32「結末」
やるべきことは決まっている。ただ、魔王を倒す以上、私も無傷というわけにはいかない。
策が成ればいいが、もしも失敗したなら無様な骸をさらすのは私のほうになるだろう。何事もリスクなしで成果だけ得ようというような、都合のいいことはない。
だが、それでもこの作戦しかあるまい。戦いが長引けばそれだけ面倒だし、戦術に上回る魔王がどんな卑劣な手を思いつくか知れたものではない。
魔王が手に握っているパワーロッドもどきが、私の手にあるものと同一性能である可能性はない。これはパワーロッドが始まりの村以外では売っていないという『設定』があるからだ。したがってあれで殴られても問題はない。魔王の攻撃力はとことんまで低下させているのだし、その心配は無用だろう。
だが魔王の攻撃は次第に面倒なものになってきつつある。彼の使う魔法はこちらに状態異常を起こさせるものになり、対処が面倒だった。まちがって麻痺でも食らえばしばらく動けなくなってしまう。麻痺耐性のある装備もつけているのだが、かなりボロボロになっているのでそうした効果がまだ残っているのかは怪しい。そうしたところに魔王も気がついてきたのだろう。
彼の狙いは、こちらを行動不能にしておいて、補助魔法の効果が切れた瞬間に最大出力の魔法を見舞うというものだろう。そうしながら、魔竜の横槍を入れる機会もうかがっている。まあこちらも似たようなことを考えてはいるので、お互い様だろう。
まあ私はただ機会を待つだけということはしないのだが。
魔王が魔竜とメイドの様子を見ている。メイドは素早い身のこなしで魔竜を翻弄していた。いつまでもその動きが残せるとは思えない。疲労がたまれば、いずれ魔竜にとらえられることは明白だった。普通なら。
息を切らしながら飛び回って魔竜の体にナイフを突き立てていたメイドに、魔王が魔法を放った。私に放ったと見せかけておいて、メイドを狙った実に狡猾な一手である。メイドはこれを回避できずに受けてしまい、動きが鈍る。魔法自体のダメージは大したものではなさそうだが、退避の遅れた彼女は竜の爪に引っかかれてしまった。
「うっ」
小さく呻いて、足をもつれさせるメイド。彼女は、よろめいて尻餅をついてしまった。
魔竜は即座に口を開き、ドラゴンブレスでメイドを焼き尽くそうとしている。『エギナ』の仕様に従うならブレスは発射に少々の時間がかかる。
「しまった」
私は彼女を助けるために、走り出す。私の足なら十分間に合うはずだ。
だが魔王も同時にメイドに向かって突っ込む。メイドを混乱させ、あわよくば自分の手でトドメを刺したかったからだろう。今の魔王は、私と寸分たがわぬ、同じ姿をしているのだ。
二人の私が並走。目の前にはドラゴンブレスを吐こうとしている魔竜。
……きた。この状況こそ、私が望んでいたものだ。
理想どおりとはいかないが、これ以上の状況を望むこともできまい。
ここで魔王が近づかず、遠くからドラゴンブレスを吐く魔竜を見守っていたのならまだ決着はつかなかったはずだ。だが、魔王が私の姿をとっているのであれば、ここでメイドに近づく以外の選択肢はない。
わざわざ私の姿をとってみせたということは、魔王もメイドに脅威を感じているということなのだ。だからこそ、ここで近づく。メイドが倒れているのを、演技であるかもしれないと疑っている。ゆえに、彼女の行動の自由を奪うために近づいて処分しようとするのだ。
魔王のほうが足が速い。メイドに先に近づいたのは、魔王だった。だが。
それが最大の失敗なのだ、魔王!
