何故か私の心の底にわずかに浮き上がる。
これのどこがいいのか。魔王を倒した英雄なのに表彰されることもなく世の中の悪と戦い続けなければならないとは。
面倒だ。そう思ってしまうのも無理のないことではない。
それに世界が独立している以上、これからもより複雑で面倒な問題がおきることは容易に予想される。
そうした問題にも、立ち向かわなければならない。
いや、待て。別にそこは私一人で行く必要はない。メイドもいるし、この世界に暮らす多くの人たちもいる。彼らの力を借り、ときには彼らに任せることもいいだろう。
そうなれば、霧の王はこの世界の片隅でつつましく暮らしていくことができる。
平穏に暮らしていければ、それでいい。これでいい、と思ったのはそれでか。
「しかしカリナ、もしもあのまま力尽きていたのならさぞかし美談になったでしょうね。
人知れず魔王に挑んで、命と引き換えに世界を救ったとなればきっと吟遊詩人たちが放っておかないでしょう。
必要以上に美人に描かれ、後世にまで残る英雄となったことは想像に難くありません」
メイドが私を見て、そんなことを言った。
私は首を振って答える。
「そんなふうに死んで英雄になって残るより、こうして生きているほうがいいです。
それこそ、死んだ後にまつりあげられても嬉しくありませんからね。
生きていてこそ、未来のことも考えられます。あなただって死んでから褒められても嬉しくないでしょう」
それもそうですね、とメイドが応じた。魔竜が低く、一声鳴く。
始まりの村が見えてきている。
ターナが私たちを待っていることだろう。早く胸に抱きいれてやりたい。
私たちはやわらかい風に吹かれ、帰還の喜びを、生きていてこその喜びを味わっていた。
霧の王、カリナ・カサハラの戦いは始まったばかりだと。そんな使い古された言葉をなぜか強く思いながら。