私は力強く叫んだ。
「ガーネット!」
ただ、その一言だけでよかった。
瞬間、メイドは手にしていたダガーを魔王に振り下ろす。メイドに手を伸ばしていた魔王は、それをあっけなく食らった。
振り下ろされたダガーは魔王の右腕を貫通し、彼を床に縫いつけてしまう。
「がっ?!」
あわててそれを引き剥がそうとする魔王だが、残念ながらそれを待つほど私も優しくはない。彼の隣を通り過ぎて、私はメイドの体を引っつかんでその場から横っ飛びにして逃げる。
逃げ際に、魔王の体を蹴りつけてやった。パワーロッドではないので大したダメージでもないだろうが、最後の一撃だ。お別れの。
同時に、ドラゴンブレスが放出された。一度警告されれば、ドラゴンブレスが途中で止まることはない。
つまりこの攻撃は準備に入ったが最後、途中で止めることができない。たとえ攻撃範囲内に誰が飛び込んでこようとも。
それが魔王であろうとも。
ドラゴンブレスが魔王を焼いていった。彼は慌てて停止命令を出したようだが、無意味だ。
彼は消え去ってしまった。
私は少し離れた位置で、メイドを抱きかかえたままその様子を目の当たりにした。自分そっくりの姿をした魔王の表皮が剥げとび、手足がちぎれ、炭化し、消えていくさまを見届ける。
それこそ、断末魔というものさえなかった。名残など全くない。消えてしまったのだ。
焦げるほどに熱せられた石畳がそこに残り、元が何だったのかもよくわからない焦げカスが煙をゆらゆらとあげているのが見えるだけだ。
メイドは私に抱えられたままで小さく笑った。
「見事です、カリナ。実にうまくいきましたね」
「妙にあっけない気がするけれど」
どうやらメイドは既にミッションを達成したつもりでいるが、私は不安を残している。
魔竜については心配要らない。奴は魔王によって操られていたに過ぎず、自動的に洗脳は解けているはずだ。実際、魔竜の攻撃はすでに止んでいる。
だが魔王。最後の敵であるはずの、彼が何も言わずに消えてしまったことは不安だ。魔王の体力がゼロになればエンディングに突入するわけだが、その際にも彼はべらべらと説明台詞をしゃべりまくる。
それがなかったということは、ドラゴンブレスで彼が消滅したことの証ともいえるだろう。しかし魔王ともあろう者がこれで終わりとは思えない。
と思っていたら、案の定。
何かが発動した。崩落したはずの壁が、せりあがる。
「なんですか、これは」
メイドが周囲を見回し、警戒を強める。魔力による障壁が、突然出現していたのだ。
城を包むように、鈍く光る壁ができあがっている。どこにも出入り口はなさそうで、また破壊するのも骨が折れそうだ。
魔王の城から出られないように、閉じ込められたといえる。
「魔王が死んだとき、こうなるように仕掛けていたのかもしれない。
万一自分が敗れた場合でも、意地でも私たちを生かして帰さないというつもりで」
「カリナ、あなたの魔法で壊せないのですか」
「ドラゴンブレスで壊せないものを私の魔法で? 冗談がきついです」
一緒に閉じ込められた魔竜が障壁を破壊しようとドラゴンブレスを吐いているが、障壁はそれを受け付けていない。ブレスは素通りしている。
どうやら魔力は通して、生物は通さないという選択型の障壁であるらしい。ともなれば、魔法で破壊するのは不可能だ。
ただ、この手の障壁は魔力の消耗が激しい。魔王の死後に発動すると仕掛けてあったとしても、どれほどの魔力を蓄えてあったか知らないが、おそらくせいぜい数分程度しかもたないはずだ。
ということは、そういうことだろう。
「メイド、あなたは魔竜に乗ってそこで待っていてください」
「どうかしましたか」
「数分以内に、恐らく何かが起こります。魔王はこの障壁内にいるもの全てを殺傷する仕掛けをつくっていると思われますから」
「ああ、まあそうでしょうね。ではお任せします」
この事態を大体予想していたのか、メイドは大して驚きもしなかった。私の言葉に従って、魔竜に乗る。
魔竜は障壁を破壊しようともがいてはいたが、私たちを害しようとはしない。まあ大人しいといえる。元々人に危害を加えるような存在ではないのだ。
しかしメイドに任された私はそんなに悠長にはしていられない。魔王の城を探し回らなければならないだろう。時間がないので壁は全て魔法とパワーロッドで破壊し、怪しい部分を目指して突き進む。直進だ。
魔力の流れから、それがあることはすぐに知れた。爆薬だ。
ただし火薬によるものではなく、魔力によるもの。魔王の魔力が限度まで詰め込まれた魔力コアがいくつも重ねられ、起動寸前の状態になっているそれを、私はすぐに見つけ出した。
拳ほどの大きさのある、水晶のような透明な塊。それがいくつもいくつも、積みあがって部屋の中央に安置されている。
地下深くに鎮座していたそれに対し、躊躇なく魔法をぶちかます。誘爆を避けるために凍結魔法で反応の停止を狙った。
だが、どうやら通用していない。この魔力コアたちもかなり強力に保護されているようだ。
おお、しかもかなり頑健な障壁に守られている。外にある障壁とは逆に、魔力だけを完全に遮断する障壁で守られている。これでは魔法で障壁ごとコアを破壊するということができない。
「くそ!」
多少の被害は覚悟で、コアを打ち砕くしかないらしい。
今の状況で、私に頼れるのはこのパワーロッド。全魔力を込めてでも、コアを破壊するしかなかった。
どう考えても、この魔力コアは魔王が魔王であるために貯めこんだ奴の全財産だ。
そのまま砕けば近くにいるものの魔力を回復させる宝玉として以上の役目を持たないのだが、ここに置かれたコアはまずい。限界近くまで魔力を込められている。魔王の死によって何らかのスイッチが入ったらしく、このまま時を待っていれば魔力が全て自動的に『魔法』に変換され、大地を消し飛ばすだろう。
魔王が私を倒していれば、彼はここにあるコアを魔力回復剤として、あるいは魔物たちを生み出す糧として使っていく予定だったのだろう。
しかし彼はドラゴンブレスで消し飛ばされてしまったため、用済みになったわけだ。これを利用して、自分のカタキである私たちと、周辺の大地を丸ごと消し飛ばすということらしい。
魔王の力から考えると、これほどの魔力コアがあればおそらくこの『エギナ』の舞台世界は丸ごと消え去るだろう。始まりの村はもとより、ターナのいた牢獄も、北の町も。ややもすれば、壊滅的な環境被害も予見される。
そうした諸々の事情を考えても、私がここでコアを砕くしかない。パワーロッドが頼りだ。最後の武器だ。
問題は、このパワーロッド一発で障壁を貫いてコアを砕けるか。それだけだ。私の魔力が勝つか、魔王の障壁が勝つか。
魔竜を連れてきてドラゴンブレスを吹かせれば決まるかもしれないが、それを待つ時間はなさそうだ。コアがいくらか輝き始めている。
思い切り振りかぶったロッドを、コアに向けて振り下ろした。
一発、全力を込めた。だが、障壁に阻まれる。コアにはヒビこそ入ったが、破壊には至らない。これだけ全力で叩いて、一つにヒビが入っただけとは。
だが、無情にもそのヒビがかえって爆破を促進したらしい。コアの輝きがますますもって強くなる。これ以上は時間をかけられない。
私たちだけが消え去るのなら相討ちとはいえ世界を守ったことになるが、爆発を許してしまったら、始まりの村や北の町も全てが消し飛んでしまう。ターナも助からないだろう。
この一撃で決めるしかない。やるしかない。
真面目にやるしかないが、気合をこめすぎるのはかえっていけない。
「我が名は、霧の王。魔王の残滓にとどめをさす!」
私は霧の王だ。敵の不意をついて、結果だけをもぎとる。
力任せに振り下ろす必要などない。私にはパワーロッドがあるのだから。力むのではなく、全魔力を、それこそ全てをこめればいいのだ。
限界を超えてもいい。ロッドが砕けてもいい、これ以上戦う敵はいないのだから。
魔法が使えなくなってもいい、もう魔王は倒しているのだから。とにかく、今この一撃に全てを!
「くらえっ!」
込めすぎた魔力ゆえに、パワーロッドに亀裂が走った。だが、コアを打ち砕く瞬間までもてばそれで問題ない。
私はそれを、積みあがったコアに振り下ろしてやった。巨大な鉄球でもぶつけたような衝撃が響き、コアが一つ残らず砕けるさまを見て、そして私は意識を失ってしまった。




